2てふてふ🦋わたしはもふもふとハチミツが大好きな新入生代表?

「ただいま帰りましたわ。

今日もひどく疲れてしまいました」


やっと部屋に帰ってこれた。

自室の重い扉を閉めて肩の力を抜く。

なにも扉をわざわざ重くすることはないでしょうに。

いついかなるときでも正しい所作でふるまえるようにするための仕掛けなんだとか。

そのせいか、なんだか腕や体幹が鍛えられた気がする。

だけど、他の国でもこんなことをしてるなんて聞いたこともない。

もういじわるされてるとしか思えないわ。


「シル様。お帰りにゃさいませ」


にゃんこ耳がぱたぱた、にゃんこしっぽがぶんぶん。

くりくりの栗毛と白毛に瞳はまさに猫眼金緑石クリソベリルキャッツアイ

わたしの最愛の侍女、ゴシックロリータに身を包んだ獣人にゃんこ娘のチャチャが出迎えてくれた。


「毎日毎日、早朝から晩まで王妃教育。

諸王国の歴史に貴族年鑑。

外交交渉術に商談術、宮廷儀礼に各種マナーに刺繍や芸事にダンスに流行の変遷。

挙げ句の果てに護身術まで……

もう懲り懲りです。

お外に行きたい……」


王宮に閉じ込められて、もうずっと何年もまともにお日様を浴びてないように思う。

わたしの大好きなお花のお世話をするどころかほんの少し眺める時間さえない。

ちょうちょたちとの触れ合いなんてもってのほか。


「まるでちょうちょさんを閉じ込める籠のよう」


「本日も大変ご苦労をされましたのにゃ」

「チャチャ!

もふらせてくださいませ!」


抱きついて栗毛色のもふもふに顔を埋める。

にゃんこ耳がぴこぴこ動いて、にゃんこしっぽがわたしの腰に巻きついてくる。

今日も激しかった王妃教育で荒んだ心が癒やされていく。


「うにゃ〜。

しょうがにゃいですにゃ。

やっぱりとってもお疲れですにゃん。

星々が輝くような瞳が曇っていらっしゃいますのにゃ。

白銀のお髪も艶をなくしていらっしゃいますのにゃ。

本日はしっかりバスタブでトリートメントいたしますのにゃ」


「ありがとうチャチャ」





「それでは失礼して、風魔法でお髪をドライいたしますのにゃん」

「お願いします」


バスローブに身を包んで椅子に座ると暖かい風がわたしの髪を吹き抜けていく。

タオルドライでしっかり水気を拭き取られてオリーブルオイルでトリーメントされた髪にブラシが気持ちいい。


「最近はオリーブルの収穫量が減ってるそうですにゃ?」

「それだけじゃないわ。

麦や葉物野菜も減ってるそうなの。

農作物の実りが年々減ってきているそうですわ。

農政伯をはじめ陛下や執務官たちは苦労してるそうよ。

みんな国難を乗り越えようと一生懸命に働いてますわ。

わたしももっとがんばらないといけないわね」


「負けず劣らずご苦労されてるシル様がにゃにをおっしゃいますにゃ。

お屋敷から王宮にお住まいを移されてはや5年ですにゃ。

シル様も12歳。

すっかり成長にゃされてより美しくにゃられましたにゃ」


鏡に映るわたしの姿。

そんなに美しいかしら?

白銀の長髪はおばあちゃんみたいじゃない?

チャチャは星が輝くようと褒めてくれた濃紺の瞳は疲れのせいかすっかり光を失っているように感じる。

子どものころは蒼玉サファイアのように感じることもあったのに。


「もう5年も経ってるのね。

あのころが懐かしい……

お父様もお母様もずっと忙しくて会えないし。

ルイは……

たまに顔を合わせても冷たい態度と言葉ばかり。

ふふ。わたしとずっといっしょにいてくれるのはチャチャだけですわね」


小さころは本当に幸せだった。

優しい家族に囲まれてお屋敷で暮らしていた幼いころの記憶。

自然豊かな公爵領で過ごしていた自由な時間。

街娘のように振る舞うことも許されていたこともあって領民との交流も楽しかった。


いまでは王宮の中でいつもと同じ場所、同じ顔ぶれを見るために行ったり来たりするだけ。

毎日の厳しい王妃教育にげんなりしつつも、負けるもんかと講師たちの鼻を明かす日々。

思えば、こうなることを予期してお父様とお母様は幼少期だけでもと自由に楽しく過ごさせてくれていたのかもしれない。


そしてルイ。

あんなに明るくて輝くような笑顔を見せてくれたルイはもういない。

王妃教育を受けるわたしと同じようなカリキュラムに加えて、帝王学を学びつつ騎士たちと剣の稽古や騎馬訓練をしてるとか。

いつも暗い表情で、わたしと顔を合わせても冷たい視線と思い出したくもない言葉を向けられて心が悲しくなるばかり。

小さいころはあんなに好いてくれて積極的だったのに。

ま、まあ、そんなに積極的にこられても困るけど。


「チャチャが5歳の時、シル様にお仕えさせていただくようににゃってからもう10年ですにゃん」

「ふふ。小さいころはいっぱい遊んでもらったものね。

チャチャはわたしのお姉様みたいなものですわ」


「シル様が妹……にゃんて魅力的な響きにゃ……

うにゃ!? そんにゃの恐れ多いですにゃん!

