第2話 命だけはお許し下さいお姉様

「呼ばれたら急いで来るのは大事だけど、土下座までする必要は無いよ」


「あっそうですかこれは失礼しました。貴方様の神々しさについひれ伏してしまい…寛大な御心とお言葉に甘えさせて頂きます」



私の卑屈な態度はお気に召さなかったようなので、彼女の好みに合わせて土下座をやめ八本足で慎重に立ち上がりました。

立ち上がると相手からもしっかりと分かりますが、私は機動力を重視した体高30cm程の大きさの丸々とした地蜘蛛の形態をしています。


ですがAさんは全く気にしてませんね〜。

蟲が苦手で私を早めに解放してくれるのを少し期待していたんですが、逆に興味津々といった風に見るのはやめて欲しいっすわ。

私達妖精にも恥じらいの感情があるんで。



「んー、威圧もしてないのにそんなに謙ってるのはもしかして僕の事知ってるのかな…もう十年前くらいの話だけど」


「勿論ですよ!私は日本で長く活動させて頂いているので耳年増なんです、アハハ」



分っかんねーよ!普通に知りませーん、どうしよかな〜思いっきり見栄張っちゃった。

でも何だか見覚えがあるし、頑張ればギリギリ思い出せそうな気もするからそれっぽいやつを頭から振り絞って…


えーっと特徴は、淀んだ瞳・女なのにメイクを何もしていない・染色をしたこと無さそうな黒髪・私を急に撫で回し始めた手の剣だこやマメ…

さっきの戦いを踏まえると武術全般に明るく、変なオーラを放っている十年前の有名人。


勝手に撫でられるのは不服だけど、気が少し逸れている今がチャンス!

そうやって暫く頭を捻ったところ、あと少しで完全に思い出せそうになったわけですが…

黙り込んでいる私を、Aさんが不審な目で見てきてるのでこれ以上怪しまれない内に当てっずっぽうでいきますか〜。



躑躅森 愛つつじもり あいさん、貴方様の活躍はつい最近の出来事だったように輝いておりますのでしっかりと覚えてるんです!」



何とか名前だけは思い出せた!流石私!



「おお、本当に知ってたんだねー物知りな妖精だ。ということはさっきまでAって呼んでたのも敬称のつもりかな?」


「ももも勿論ですぅ、そのままお呼びするのは恐れ多くてですね…」



やべ、人に渾名付けて呼ぶ癖が出てたわ。

誰だよ取り敢えずAさんと呼ぼうなんて考えたやつ!私だぁぁ墓穴ぅ



「成程成程、お嬢さんは演技が下手だね。軽く質問されただけで忙しなく足を動かして視線も彷徨わせてたら、すぐに嘘をついてるなって気づけるよ?」



そんなの気づけるの貴方くらいなんですが自覚あるんですかね、ホント躑躅森さんは感覚が鋭過ぎ…遠くの私を戦闘中に見つけたり、ちょっと身じろぎしただけで目敏く指摘してきます。


一般人は私の隠密で居ることも気づけないんですが、流石覚醒者といったところでしょうか。

下手に出て彼女を煽てゴマをすりまくり、隙を見せた瞬間に逃げハイリスクノーリターンの状態から抜け出そうと考えていた私。


しかし…隠密を見破られ演技も通じず虫嫌いでも無く逆に興味を持たれているので、もう逃げようがありません。

ここは割り切って少しは彼女の用件を聞き、満足して貰うのを待つとしましょうか。


逃げる方法について考えながら彼女を警戒していたのと運動不足が祟り、心身共に疲れてしまったので身体を落ち着けたいのですが路地裏はきったないので整えましょう。

まず太くて硬い糸を吐き出して、それを軸にグルグルと柔らかく伸縮性のある糸を巻き付けて

少し伸ばして完成です!


完成した簡易クッションを敷けば埃だらけでも安心して私の身体を休ませることが出来ます。

何ですかその視線は?寄越せって言われてもあげる理由も無くないです?私が休んでるのを貴方はハンカチでも咥えて見てて下さいな。


…拳を握り直すのはやめて下さい!作れば良いんでしょ作れば!この世は弱肉強食、私のような弱者は搾り取られるのが常なんですねオヨヨヨヨ。はい出来ましたよ、持ってけどろぼー!



