第10話 おっさん俺、超強いボスを倒してJK勇者を買う。

 まだHPが残っているらしく、ドラゴンロード・アポカリプスは倒れない。

 もちろん、次の攻撃が来る。両腕を振り被るようにして大きく広げるのが分かった。今回の戦いで初めて見せる動きだ。


「まずい! あれは『ダブルファング』だ!」


「えっ!? 序盤だけじゃないんですか!?」


「長期戦の行動パターンだ! 100回目や150回目の行動でいつもと違う攻撃をするボスがいる!」


 あと少しで倒せるというのにちょうど『ダブルファング』が来るとは、間が悪い。

 そしてターゲットは……。


「アオイ!」


 誰が食らっても確実に死ぬ。

 だけど、運が悪かったなんて言葉で済ませたくはない。

 アオイは元の世界に帰ったら惨めで苦しい生活が待っている、それならと俺がこの世界に引き留めた勇者……女の子なんだ。

 ここで死なせたら、俺こそアオイの寿命を縮めたことになる。

 それにパーティを組んでダンジョン探索し、同じ家で暮らすうちに、サブスク契約期間が終わったあとも一緒に居続けたいと感じるようになっていたのだ。

 俺は武器を手に取ると駆け出した。

 そしてアオイの前にざっと滑り込む。間に合った。

 ドラゴンロードが雄叫びを挙げ、腕を振り下ろす。右腕の一撃は防御スキルの効果で無効化。


「がはあっ……!」


 立て続けの左腕の攻撃は防げない。爪が俺の肩を切り裂き、胸に深々と突き刺さった。ダンジョン内で攻撃されて重傷を負うのは、HPが無くなった証拠だ。

 肋骨も何本か断たれたかもしれないが、思いきり血が噴き出したので、細かいところを気にするまでもなく致命傷だ。

 ドラゴンロードに闇毒のダメージが入るが、それでも次の攻撃をしようとしているのが分かった。


「思ったよりしぶといじゃねえ……か!」


 俺は両手で剣の柄を握り、飛び上がって目の前の敵を攻撃した。

 ドラゴンロードの顎を下から貫く。

 俺のステータスでは微々たるダメージしか与えられない。

 しかし、それでもとどめの、最後の一撃になった。

 ドラゴンロードの身体がぐらりと揺れ、ゆっくりと倒れながら光となって消えていく。

 一方で俺も立っていられず、地面に倒れて動けなくなる。


「セージさん!」


「セージ!?」


「あわわ、だめジャあ……」


 仲間たちが駆け寄ってくる。「早く帰還の転送を」とか「戻ったらすぐに救急車を」とか取り乱して話し合っている。


「だめ……ダンジョンでHPが0になったら、死ぬ」


 地面に座り込んだぱせりが、俯いたまま説明する。小さな雫が床に落ちた。


「セージさん、そんな……。私はこの世界に来て、いろいろ助けてもらって……やっと、強くなってきて、これからずっと一緒にって思っていたのに」


 アオイもまた、持っている武器を地面に落としてへたり込む。嬉しい呟きを聞いたような気がする。それくらい好感度が高くてよかった。


「わ、私が身代わりになれば良かったんジャ……セージ、みんな、ごめんなさい」


 ジャコーハも肩を落としている。


「そんな落ち込まないで、顔を上げてくれ」


 俺は地面に手をつき、ゆっくりと上半身を持ち上げながら言った。

 立ち上がると、まだ少し身体が痛かった。


「は、セージ?」


「え?」


「わあジャあ! 死体が喋った!?」


 みんなが目を丸くしている。ジャコーハに至っては腰を抜かして這いずって逃げ始めた。


「落ち着けって……。HP0でやられてたら、そのあとドラゴンロードを攻撃できるわけがなかっただろ?」


 ドラゴンロードとの戦いで俺が咄嗟に拾った武器、『国主の剣』の刀身に網目状に輝くヒビが入り、粉々に砕け散る。

『国主の剣』の特殊効果の1つは、『装備した者のHPが0になった時に身代わりになる』なので、死ぬほどのダメージを受けた瞬間に蘇生されたというわけだ。


「まあ、めちゃくちゃ痛かったから、動けるようになるまでに時間かかったけど……」


「セージさん! 死んじゃったかと!」


「オワ!」


 アオイが俺の胸元に飛び込んできて、顔を押し付けるようにして泣き始めた。

 過去イチで余裕がないギリギリの戦いだったので、終わって色々と感極まったのだろう。


「あの、制服が俺の血で汚れると思うんだが……」


 俺はこの状況でどうすればいいのか分からなかった。頭を撫ででもすればいいのか、それとも抱きしめ返せばいいのか……。

 ぱせり助けてくれ、とパーティ唯一の成人女性に目を向けるが、


「心配させるな。このバカ」


 といいながら、横から俺の足を蹴ってくるのだった。


「絆が深まるんジャ……」


 ぼーっと俺たちを見てないでなんとかしてくれジャコーハ……。

 そうして、しばらくしてから俺たちは自然に離れて、それぞれアイテムを回収し始めた。

 ドラゴンロード・アポカリプスを倒して得られるレアアイテムを拾うと、部屋の奥にある帰還の転送陣が光り始めた。

 それぞれが安堵の表情を浮かべながら、俺たちは転送陣に向かった。


 ◇ ◇ ◇


 管理局に戻ると、局員やハローワーク職員たちが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「災害級モンスターのダンジョンから転送されてきたですって!?」


