第7話 おっさん俺、モンスターケージに突っ込んでしまう

「今日はもう少し奥まで探索するぞ」


 3人パーティになってから数日が経った。

 俺たちは何度か攻略済みの、難易度『中』のダンジョンに来ていた。

 だがあくまで『攻略』しただけで『最深部攻略』はまだだ。そこで、今日はもう少し進んだ先で、レアアイテムの獲得を考えていた。


「難易度『中』のダンジョンには、奥があるんですね」


 アオイの問いかけに、俺は頷いた。ぱせりも一緒に小さく首を縦に動かしている。

 初心者向けのダンジョンでは最深部にたった1つのボス部屋があるだけだ。だから進み続ければ必ずボス部屋だった。

 難易度『中』のダンジョンは少し複雑で、ボス部屋が複数ある。ボスを倒した後にさらに奥の階に進んだり、分かれ道を使うなどして手前にいるボスをスルーすることもできる。

 登山で例えるなら、ハイキングコースや絶壁コースなど複数の道があり、山頂まで行かずに途中で下山するルートも選べるようなものだ。


「俺とアオイのレベルも上がってきたし、大丈夫だろう」


 最深部攻略には、単に価値の高いアイテムを獲得できる以上のメリットがある。

 デスナイトを倒す時に使った『魔法の追加発動』といった特殊効果を装備品に付けるアイテムには、特定のエリアでしか入手できないものがあり、それを拾えるかもしれない。

 いつか強敵との戦いが発生した時のために、戦術の選択肢を増やしておきたかった。

 それに初心者向けダンジョンや、ここの序盤エリア攻略だと、お金にあまり余裕がない状態がしばらく続くことになる。

 現実的な話、俺やぱせり、そしてアオイも、まとまったお金を蓄えておいたほうがいいだろう。


「なんてったって、もし急にダンジョン探索ができなくなったら、俺は貯金ゼロの無職30代男性だ……!」


「セージ、急にどうしたの」


「な、なんかセージさん疲れてません?」


 おっと、うっかり心情が漏れていたようだ。

 死んだ魚のような目になっていたはずなので、アオイには心配されてしまう。


「セージ、大丈夫。すかんぴんおじさんでも、私が養う」


「何を言っているんだ。ぱせりだって金ないだろ……」


 一緒に暮らしながら話したところ、ぱせりは内気で静かで口下手で、オンラインゲーム以外の場では人見知りのため、定職が決まらずにフリーターで職場を転々としていたと分かった。