「即席なのにふかふかで手触りいいね、これ。ふふっ、そんな顔されてもクッションに感謝はしてるけどずっと逃げようとしてたのはお嬢さんの方だから正当な権利だよ。悪いようにはしないと言った僕を、疑い続けた慰謝料と思って諦めてほしいな」


「…別に良いですけどね、納得はしていませんが。それで私を呼び止めて用件は何です?」


「茶番で結構時間かかったし単刀直入に言うと僕と契約してくれないかな?蜘蛛型妖精のアラーネアさん」


「嫌です、他を当たって下さい。私は何を言われても契約なんてしません、もう相棒の魔法少女が死ぬのは見たくないので。…殺されたくは無いので他のことならお聞きしますよ?」



私に用があるなんて嫌な予感はしていましたが残念ながら的中してしまったようです。

ですが、こればっかりは私にも譲れないものがあります…あの子の二の舞とならぬよう死なない限りは魔法少女を生み出す契約なんて、金輪際しないと誓ったんですから。



「んー、決意は硬そうだね。となると……じゃあ、僕と一緒に来るのはどうかな」


「私の話聞いてました?一緒に行くなんて言葉遊びで誤魔化されませんよ、どうせ今までの奴みたいに私が油断した時契約をしようという魂胆でしょう」



私みたいな底辺妖精も、長く活動して力を蓄えているので魔法少女に無駄な幻想を抱いた輩が利用しようとしてこられた経験があるので騙せると思っているなら大間違いです。

…少し気弱な態度を見せ過ぎたので甘く見られたのでしょうか。


どう料理しようかなと呟きながら鉈をクルクルと何かを思い浮かべるように回している彼女からは危険性しか感じられません。

あまり気乗りはしませんが、契約をしておらず存在が曖昧だから出来る変身演出魔法のとっておきで脅かして躑躅森さんが怯える姿を拝んでやります。



「伝承変容・土蜘蛛…恐怖の帳」



私の身体が魔法によってバキバキと音を立て脱皮する感覚と共に大きくなり辺りが暗くなっていきます。

この姿になるのも久しぶりなので身体に違和感を感じる上、全盛期のような力はありませんがその分威厳ある感じで話しましょうかね。



「…!これは」


「妾に舐めた態度をとれるのも手加減してやっていたからだ、覚醒者よ我が威容に凡愚の如く震え泣き叫ぶが良い!」



完璧に決まりました!日本で有名な土蜘蛛は虎の胴体に鬼の顔を持つ蜘蛛という異形の姿をしており、その姿の異様さが悪目立ちしています。

しかし、怨霊としての側面では病気を蔓延させたり相手に状態異常をかけることも得意となっているので印象操作も容易です。


ああ、彼女の余裕そうな表情が恐怖心の植え付けで強い驚きに変化していくのが八つの眼を通して手に取るように分かります。

心地良いですね〜、私への恐怖で身を震わせる姿に先程までの余裕は無くこれまでとは立場が逆転した状態!

ほら彼女が手にした鉈を震える身体で、上に振り上げ



「ーーー!危なっ」


「やっぱり今のを避けるんだ、俄然君への興味が湧いてきた…ね!」



眼前に迫った凶器を後ろへと咄嗟に後ろへ飛び下がることで避けましたが、彼女はそれが分かっていたかのように油断すること無く鉈を構え直しながら後ろへ下がりました。

後ろに下がられると私の攻撃が届かないので、その後もヒットアンドアウェイで一進一退の状況にされたせいで私の魔力消費が激しくなり…



無駄に激しい戦闘が終わると、土蜘蛛の変身が解けてその場にへたりこんだ私と何故か肌がツヤツヤになっている躑躅森さんが対照的に路地裏に影を落としていました。

覚醒者とはいえこんなガキンチョに負けるなんてバグですか?夢ですか?



「マジで土蜘蛛が効かないなんておかしいぃ」


「本人の同意を得たいと思っていたけど、予想位以上に面白い妖精だし頑固だから力づくで連れていこう」


「あっ、引きずらないで下さい、暴力反対です!…か弱い私に惨い実験をして死んだら地獄に行きますよ」


「〜♪」


「誰かぁ、助けてぇぇぇえーー」



何を言っても聞く耳を持たない躑躅森さんに、魔法が解けて小さくなった私は引きずられながら路地裏を出て行くことになりました…


何故こんなことになったのだろうと早とちりをしがちな過去の自分の言動を恨みながら、何とか痛くないように姿勢を整えます。

隙をみて脱獄してやります!え、そこは繊細な部分なので強く引っ張らないで…

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魔法少女の契約をしたくない妖精さん 老いには逆らえん @tukaremeda

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