「S級冒険者も心が折れていて再出撃できない状況ですよ。まさか……」


 何があったのかと問われる。見た目がボロボロの俺を見て、戦いがあったことは想像しているようだ。


「ドラゴンロード・アポカリプスを倒してきた」


「え……?」「そんな馬鹿な」


 局員が目を丸くする。


「最高でもB級探索者しかいないパーティで、先ほど超SS級災害に認定されたモンスターを?」


 局員は慌てて上司を呼び、管理局にいた探索者たちがざわつき、大騒ぎになった。

 今回の災害級モンスター討伐は、国防レベルの功績になる。


「これで、俺たちもなんとか余裕をもって生活していけるかな」


 俺はそんなことを考えながら、騒がしくなった管理局を眺めていた。


「セージさん、今日はお疲れ様でした。また、助けられてしまいましたね」


 アオイが微笑みかけてくる。


「ああ、お疲れ様。でも、助けられたのはむしろ俺の方だよ」


 勇者アオイが次第に強くなっているので、パーティメンバーにかかるステータス補正もまともに戦えるパーティになっている。

 それに、今日だけじゃなくこれまでも、アオイを戦術の要とすることが多かった。

 俺たちのパーティの勇者がアオイじゃなければ、勝てる作戦を組み立てられなかっただろうし、最初の契約のお金が足りなくてダンジョン探索にも行けなかったはずだ。


 ◇ ◇ ◇


 ダンジョン管理局の局員から、災害級モンスター討伐の報酬額を伝えられる。これまでダンジョン探索で得てきた合計額の数十倍だ。これさえあれば、当分は食うに困ることがないだろう。

 だが、俺には大事な使い道があった。


「アオイとのサブスク契約が終わった後も、パーティを組みたい。だから……アオイとのダンジョン探索権を永久購入する」


「セージさん、それは私も同じ考えです。この世界で生きてこれたのはセージさんのおかげですし、私を買ってください!」


「異論はない。でもセージは、JKを好き放題にする気だ!」


「わあ、大人ジャね……」


「ぱせり、変な意味で捉えるのは辞めてくれ」


 マジで警察に逮捕されたら洒落にならん。だがアオイは、ぱせりが言ったことを真面目に受け止めた様子だった。


「わっ、私は少しくらい好き放題されても……」


「アオイが強すぎる。でも法的には私の方が先に……」


 アオイとぱせりが何らかの対抗意識を燃やしているが、とんでもなくややこしいことになりそうだ。

 俺はよく聞こえない振りをして、ダンジョン管理局の受付に向かう。

 そして局員に、勇者との固定パーティを組む権利を買いたいと申し出た。

 すると、局員が少し困った表情で、言いにくそうに話し始めた。


「アオイさんは、対人戦で勝ったことや、災害級モンスターの討伐によって、オークション評価が急激に上がっておりまして。複数のS級パーティから高額での勧誘オファーが来ているんです」


 俺は眉をひそめた。


「アオイがそれほど引く手あまたなら、もはや選ぶ側になるんじゃないか?」


 行政は勇者の機嫌を悪くして去られたくないだろうし、むしろアオイの方がパーティを組む探索者を指名できそうだ。


「アオイさんは、最初に買い手が見つからないままオークション形式が始まり、まだ誰にも正式購入されていません。サブスク契約は一時的なものですし、誰かが競り落とす必要があります。……そして、今はこの金額です」