「……気を取り直して、奥に進もうか」


 ぱせりは静かに頷いた。

 どの道、しっかりダンジョンを攻略していくことが俺たちに必要なことなのだ。


 ◇ ◇ ◇


 通路の奥は、まるで垂直の水面があるかのように波打ち、向こう側は暗く見えなくなっていた。

 難易度『中』ダンジョンの、次のエリアへの入り口なのだろう。

 奥に飛び込んでも大丈夫だということは、数々のダンジョン動画配信者が証明している。


「さて、難易度『中』の上級コースだ」


 全員で数歩進むと、これまでと違う雰囲気の場所にワープした。

 通路は広く、天井も高い。壁には古代文字のような装飾が刻まれている。


「やっぱり、格が違うな」


「はい。でも、セージさんたちと一緒なら大丈夫です」


 アオイが心強そうに言った。ぱせりも小さく頷いている。


 しばらく歩くと、最初の敵が現れた。ジャイアントオークウォリアーの集団だった。

 ダンジョンが広々としている分、敵のサイズも大きいようだ。

 身長3メートル近くあるオークが、巨大な戦斧を振り回して向かってくる。


「倒すのに時間がかかりそうだな」


「……でも、倒せる」


 ぱせりが淡々と呟いた。


「今回はぱせりが後衛、俺とアオイが前に出る」


 ここ数日で、俺たちの連携はさらに良くなっていた。より強い敵にも通じるだろう。

 相手のオークたちは巨体に似合わず、ゴブリンより素早い。俺とぱせりよりも早く攻撃してくる。

 ステータスが高いからこそ強い敵になるのだから、当然だ。


「『ガードスタンド』を使います!」


 アオイが、次の行動まで防御力がアップする防御系スキルを使う。さらに、攻撃されればされるほど防御力が上がる効果がある。

 ジャイアントオークウォリアーは攻撃力が高いので、もし攻撃が集中すると被害が大きく、先に動けたとしてもアオイの行動を防御スキルに回したのだ。

 攻撃がアオイに集中するが、先頭のオークの攻撃以外は低く抑えられた。

 そして、オークより後に動く俺だが、それでも『スロウエリア』でオークを遅くする。ぱせりの詠唱が終わるまでの時間稼ぎだ。


「“炙りチャーシューになってしまえ”『クラスターエクスプロージョン!』」


 火炎魔法が炸裂し、オークが火の海に包まれる。

 だがゴブリン共とは違い、HPの高いオークはまだ倒れない。

 そこに、『オールスラッシュ』を使ったアオイの斬撃が突風のように襲い掛かる。


「一応、『ヒール』」


 俺はのんびりとアオイのHPを回復した。


「ブギャオオオオオッ!」


 怒りに燃えるオークたちが火だるまになりながらもアオイに襲い掛かる。

 もう防御スキルを解除したアオイは、このままだと大ダメージを負うところだが……。


「ガハッ」「オゴッ」「グ……」「ガアァ……」


 刃がアオイに届く直前、4体のオークは次々と倒れた。

 ぱせりの魔法攻撃の追加効果『炎上ダメージ』により、アオイを攻撃するよりも先にHPが尽きたのだ。


「ぱせりの魔法も、上位スキルになって仕上がって来たな」


「……ん、昔セージに教わったように、スキルを取りすぎないでおいてよかった」


 パーティが使う作戦によって、必要なスキルは変わってくる。

 多くのダンジョン探索者は、スキルポイントを温存せずにすぐスキルを獲得したり上位スキルを取ろうとするが、それだと必要な時に目当てのスキルを獲得できないことが多い。

 ぱせりは『ダークコンクエスト』の俺の育成方針を覚えていて、火炎魔法を取得する以外は、余計なスキルを取らないでおいたようだ。

 そのため、パーティを組んだ後にすぐさま火炎魔法の強化型スキルを獲得することが出来た。


「この調子なら、問題なさそうだな」


 思ったよりも苦戦しなかったことにほっとして、探索を続けることにした。


 ◇ ◇ ◇


 ダンジョンの奥深くまで進み、真四角の小さな部屋の手前まで来た。


「ここまで楽に進むことが出来ましたね」


「うーん、そうだな。敵も少なかったし」


「アイテムも、あまり拾えなかった」


 俺は少し違和感があるなと、立ち止まった。

 攻略が上手くいっていることはもちろんだが、楽すぎる。戦闘の回数が少なく、消耗せずに回復アイテムなどが予定より余っているくらいだ。


