第三十章:スローライフの未来(01)

 祝宴がひと段落し、湖光亭の庭に静けさが戻ったころ。

 火を囲んで、仲間たちはそれぞれの席につき、湯気の立つ蜂蜜酒を手にしていた。

「……一年、あっという間だったな」

 康生がぽつりと呟くと、友里が頷いた。

「でも、この一年がなかったら、私、きっとまだ“誰かの役に立ちたい”なんて言えなかった」

「うん。ここで“誰かの力になるって、別に完璧じゃなくてもいい”って知ったから」

 敦子はそう言いながら、ゆっくりとマグを揺らす。

 少しずつだが、彼女も“自分のペース”で他人と関わる力をつけてきていた。

「オレはさ、来年から“湖光亭と村の子どもたちの自然教室”を始めてみようと思ってる」

 健太朗が、意外と真面目な顔で言った。

「動物や植物のこと、村の子たちだけじゃなく、門を通って来た旅人にも教えられるだろ? それってすごく大事な“交流”だと思って」

「いいね、それ」

 宏美が微笑みながら頷く。

「私も、新しい香油の調合に入ろうと思ってる。“緊張を解く”っていうより、“記憶と一緒に残る香り”を作りたいの。湖光亭の記憶に香りがあったら、素敵でしょ?」

「香りは言葉を超えるからな。……それ、旅の人にも届くよ」

 コナーが言い、チェルシーはノートを閉じて口を開いた。

「私は来月から、滞在者向けの“言葉を学ぶ小さな教室”を開くの。“伝える”って、“相手を知る第一歩”だから」

 その一言に、想はゆっくりとうなずいた。

「……僕は、往来庁と湖光亭の“ゆる旅案内人”になります」

 皆が一斉に顔を向ける。

「門を通ってきた人の言葉や不安に耳を傾けて、必要な場所へ“ゆるく”導いてあげる。出迎えと、送り出しの両方ができる人間になりたいんです」

「案内人か……似合うよ。想らしい」

 陽が、そっと微笑んだ。

「あなたは、“ここに居たい人”だけじゃなく、“ここを旅立つ人”にもやさしくできる。……きっと、そんな居場所をこれからも作っていくんだと思う」

 火の揺らぎの中で、誰もが自分の未来を語りながら、ただ“ここにいる”ことの幸せを噛みしめていた。

 それは、旅の終わりではなかった。

 始まりでもなかった。

 ――ただ、“続いていく日常”の、確かな瞬間だった。

 ***

 翌朝、湖光亭の門の前に、新しい旅人が現れた。

 若い女性。大きな荷物を背負い、少し不安そうな顔。

「こんにちは。……ここが、湖光亭ですか?」

「はい。おかえりなさい。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」

 想がそう言って、荷物を受け取った。

“案内人”の、最初の一歩だった。

(→End)

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湖光亭日和 〜異世界で、ゆっくり恋をはじめます〜 mynameis愛 @mynameisai

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