 提示された額は、今回の災害級討伐を全て使い果たし、明日の生活費も全部ぶち込んでようやくといった程だった。

 ぱせりやジャコーハへの分配金も、無いも同然になる。


「セージさん、そんな大金を……」


 アオイが不安そうに俺を見上げる。


「構わない。それだけの価値がある。ぱせりとジャコーハはいいか?」


「別にいい。ここでダメだと言ったら、セージに嫌われる」


「私もいいんジャ。他のパーティ行きたくないよ。ここ解散になって、前みたいに置き去りにする奴らと組むようになったら嫌ジャし」


 それぞれから同意があり、細かいところは違うけれど問題ない。


「より、じゃあ競り落とすぞ」


 俺はそう答えながら、希望落札額を局員に伝えた。これでまた文無しに逆戻りだが、後悔はない。

 そして、局員がタブレット端末を操作し、少し待たされる。


「……探索者セージによる、勇者アオイとの永続パーティ権の購入で決まりました」


 俺たち皆が、跳ねるように喜んだ。

 そして、アオイがかしこまった様子で、こちらを向いて話し始めた。


「これで私には、ちゃんとこっちの世界で居場所ができました」


「よかったな」


「セージさんのおかげですよ。これからもダンジョン探索を、ずっと一緒に続けたいです」


「ま、金が無いし嫌でもダンジョン探索に行くんだけどな」


 感謝か……。

 それを言ったら、むしろ俺の方こそアオイに救われたようなものだ。

 ダークコンクエストでの冒険、活躍、他のプレイヤーとの戦いと勝利。

 あの時、俺は伝説だった。

 それが短期離職をしまくって無職のおっさんになり、失業手当で食いつなぐ日々。

 アオイと出会わなければ……危険と隣り合わせとはいえ、過去の輝かしい日々のような感覚を取り戻すことは無かった。

 あのまま仕事が見つからなかったら、俺はどうなったか分からない。


「ありがとう、アオイ。これからもよろしく」


 俺はアオイに、そう伝えた。自然と、気恥ずかしさはなかった。


 ◇ ◇ ◇


 夜、俺は自室の窓から遠くの空を見ていた。星が綺麗に見える日だった。

 この家で、3人の仲間たちとの暮らしが続いていくのだなと実感する。

 JK勇者、昔のゲーム仲間、謎めいた忍者の高校生。

 冴えない無職のおっさんが、ダンジョン探索して災害級モンスターから町を守り、こんな生活をすることになるとはね。

 感慨にふけっていると、部屋のドアを誰かがノックしている。


「セージさん、いいですか」


 またしてもこんな夜中に。アオイ……いや、女の子が来たら緊張するんだよな。

 ドアを開けて、どうしたのかと訊ねる。


「セージさんと一緒にダンジョン探索した時と同じ感じで、眠れなくて……」


「あー……今日は特にいろいろあったからなあ。やっぱ探索者って、定期的に死にかけるよな」


 地道に稼ごうと思ってもこれだ。焦らないように気を引き締めなければならないなと思う。


「あの、今日は少しの間、セージさんの部屋にいてもいいですか」


「イイっ!? あっ、いや、今のはちょっとびっくりしただけだ。まあ、いいけど」


 アオイは、ふうと息を吐いた後に笑みを作った。

 俺は部屋にアオイを招き入れる。座る場所どうしよっかなと少し迷っていると、何かを話しかけられる。


「セージさん、私……」


 だが、俺はその続きを聞くことはなかった。

 開いたままのドアの向こう側に、ぱせりが姿を現した。


「セージ、眠れない。相手して。変な意味じゃなくて」


 そしてアオイに気付く。


「そうか通報」


「違うからこれ。チョイ待ってスマホしまって。マジで違うから。ゆっくり話そう」


 慌ててぱせりをとめて、彼女も部屋にいれる。


「ぱせりさんは、何をしに来たんですか?」


「さっき言った。眠れない。相手して。変な意味でもいい」


「意味わかんねーぞ……」


 俺はと言えば、アオイ1人が同じ部屋にいるだけでも心拍数が上がるのに、1名様追加はさらにきつい。


「あとドア空いてるから、ジャコーハに2人の声を聞かれたら誤解されるかも」


「私、もういるんジャけど……」


「うわあああああ!」


 急に上からジャコーハの声がして、心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 ジャコーハは壁に手足の先をつけて身体を支え、天井に張り付くようにしていた。

 しゅたっ! という音を立てて飛び降りてくる。


「何してたんだよ……」


「今日は強敵との戦いがあった日ジャし、観察したら色々起きるかもと思った」


「ああ、そう……」


 星を見ているときに独り言を呟かなくてよかったと思う。聞かれたら恥ずかしすぎて眠れなくなるやつだ。

 4人が同じ部屋に集まると窮屈なので、リビングで話したり、ゲーム機を引っ張り出したりすることにした。

 明日もまたダンジョン探索をする予定なのであまり夜更かしはできなかったが、騒がしい夜になった。


 俺は部屋に戻ると、天井にジャコーハがいないことを確認してから、また星々を眺め始めた。

 そういえば俺の部屋に来た時に、アオイは何を言いかけたんだろう。

 最初に会った時に俺が奢った牛丼を、また食べたいのかもしれない。

 まさか。それだけではないだろう……。

 災害級モンスターの討伐とアオイとのパーティ権の購入は、1つの区切りだ。

 賑やかな日々やリビングに集まる夜は、これからも続いていく。

 そうした中で、いつかアオイから、彼女が言いかけたことを聞けるかもしれない。



 おっさん俺、女子高生勇者を買うなど。第一部 おわり。

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