「ぱせり、戦闘前だが、次の部屋に『フレアフィールド』を仕掛けてくれ。俺も『スロウゾーン』を使う」


「りょかい」


 ぱせりは短く答えた。


「えっ? セージさん、敵がいるってことですか?」


 アオイが疑問を口にする。


「多分だ。それにここを通らなければ向こうには行けない。アオイは『アルティメットステップ』の上位スキルを取っていてくれ」


「は、はい!」


 俺たちは部屋の中に踏み込む。壁に反響する足音が聞こえるほど静かだった。

 だが部屋の中央に差し掛かった時、急に部屋そのものが巨大化して体育館ほどの大きさになった。

 そして、部屋の床のそこかしこに紫色に光る魔法陣が描かれる。


「えっ、これはなんですか!?」


「モンスター呼び出しの……罠」


 驚くアオイに、ぱせりが冷静に伝える。

 そして、魔法陣の上にモンスターが出現する。よく見ると天井にまで魔法陣が輝いていて、部屋の各所に大量のモンスターが湧き出してきた。

 ゴブリンやオークといった見慣れたモンスターをはじめ、大型の蜘蛛や羽虫、目玉が浮かんでいるような見たこともないモンスターまで。


「これは……モンスターケージだな!」


 状況を理解した。モンスターケージとは、大量の敵と戦うことになる特殊な仕掛けがある部屋だ。

 物量で取り囲んでダンジョン探索者パーティを圧殺するため、かなり危険だ。

 小さな部屋だと思って油断して通ろうとした場合、ほとんどのパーティは突然現れた敵の群れにパニックを起こしたまま負けてしまう。


「数が多すぎますよ!」


 アオイが叫んだ。確かに、30体近いモンスターが俺たちを囲んでいる。


「落ち着け、 俺たちなら何とかなる」


 この状況の打開策は既に打たれている。


「ゴワアアアア!」


 モンスター共が火に包まれる。

 こっちだって罠を使っていた。戦闘前に部屋に仕掛けておいた『フレアフィールド』が部屋ごと拡張され、魔法の罠に触れたモンスターに次々と着火した。

 さらに俺も『スロウフィールド』を仕掛けておいたので、敵が減速している。


「アオイ、さっき取ったスキルを使え」


「はい! 『ワイヤーアクション』」


 するとアオイは物理法則を無視したように素早く飛び上がり、空中を移動しながら右に左にモンスター共を斬り付けていく。

 俺はアオイの連続攻撃確率がアップするアシストスキルを使う。

 武器には魔法攻撃の追加が付与されているので、モンスターケージの中はむしろモンスターにとっての阿鼻叫喚の檻となった。

 だが、アオイの声には余裕がない。


「うっ、セージさん、モンスターが増えていますよ! 倒してもきりがないです!」


「おかわりだな、魔法陣からモンスターの第2波が出てきている」


(そろそろかな)と俺は独り言を呟いた。


「“めちゃくちゃ強い魔法使うのたのしー”『ガイアティックボルケーノ!』」


 ぱせりの高ランク火炎魔法が炸裂する。敵が増えたところでちょうど詠唱が終わったのだ。弱いモンスターは瞬殺、強力なモンスターのHPもほとんど無くなる。

 そして、俺は残った敵を魔法の光線で倒していった。ぱせりほどの大魔法ではないが、代わりに詠唱時間は短く、素早く繰り出すことができる。


「よし、これでもう全部倒したか?」


「まだ魔法陣が光っています!」


 アオイに言われて気付く。第3波、流石にきついか……。

 さらなるモンスターの群れが出現し、さてどうしようと思った時だった。

 部屋の壁に、畳1枚分ほどの不自然な線が浮かび上がっていることに気づいた。


「なんだあれ……」


 と思っていると、壁の一部がぺらりと捲れて、大きな布が地面に落ちた。

 そして黒い装束を着た女性が姿を現す。


「た、助かったんジャよ……! 『エレキテル術』!」


 空中を電撃が走り、黄色い光がモンスターの群れを直撃する。

 なんだか独特な語尾を聞いたような気もするが、そこは気にしている場合ではなかった。


「ゴギャアアアア!」


 モンスターの群れにダメージが入り、さらに『麻痺』で動きが封じられたようだ。

 すぐさまアオイがモンスターたちに飛び掛かって斬り刻み、第3波のモンスターを倒していく。


「おい! そこの人!」


 俺が声をかけると、人影がこっちを向いた。

