間川レイさんの「私と、煙草と、アルコール」第1話「身勝手」を拝読しました。
物語は、アルコールが抜けた後の気だるい朝の描写から始まり、主人公の内面の深い部分へと読者を誘います。雨の日に紐付く幼少期の壮絶な体験、特に両親からの暴力や精神的な虐待の描写は、読者に強い衝撃を与え、胸が締め付けられるようでした。
「蚯蚓腫れのようなたくさんの傷」という自傷行為の告白、そして「みんなみんなに苛立っていて。だったらあんたの家と私の家を交換してみろよと叫びたくてたまらなかった」という叫びは、主人公が抱える絶望と、誰にも理解されない孤独感を鮮烈に伝えています。
煙草を吸う理由が「一刻でも早く、身体をぼろぼろにしたくて。親からもらったものだというこの大切な体を」という点にも、深い自虐と、親への根強い憎悪が凝縮されており、その心理描写の生々しさに圧倒されました。
過去の記憶に囚われ、親を許すことができない主人公の苦悩が、雨やアルコールの感覚と結びつけられて描かれている点が秀逸です。読後には、主人公の抱える深い闇と、そこから抜け出せない現状への切ない諦めが残ります。この物語が、主人公にとっての「救い」を見つけられるのか、あるいは更なる深淵へと向かうのか、今後の展開が非常に気になります。
どんな酷い過去だって過ぎてしまえばただの思い出。
そんなことを抜かすやつは、階段から蹴り飛ばしてやりたい。
生き地獄っていうのは、生きてるからこその地獄なんだ。
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家族というのは厄介なものだ。相性の悪い人が一人でもいると生活が半壊する。価値観も大層歪んで、対人関係を構築しにくくなる。
さすがにこの作品ほど極端ではないが、当時は神経がささくれ立つ感覚に苦しんだし、今になっても夢に見る。
動物、畜生の類に成り下がるのを黙って受け入れなくてはならない、あの屈辱。
相手の機嫌次第で如何様にも心がどうかなる不自由さに振り回され、いつまで続くかも知れない「日常」を怯えながら過ごすのだ……相手が飽きるまで。
よくここまで、読む人の顔面に拳をめり込ませるような描写が出来るものだと、感銘を受けずにはいられない。