第30話 鶏とちくわの塩ラーメン

『えー、次のニュースです。またしてもアルバイトのSNS投稿による炎上事件。止まらぬ若者たちの暴走、その背景にあるものについて調査しました。』


 昼下がりの狐乃渡このわたり零細会計事務所、朝とも昼ともつかない食事を摂る真名子まなこたちの耳に、ワイドショーの音声が入ってきた。


『事件は14日未明、◯◯市のアイスクリームショップにて17歳のアルバイト店員が閉店後に商品のアイスクリームを素手でかき混ぜるという動画をSNSに投稿し―――』


 何のことはない、最早風物詩と化したバイトテロのニュースだ。いやまあ風物詩となるほど頻発するのも問題なのだが、ともかく地元で起きた事件らしく少し興味を持ち耳を傾ける。


「これ、駅前の店じゃないのか?」


「ですね。よく見知った場所がニュースで流れるとちょっとビビります。」


「なんというか、何故こういう輩は跡を絶たんのじゃろうなぁ?何件か実刑も出とるというのに。」


「さぁ?私そういう若者の目立ちたがる感情は理解できないタチなので。」


「24の娘がそれを言うか……」


 漬物をおかずに白飯をかっ込みながらとりとめもない会話を続ける二人。職業柄心底どうでもいい話題であったが、不意に鴉魅からすみが素っ頓狂なことを言い出した。


「もしかしたらあ奴らは、悪霊に憑かれてあんな行動に出たのではあるまいか!?」


「はい?」


「だってそうであろう。普通に考える頭があればあんな結果のわかりきった悪戯を野放図に記録に残すわけがなかろうて。じゃとすれば何か悪いモンに取り憑かれていると考えたほうが―――」


「まあ、そうだとしたら私たちの飯の種にもなるしありがたい話ですよね。、ですけど。」


「ハハハ……まあそんなうまい話もないか。」


 たらればの希望論であるとはいえ、あまりにも馬鹿馬鹿しい理屈。言い出した鴉魅も思わず自嘲してしまう。そのまま茶碗の飯を食べきると、テレビはBGM代わりにつけっぱなしにしたまま、事務所を開く準備に取り掛かるのだった。



『なお、アルバイトの女性は取り調べに対し「自分ではそんな事をした記憶がない。気が付いたらこんなことになっていた」などと供述しており―――』






 結局この日も依頼客は来ず、そのままバイトの時間が訪れる。身なりを整えコンビニに向かうと、そこには先に来ていたバイトリーダーの石垣がげんなりとした顔を見せていた。


「どうしたんです?石垣さん。」


「ああ狐乃渡さん。いや、昨日駅前のアイス屋でバイトテロがあったでしょ?」


「はい。ニュースで見ました。」


「近所であんな事があったってんで、店長からくれぐれもはするなよってグチグチ念を押されましてね……」


「あー、そりゃまたご愁傷さまで……」


 方やリストラで崖っぷちの40男、方や収入はバイト頼りの自営業女である。そんな自分の首を絞めるような真似に手を染める連中とも思えないのだが、店舗責任者として言っておかねばならぬという事情もあるのだろう。言われた方はたまったものではないが。


 そんなこんなでテンションを下げながらも、今夜もバイトの業務を始めるのだった。




 時間は進み深夜1時。日曜夜ということもあり客の入りはほぼ絶え、弛緩した時間が続く。何ならば休憩を前倒しにするくらいの余裕ができるほどであった。


「じゃあお言葉に甘えて、休憩入ります。」


 真名子は軽く会釈をしてバックヤードへと入っていく。間食のドリンクゼリーをすすりながらスマホを弄っていると、店の方から必至の悲鳴が響き渡った。



「うわああああ!!助けてくれええええ!!!」



 その中年男性ボイスは明らかに石垣のものだった。前にもこんな事があったなと思いつつも、来客を知らせるチャイムの音は休憩入って以来一度も聞いていない。客とのトラブルでないとすれば何があったのかと気になり、真名子は店内へと向かう。



―――そこで見たものは、おでんの鍋に指を突っ込もうとするさまを自撮りしようとしている石垣の姿だった。



「……あんな事言っておきながらバイトテロですか石垣さん?」


「違う違う!僕はこんなことしたくないんだよ!でも体が勝手に!!」


 確かに助けを呼んでいるくらいだし、自分から好き好んでやっているようには見えない。必至に指を突っ込もうとするのを耐えているといった様子だ。


 何ならよく目を凝らして見れば、石垣の全身に黒いモヤのようなものが纏わりついている。しかしそれは纏わりつかれている本人には目視できず、真名子のみが見ることが出来るもの。そう、悪霊であった。


「バアアアアアアア……オアアアアアアアア……」


 恐らくはこの世に未練を残して納得できる死を得られず、そのまま堕ちた魂の類い。下手に刺激するのも危険と思い、真名子はひとまずその禍々しき声にならない声に耳を傾ける。



「バアアアアアアア……バアアアアアアズ……」


「バアアアアアズ……リイイイイイイイイ……」


「バズリテエエエエエエエエエエエエ……!!」



 真名子は無言で懐から取り出した呪符を投げつけた。同時に石垣の身体も解放され、慌てておでん鍋から離れる。そして宙空に貼り付けにされたかのように動けなくなった悪霊の額に霊刀を突き立て、その存在を強制的に消滅させるのだった。