ですがずっとお仕えさせていただきますにゃん♪

明日は王立学園中等部の入学式ですにゃ。

新入生代表のご挨拶をされるにゃんてチャチャはシル様が誇らしいのですにゃ。

さあ、しっかり髪がサラサラになりましたにゃ。

お髪に枝毛がちょいちょいあるので整えさせていただきますにゃん」


風魔法がそよそよとあったかくて気持ちよかった。

ブラシが髪にひっかかってとかしづらそうだったもんね。

チャチャがハサミを持ってちょんちょんと髪を切り落としていく。

侍女はなんでもできてすごい。


枝毛かあ。

やっぱり疲れが溜まってるのかな?

毎日肉体的な鍛錬もしてるせいかしっかり食事はとれてるし、疲れすぎて気絶するように眠りにつけて夜明けまでぐっすりだけど。

それでも精神的なストレスは溜まる一方。

チャチャのおかげでしっかり心も癒せてると思ってたんだけどなあ。

やっぱりもふもふの癒しとちょうちょさんとの触れ合いに勝るものはないと思うのよね。


「入学試験の成績最優秀者が挨拶するって聞いてましたわ。

てっきりルイが挨拶するのかと思っていたのですが」


「それにゃらシル様が最優秀者だったのでは?」

「わたしが?

筆記試験や宮廷儀礼試験だけならともかく剣術や武術試験に乗馬試験とかもあったのですよ?

楽器の演奏や絵画、縫製術に薬学試験もありました。

ほかにもあれこれ……なにをしましたでしょうか?」


「……そこまで多岐にわたる試験に挑まれたのはシル様だけだと思うのですにゃ。

ほかのご令嬢は剣術試験などは受けてにゃいのでは?」

「そうかしら?

剣術師範と武術師範のお話では貴族令嬢も戦闘術を学ぶのは当たり前の時代とおっしゃっていたけど?」

「乱世ですかにゃ?

どっちの師範のお話もかにゃりズレてる気がしますのにゃん」


「それになにより苦手な魔法試験もあったのよ?

わたし炎なんてだせたりしないですわ」

「シル様はお優しいですからにゃ。

攻撃的な魔法は一切習得されませんでしたのにゃん」

「炎ってなんだか怖いのよね。

大好きなお花を燃やしてしまいますし、ちょうちょさんだって怖いでしょう」


「シル様はお外に出てはお花や虫たちを愛でるお嬢様でしたにゃん。

お髪もきれいになりましたし、就寝前のハチミツはいつも通りたっぷりお口にされますにゃん?」


「いただきますわ」


返事を待たずに、ハニーポットからハニーディッパーで小皿にたっぷり盛り付けてくれるチャチャ。


「毎日こんにゃにたっぷり。

ほんとにハチミツがお好きですにゃ〜」


「ふふふ。

甘くてとろりとおいしくて心が甘くなってしまいますもの。

王室御用達のハチミツがいただけるなんて贅沢だわ。

ああ♪ 甘〜い♪」


銀のスプーンにすくったハチミツをしっかり舐めとる。

はちみつは毎日摂取すると美肌効果や免疫力アップ、疲労回復効果もあるのよね。

おいしくっていいことずくめ。

あ、でも小さい子にはあげちゃいけないのよね。


「シル様のお肌がさらに美しくなってしまうのにゃん♪」

「チャチャにもあ〜ん♪」

「うにゃ!?

今日もですにゃ!?」

「早くしないとこぼれちゃいますわ!」

「うにゃ〜。あ〜ん。

とろとろとろけちゃいますにゃ〜♡」

「ふふ。このハチミツも年々減ってるとか。

不安になるようなことばかりだわ。

毎日のチャチャとの時間だけが甘くて幸せよ♪」


「チャチャも幸せですにゃん♪

甘いと言えば……

王太子殿下はその……

聖女様につきっきりになってるとかいうお話ですが、チャチャはシル様が心配ですにゃ」


「聖女様ね……

グーベルト公爵家がやっと探し当てた聖女様ですもの。

しばらく前から学園入学のためにルイが手解きをしていると耳にしたわ」


その話をするとどうしても心が沈んでしまう。

チャチャに向けていた笑顔が凍りついてしまった。

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