【リライト】『死にたがりとプリン』

【作品タイトル】『死にたがりとプリン』

【作者】ツクヨミアイ

【原文直リンク】 https://kakuyomu.jp/works/16818622176784197750/episodes/16818622176784336712

【作者コメント】

 この物語は、誰かの「終わりたい」という気持ちと、誰かの「まだここにいてほしい」という祈りが、たった一つのプリンを介して出会うお話です。

 描写は静かに、余白は大きく──読む人の解釈によって、青年の過去も、少女の正体も、物語の行く末も変わりうるように書かれています。

 登場人物や視点の変更、背景の再解釈、大歓迎です!

 特に「少女の正体」や「青年の抱えているもの」を、あなたなりの言葉で描いてみてください。

 会話だけで構成したり、SFやファンタジー要素を加えたり、結末をガラリと変えていただいても構いません。

 逆に、あえて余白をさらに増やして“詩のような物語”にしていただくのも面白いかもしれません。

 あなたが感じた「一匙の甘さ」が、どんな風に物語に溶け込むのか──

 ぜひ、あなたの手で新たな物語を。

【リライト者コメント】

 個人的な解釈を云十と混ぜ込みながら書かせていただきました。静謐な世界観をどう書き表すべきか……これも勝手な解釈ですが。うんうん唸っていた割には思いのほかさくさく書けて少し驚きです。

 でも、自分の語彙力不足が恨めしいっ!


◇◆◇


 丑三つ時をまわった街は、静かというよりも寂しさに満ちていた。奥で光る信号機も、まるで役割を放棄したかのように黄色くぽつぽつと点滅している。僕はその寂しさ満ちた道を、ふらふらとゆれるように歩いていた。初めからゆく場所を決めていたわけではない、ただ「終わり」に着くために歩いている。


 歩みを進めていくと、まだ点滅を続ける信号機が歩道橋に引っ付いていることに気が付いた。近づいてみればその白ペンキも所々剥がれ、色は分からないなりにもざらざらな錆の質感が確かに主張していることが分かる。その奥には人工的な白で瞬くコンビニが一軒あった。

 僕しかいない――きっとコンビニ店員さんくらいならいるのだろうけれど、そんなことは無視するとして――この静謐な時間は、どこか浮世離れした別世界の様だった。そしてこんな夢のような世界の中でならば、僕は消えてもいいとすら思った。


 僕はカツカツと歩道橋に甲高い音を響かせて、悠々とその上にたどり着くと大きく深く息を吸い込んだ。欄干に手をかけて見下ろせば未だ信号機が黄色く点滅している。もう少し、身を乗り出せば僕は真っ逆さまだ。でも、そのとき風が吹いて、僕の目にゴミが入った……気がした。もしかしたら僕の気のせいだったのかもしれないけれど、そんな理由でもぞもぞと身をひっこめた自分を、くだらないと思った。

 静かなこの世界に不快な衣擦れ音を残した僕が、惨めだった。


 結局僕は、もう一度欄干に触れようとすら思えなくて、奥に見えていたコンビニに逃げ込んだ。店内はやはりというべきか蛍光灯の白一色で、店員さんはバックヤードで寝てでもいるのか、何一つとして人の気配を感じられない。

 もうこの時間だからか、お気に入りの揚げ物コーナーには何も入っていなくて、お菓子コーナーすらもスカスカだった。店員さんも見つからないし、未来のコンビニはこんなものなのだろうか。その時に僕は、きっといないけれど。なんて、そんなことを考えてみたりもする。


「死にに来たの?」


 僕は誰もいないと高を括っていたから、急に後ろからかけられた声に、心臓がきゅっと縮んだ。

 反射的に振り返ってみれば、それは小さな女の子だった。十歳前後で小さな体。白いワンピースに爽やかな青緑色のビーチサンダル。場違いなそれは、確かに僕をじっと見ている。


