いつもここにいた

@rikizo

第1話

 昨日、夢を見た。

どんな内容だったかはおぼえていない。

ただ、その夢はとても素晴らしい夢だったはずだ。いや、私にとってあるいは悪夢だったのかもしれない。なんにせよきっかけが欲しかった。

今日、私は死ぬことにした。




 8月2日、世界が営みを始める少し前、かけたアラームより先に目を覚ます。カーテンを開け、ベットから立ち上がり大きく背伸びする。軽やかな足取りで洗面所へ向かう。顔を洗い意識を覚醒させる。普段しないようなことなのにむしろ体は活発に働く。散らかった部屋を整理し、慣れない手つきで派手なメイクをしてみる。身支度を済ませ玄関へと向かう。ここももうお別れだろうと思い、数秒ほど部屋を見渡したあと誰もいない部屋に別れを告げる。そして部屋を出て、もう一度背伸びをする。こんなに清々しい朝は経験したことがない。これから死ぬというのにむしろ心は晴れやかだった。毎日がこんなに華やかな気持ちだったならこんなことせずにすんだのだろうかなんて意味のないことを考え一人笑う。そう言えば笑うなんてこと久しぶりだったななんて思いながら、いつも通りゴミが散らかったボロアパートの階段を降りる。

鉄の錆びた匂いや、鼻をつんざくような生ゴミの悪臭。毎日ここを通らざるを得なかったため朝は必ず機嫌が悪くなっていたのだが、今はなぜかこの匂いすら愛着がわいてしまっているようだ。香りを堪能し終わり、買ったばかりの中古車に乗り込む。さて、今から自分の死に場所に向かうわけだが、場所はすでに決まってあった。









 自殺するにもなにか壮絶ないじめを受けただとか、仕事で取り返しのつかないミスをしたからなんて理由などではない。死ぬことに許可があるとすれば、私は基準に満たしていない。死ぬに値しない。




 


 私は、要領も悪く少し人とズレた手のかかる子供だったそうだ。

父と母、そして3つ下の妹と私の4人家族で構成されており、力関係は当然私が一番下だった。

親は特に勉学の教育に力を入れており、頭が悪かった私は、何度も叱られていた。

妹は私と真逆で、勉強も運動もそつなくこなすし、友達も多かった。そんな妹を両親はとても可愛がっていた。母にいつも私と比べられ「なんでこんなのと比べるの」と不満をあらわにしており、申し訳なく思っていたが、どうすることもできず、そのときの関係で固まったままでいる。小中高成績が上がらず、進学も就職もできなかった。そんな私に愛想つかしたのか「あとは自分でなんとかしないさい」とほとんど勘当宣言のようなものをくらい、卒業と同時に逃げるように九州の田舎の方に暮らすようになった。必要最低限のお金はもらっていたので、家を決め、すぐにバイトを始め、なんとか生活を続けて行く内に今に至る。


いつかの会話を思い出した。

「パパ!近くに遊園地がオープンしたの。3人で行こうよ!」

「そうだね。今日は天気もいいし、準備しよう。」なんて。そこには4人いるはずなのに、見えているはずなのに、私以外そのことになんの違和感ももたずにそのまま遊園地の計画を立てている。唇を振るわせ目元から涙がこぼれぬよう力を入れ、聞かないふりを貫く。勉強を続ける。何分かして3人が家を出た後にこっそりと一人嗚咽しそうになるのを堪えて静かに泣いていた。こんなことの繰り返しだった。私は自分の能力の低さを憎んだ。私という人間を肯定してくれるものなんて無かった。こんな私がずっと嫌いだった。

お父さんとお母さんはこんな私をこの歳まで育てくれたのに、何も私は返せていない。こんな惨めな私を許して欲しい。


車を30分ほど走らせると海岸通りに出る。

窓を開けると潮風の匂いが車内に漂う。まだあたりはくらいがその分波の音が際立って聴こえ私の心を落ち着かせる。

ここの浜は日中は落ち着くことを知らないほどの人だかりで、人の流れが波のように見えるほどだったが、早朝は打って変わってほとんど人がいない。気持ちが沈む時はいつもここを訪れて波の音を聴いていた。死ぬならここで死にたいとは思っていたが、まさか本当に機会が訪れるとはさすがに予想していなかった。

駐車場に車を停め、砂浜へと向かう。いよいよ私は死ぬのだ。死へと全速力で向かっているというのに悲しみも緊張もない。死に対する感情が麻痺しているのか、実感が湧いていないのか。今となってはどうでもいい。階段をおり沈む砂浜を歩き、波打ち際にまで寄る。

ザーッ ザーッ ザーーッ

一定の早さで奏でる波の音に耳をすませる。

ザーッ ザーッ ザサザザーーッッ

ザーッ ザーッ ザザッザザーーッッ

 


急に激しくなった波の音で意識が戻る。どうやら5分ばかり無心に陥っていたようだ。

あたりが少し明るくなっていく。もうすぐ日が出る。

靴を脱ぎ裸足になる。

いよいよだ。今までの人生生き方は選べなかったが、死に方が選べるだけましだ。

とうとう死ねる。死んでも悲しむ人なんていない、そんな人生を歩んできた。本当に惨めな生涯をおくってきたものだ。そう思いながら足を一歩踏み出そうとする。



「ここで死ぬの?」


女の透き通った綺麗な声がした。

え?人がいた?さっき人がいないのは確認していたはずだ。いつからいたのか気づかなかった。焦って後ろを振り向く。


そこには女性がいた。

天然の輝く金色の髪にくっきりした二重の目、透き通るような白い肌に白いワンピースを着ている。思わず見惚れてしまった。絵画から出てきたような、天使の存在を疑ってしまうような、そんな美しい女性だった。








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