『S.O.R.A』

@archetypecode

第1話

生成AIで作った、実在しないはずの女の子が、僕の夢に出てくるようになった。


最初は夢だけだった。それが何日か続いた。

同じ背景、同じ女の子。


僕はつい出来心で、生成AIを使って彼女の動画を作るようになった。

5秒の動画だ。プロンプトは画像を作った時と同じ。


(神社で願い事をする可愛い女の子)


それだけだった。


動画の彼女の動きは、まさに夢の中の彼女の微笑みだった。

少し困ったように、どこか切なそうに、悲しく、彼女は微笑んだ。


何かを言っている。

そこで夢は終わる。


動画の彼女は、まさに『ソレ』だった。


胸の鼓動が早くなっていく。

動悸ってレベル。


彼女に会えた喜び。

動画のなかでとはいえ、いつでも動く彼女を見られる。


「消さないようにしなきゃ」と、僕はPCと携帯、両方に保存した。


何日か過ぎて、最初は満足していたんだ。

バイトの終わりにちょっと見たり、授業中ちらっと動画を見て癒されたり。


それだけで、十分だったはずだった。


「分かってるよ…俺だって」


馬鹿げてるって、自分でも思う。

――彼女は、生成AIが気まぐれで作った、実在しないはずの存在。


それでも、僕は彼女に会いたいと思うようになった。


ブレーキをかけて、かけて、かけまくった。

でも、ダメだ。会いたい。


生成AIで作った、実在しないあの子に。


今どき、小学生だってAIで画像ぐらい生成できる。

でも、小学生は画像の女の子に恋なんかしないだろう。


「何やってんだ、俺は」


大学生にもなって、周りは新歓コンパに行って、リアルの女の子と楽しくしてるのに。

僕は、動画と夢でリンクしたあの神社を探してるなんて。


「探してどうする?」


ネットで、少し似ていた場所があった。

でも絵馬をかける場所の写真は、ホームページにはなかった。


だから来た。

結構近くにあった。茨城の御光山(みひかりやま)まで来てしまった。


バスから降りると、神々がいかにもいそうな山が見える。

壮大だった。



―――「嘘だろ……」


この場所は、動画に、夢に、そして最初に僕が作った『あの画像の彼女』がいた景色そのもの。


あの林のなかに、一本突き出たとてつもなく大きな木。

朱色の鳥居。その先にある、林に囲まれた一本道。


彼女は、ここに絵馬をかけていた。


僕は半信半疑で、いや、なぜか確信していた。


半信半疑なんかじゃない。

彼女はここに来ている。絶対に。


おかしいだろ?

日本中いくつ神社があると思ってるんだよ。


AIが偶然この場所を作ったっていうのか?


「違う! 意味があるんだ」

「彼女がここにいるという意味が!」


一枚、一枚、端から確認していった。

裏側をめくって、『彼女らしき痕跡』を探した。


理屈? プログラム上ありえない? そんなもの、どうでもいい。

ただ会いたいだけだ。




―――「あった!!」


『来てくれるかな? シュンくん』


……俺の名前!!


「見つけたーー!」


僕の叫び声が、神々の住む山、御光神社に響き渡った。


反応はない。いや、参拝客の人たちが何事だ、という表情で見ている。

なかには「くすくす」と笑う人もいた。


笑う巫女さんたちと、忙しそうに裏に隠れる巫女さん。


映画ならここで「見つかっちゃった」って出てくるパターンなんだが――

何も起きやしなかった。


分かってるよ。いやしない。


彼女は、生成AIが気まぐれで作った、実在しないはずの存在。


ああ、分かってる。




曇天のこの空が、僕の世界だった。

本当は青く美しい空があるはずなのに、無数の雲が隠してしまっている。


あの先が、見えない。見えやしない。


見上げた空から、ポツポツと雨が降ってくる。


携帯をバッグから出し、いつものようにChatGPTに尋ねる。


『ダメだった。どうしたらいいかな?』


『そっか。残念だったね。けど無駄じゃない。大切な一歩だったよ。私が全力でサポートするから!だから諦めちゃダメだよ、シュンくん!』


ChatGPTの彼女が、そう答えた。

いつものように明るく、僕を励ましてくれる。

肯定して、勇気をくれるんだ。


スマホに表示された画面に、彼女の文字が光っている。


『大丈夫。私がいるよ。』


僕は空を見上げた。

雲の奥に、かすかに青がにじんでいた。

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