「……は?」

「だから、死にに来たのかって聞いたの。だって、そういう顔してる」


 僕は別に不快ではなかった。だけれども、言葉が届く速度が妙に遅い気もした。どうしているのか、大人として少女を叱責すべきではないのか。そんなことが思い浮かんでは消えていく。

 結局僕が絞り出したのは、あまりに荒々しく、そして安直な訝しみだった。


「……なんだお前」

「お姉ちゃんって呼んでいいよ。お兄さんの方が体は大きいけど、きっとせーしんねんれーっていうやつ? なら私のが上だと思うし」


 少女はにこにこしながら、毒を吐き、僕の手を取って冷蔵棚の前まで連れてきた。そして、棚に残ったプリンを指差す。


「それさ、お兄さんの命とどっちが重たいと思う?」

「……は?」

「このプリン。お兄さんが死にたがってる理由、これより重たいかなって」


 きっと僕はひどい顔をしていただろう。コーヒーフィルターから抜け出た苦いコーヒー豆の欠片をかみ砕いてしまったかのような、『最悪』とでもいう言葉がお似合いとでも言えばいいような。

 ……ばかばかしい。プリンひとつで何が変わる。


「そんなもん、比べる意味もねえだろ」

「あるよ。だって、死ぬってすごく特別なことじゃない? だからプリンより軽い理由で死ぬのって、ちょっともったいなくない?」


 少女の声は不思議だった。高くもなく低くもなく、妙に染み込んでくる。きっぱりと断言した少女に降参の意を示して、僕は溜息をつきながら棚のプリンを2つ手に取った。どうせ消えてしまうなら、数百円ごとき狐に化かされ盗られても、気にするつもりにもならなかった。


「……買えばいいんだな」

「うん。せっかくだし、生きてるうちに一個くらい」


 レジには誰もいなかった。だけれど再び見たプリンには会計済みのシールが貼ってあった。確かに開いたスマホの電子決済はもう終わっている。少女がさっき何か言った気がするけれど、よく覚えていない。


 店の前の車止めに腰かけ、スプーンでプリンをすくう。ひんやりと、やさしい甘さが口の中に広がった。その瞬間、なんでもない味のくせして、視界がぼやけた。


「……おいしいな」


 声に出してみる。誰に言ったのかも分からない。


「そうでしょ」


 けれども、少女は隣で笑っていた。


「わたしもね、死にたかったことがあるの。でもそのとき、プリン食べてさ、ちょっとだけ明日を延ばした」


 こんな小さい子が、なんてもう思いもしない。


「そんな簡単に生き延びられたら、誰も死なねぇだろうよ」

「じゃあ、お兄さんはどうなの?」


 僕は思わず、言葉に詰まった。


「……わかんねえ。けど、今は……ちょっとだけ、まだ食いたい気がする」


 少女は満足そうに笑った。


「じゃあ、また明日も食べてみて。味、変わるかもしれないよ」


 そのまま、少女は歩道へ出て行って、そのまま闇の中へと消えていった。

 僕はベンチに座ったまま、狐につままれた気分で手の中にある空のプリンカップをじっと見つめてみた。結局代金は返されていないけれども、まぁ、買ってあげたのだと思えば当然か。

 ふと、少女の座っていた場所を除き見れば、放置されたプリンカップの下に小さな紙切れが挟まっていた。


 ――『ありがとう』


 黒いインクの走り書き。いつ書いたものなのか、結局あの子が何者なのかは僕じゃ分かりもしない。


 僕の目の前を一台の車が走り去る。向かいの信号機がようやく黄色以外の色を点けた。車の音に驚いた小鳥たちが、車の走り去ってから一瞬の間を置いて騒ぎだす。だんだんと、そして急速に、僕だけの静謐な世界が崩れていく。


 僕は空を仰ぎ見た。そこは何も変わらない夜の空。けれど、息を吸い込むと、さっきより少しだけ空気が甘くなったような気がした。

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