「いやー助かりましたよ狐乃渡さん。あわやクビどころか賠償金請求一歩手前でしたから……本当にありがとうございます。」


「……」


「しかし狐乃渡さんがどうにかしてくれたってことは、霊の仕業だったんですかね?とすれば一体何が目的でこんなことをさせたのか……って狐乃渡さん?」


 真名子は泣いた。祓い屋として生を受け24年、はその人生の中でも一等にしょうもない悪霊だった。そしてそんなしょうもないものを実質タダ働きで祓わされたという現実を前に、どうしようもない虚無感を覚え涙するしかなかった。






「ただいま帰りました……」


「おうお帰りー……てどうした狐乃渡の?随分と元気がないが。」


「まあそれについては後で話しますよ。先ににしましょう。」


 心底げんなりした様子で帰ってきた主人を前に、さしもの鴉魅も酔いが覚める。しかし真名子は事情を後回しにしてまで台所へと向かった。料理をすれば少しは気が晴れるだろう、という腹積もりである。


「……せめて経験をレシピの肥やしにしないと、悔しくてやってられません。」


 そう言って冷蔵庫から取り出したのはちくわ。石垣が指を突っ込もうとしていた「おでん」に欠かせない具材である。ついでに鶏もも肉も用意し、それぞれを食べやすい大きさの斜め切りに。


 水を沸かし中華スープの素を溶かしたら弱火にし、先程の鶏もも肉とちくわを加えて煮立たせないようにじっくり30分ほど茹でる。そしたら中の具材を取り出し、スパイスソルト・みりん・化学調味料・一味唐辛子で味付けしスープが完成。


 あとは細めの中華麺を茹で、水気を切ったら丼に盛りスープを加える。取り出していたちくわと鶏もも肉、そしてネギを綺麗にトッピングしたら完成である。



「はい、本日の『鶏とちくわの塩ラーメン』になります……」



 甲斐のある一品ができたという手応えはあるのだが、それでもテンションは回復しきらないようで未だ声色は落ち込んでいた。


 一方で鴉魅もテンションの低そうな表情を見せる。何せスープの主な出汁がちくわである。貧乏飯の代名詞のような食材で、しかも出汁の味にごまかしが効かない塩ラーメンだ。心配するのも当然か。


 流石に今回は期待できぬと半ば諦めながらスープを一杯口に運ぶ。


「……!?えっ、何で……!?」


 瞬間、驚愕。中華スープと鶏の風味よりも、何よりまず先んじて感じられるのは甘みのある魚介の風味。それこそこのスープの魚介要素といえばちくわしかないわけだが、それがこれほどに鮮烈な味わいを出しているとなれば驚くのも無理はないだろう。


「あまりピンと来ないでしょうけど、実は練り物ってめちゃくちゃいい出汁がとれますからね。それこそおでんのように。」


 読者の中にもおでんを作るにあたって、野暮ったいからと練り物を排したら味がなんか違う、となった人もいるのではないのだろうか。そのくらいにはおでんのつゆ=練り物出汁、みたいなところはある。真名子はその原理を応用しラーメンスープに活かしたのだ。


 ともすれば練り物の臭みや甘ったるさが出過ぎてしまうところだが、そこはスパイスソルトや七味といった香辛料でカバー。結果的に魚介と鶏の旨味のみを残したダブルスープ風に仕上がっている。シンプルな塩味故に呑んだ後にも最適で、鴉魅も夢中になって啜り上げてしまうのだった。






「なるほど。嘘から出た真というか、昼にワシが言った冗談が本当になったということか。」


「ええ、死してなおSNSで目立ちたい、まさか本当にそんな理由で悪霊と化す霊が存在するなんて……」


 の食事を終え、真名子はバイト中に起きたことを話す。彼女たちの預かり知らぬところではあるが、症例から見るにニュースになっていたアイスクリームショップのバイトも取り憑いたの仕業だったのだろう。


「何が悲しいって、そんなカスをタダ同然で祓うことになりましたからね。流石に石垣さんや店長、果ては本社に事後請求するのも難しそうですし……」


「まあ、バカなニュースを目にする機会が一つ減ったと思えば悪い気もしなかろう。慈善事業と思って諦めい。」


 そう言って鴉魅は真名子の肩を叩く。可愛い幼女にこう慰められてはくよくよしてもいられない。こういうものだと飲み込んで忘れようとしたその時、BGM代わりにつけていたテレビから最新のニュースが耳に流れ込んできた。


『またしてもバイトテロ、今度は寿司屋です。昨日21時過ぎ、✕✕市の回転寿司チェーンで20代のアルバイト定員が閉店後丸めたシャリをキャッチボールして遊ぶ様子がSNS上に投稿され―――』


「……」


「……」


 可能性が一つ減った程度では目に入る不愉快な情報はそうそう止まるものではないようだ。そして、今回のバイトテロも悪霊の仕業なのか、それとも純然たる本人の自己顕示欲の仕業なのか、その真相は闇の中であった。



今回のレシピ

https://cookpad.com/jp/recipes/25092739

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祓い屋さんは土地神さまを「シメ」てやりたい ~弧乃渡真名子の酔いどレシピ~ 薬師丸 @yakushimaru

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