 戦闘の合間を縫って、その人影が近づいてくる。ぱせりはもちろん、アオイよりも身長が高いくらいの、細身の女性だ。


「えっと、誰だ……?」


「も、モンスターケージに閉じ込められて、ずっと隠れていたんジャよ!」


 女性は疲れたような声で呟いた。年齢はアオイと同じくらいなので、少女というべきか。黒装束はよく見ると忍者のようだった。


「ここで何をしていたんだ?」


「えっと、パーティに置いていかれたんジャよ……」


「あ、もしかして先客か。モンスターを倒したら話を聞くから、待っててくれ」


 モンスターを全て倒すのに、それほど時間はかからなかった。

 戦闘を終わらせて、アオイやぱせりを近くに呼ぶ。魔法陣の光は既に消え、第4波はないようだった。

 そして、周囲が静かになったことを確認し、少女の説明を聞く。彼女は偵察役の探索者だった。リーダーにトラップがありそうだということを伝えていたが、報告を軽視されて、パーティがモンスターケージに突入してしまったのだという。

 そして慌てたパーティは、彼女を囮にする形で、すぐさまダンジョンの奥まで駆け抜けて逃げていったようだ。


「あ、モンスターケージにはそういう突破法もあるのか」


 ゲームではモンスターケージで戦闘が発生すると敵を倒しきらなければいけなかったが、ダンジョンのルールは完全に同じではなく、仲間を見捨てて逃げることも可能なようだ。


「セージ、試そうとしないでね」


 他のパーティの行動に感心していた俺に、ぱせりが釘をさした。


「私はモンスターに囲まれて、壁まで追いつめられたんジャ」


「……で、忍者スキルを使ってモンスターから隠れたというわけか」


「そんなことができるんですか……」


 アオイは信じられないと言った感じだ。でも、モンスターに見つかっているかどうかの判定もスキルで操作できるなら不思議ではない。


「今回は敵が少ないと思っていたけど、先客がいたんだな」


「で、いつからここにいたんですか?」


「5日ジャ……もう死ぬかと」


 よく生き延びたものだと思う。

 モンスターがいなくてもくたばってしまいそうだ。


「私はジャコーハ……出口まで連れて行って」


 まあ、言われなくてもそうすることにする。

 合流したメンバーを加えて、俺たちはダンジョンの攻略を続けた。

 なお、モンスターケージの敵を倒し終えたときは、かなり高ランクの武具やアイテムを手に入れることが出来る。

 特に、『伝説級の武器』を手に入れたことはかなり良い収穫だった。


 ◇ ◇ ◇


 管理局に戻り、いつものようにダンジョン攻略を報告して、精算する。

 強力な武器などは使えそうなので売らずに、俺たちに割り当てられた保管庫に置いてもらい、次の探索に持っていくことにする。

 そして取り残されていた少女だが……。


「元のパーティには戻らないつもりなんジャ」


 そう言ったジャコーハの考えは当然だ。危険を感じ取って教えても対策しないどころか、見捨てて逃げていくような奴らとはもうパーティを組みたくないだろう。


「ってことは……」


「あの、良かったらパーティに入れて欲しいんジャけど……」


 あ、そういう流れかと思い、アオイを見ると受け入れる気で満々の表情をしていた。

 まあ、優秀な偵察役が探索に必要だと考えていたところなので、俺としても悪くないけれど。

 俺たちはパーティメンバーを4人に増やし、管理局を出て帰宅する。

 するとジャコーハがいつの間にかついてきていることに気が付いた。


「あれ……この流れ、またか?」


 ジャコーハは遠慮がちに答えた。


「部屋が空いていると聞いたんジャ……」


 ま、まじか……。

 というわけで、勇者アオイハウスにはさらに人が増えることになった。


「セージ、ちょうハーレム……」


「いや、その言い方は誤解があると思う」


「ところでジャコーハさんって、何歳なんですか?」


「17才……高校2年生ジャ!」


 それを聞いたアオイは、同年齢のパーティメンバーが増えて嬉しそうだった。

 一方で俺は、爆発物を家に持っていく気分で帰り道を歩くことになった。


「非合法。なにがとは言わないけど」


「ぱせり、もちろん言わなくていいからな、それ……」

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