第32話 歩み寄り

夢の中で楽しそうに食卓を囲む家族を、ヴィオラは少し離れた場所から見つめていた。他愛のない、だけど身内間での遠慮のないやり取りの中で笑いが起こる。気づいてほしいという期待とは裏腹に誰とも視線が合わず、惨めさだけが募っていく。


堪らずに逃げ出そうとしたところで、目が覚めた。

おぼろげになっていく夢の記憶の中で、その光景だけは鮮明に残っていた。


「セオドア様、この後少しお時間をいただけないでしょうか?」

「あまり時間を割けないが、短時間なら構わない」


朝食の席でヴィオラが伝えれば、セオドアは少し驚いたように目を瞠ったものの了承してくれた。レイが帰宅するのは早ければ昼前のため、セオドアの返答にヴィオラは胸をなで下ろす。

まずは最初の関門クリアといったところだ。


食後のお茶を昨日と同じガゼボに用意してもらい、向かい合って座るとすぐにヴィオラは口を開いた。わざわざ時間を割いてもらったのだから、無駄にはできない。


「私はずっと薬師になりたかったんです」


唐突に語り始めたヴィオラに、セオドアは戸惑ったように眉を寄せたが何も言わなかった。

上手く話せないかもしれないし、困らせるだけかもしれない。

レイの帰りを待った方が時間も手間も掛からないのだろうが、向き合うと決めたのにレイに任せてしまうのは違う気がした。


「育ての親である師匠が教えてくれた知識で、人の役に立つ仕事をすることは誇りであり私の全てだったからです」


あの日カイルに出会うまで、薬師としての仕事はヴィオラの世界の全てだった。


「放火で家を失い、命を狙われる中で、レイお父様に会って、たくさん助けてもらっただけでなく、養子縁組まで提案してくれて、とても嬉しかったんです」


レイはヴィオラにたくさんのものをくれた。否定ではなく肯定を、安心と自信、そして居場所を与えてくれた。

それなのにこれ以上望むのは強欲なのかもしれない。


「セオドア様、我儘だとは分かっています。だけど私は薬師になることも、レイお父様の娘であることも諦めたくありません。私がアスタン公爵家にいるためには、何が必要ですか?どうしたら、セオドア様とも家族になれますか?」


贅沢で自分勝手な願いだとは思う。何も返せていないのに、何も出来ないのに図々しいと承知しているからこそ反応が怖い。だけど言わなければ伝わらないのだ。

どこか呆然とした様子で固まったセオドアから目を離さずに、ヴィオラは返事を待った。


「……君は、私が苦手だろう?それなのにどうして家族になりたいなんて言うんだ?私が反対しても、最終的には当主である父上が決定することだ。だから、無理に合わせようとしなくていい」


子供に言い聞かせるように、セオドアはいつもより長い言葉で返してくれた。


(これは私のせい……私がセオドア様にそう思わせてしまったのだわ)


嫌われないようにと恐れて、壁を作った。そんなヴィオラをセオドアは尊重してくれていただけなのだ。


「誤解をさせてしまってすみません。レイお父様が受け入れてくれても、セオドア様に嫌われたらいつか疎まれるようになるかもしれないと思ったら、怖くてどう接していいか分からなかったんです。セオドア様のことを知りもしないのに、自分が平民だからと不快にさせているのだと勝手に思い込むなんて失礼なことでした」


自分のことばかり考えていた。立場や育った環境が違うから仕方がないのだと諦めていた。でもそれでは駄目だし、嫌だ。


「一緒に食事を取ってくれてありがとうございました。気に掛けてくれて嬉しかったです。私はセオドア様とも仲良くなりたいです。駄目ですか?」


肯定か否定しかない質問をするのは、少し怖かった。だけどそうしなければ前には進まない。


(血の繋がった家族であっても、上手くいかないこともあるのだから――)


不安な気持ちを宥めながらヴィオラはセオドアの様子を窺う。表情は動かないものの、真剣に何かを考えているようだ。


「貴族は、特に貴族令嬢は高慢で腹黒い者が多い。己の血筋と立場を誇りに思っている者たちにとって、君の存在は不愉快だろう。公爵令嬢になればそんな悪意に晒されることになる」

「……セオドア様は私のことを心配して、反対なさっているのですか?」


優しい人だと思っていたが、まさかそこまで親身に考えてくれているとは思ってもいなかった。


(ああ、この人はやっぱりレイお父様の息子なのね)


圧倒的に言葉は足りないものの、貴族社会で嫌な思いをするのではと気遣い、悪意から遠ざけようとしてくれたのだ。


「大切な人たちと一緒にいるためなら、それぐらい平気です。私はそんなに善良でも素直でもありません。そんな人たちのために家族を諦めるほうが嫌です」


決然とした口調で告げてもなお、セオドアの表情は固いままだ。


「公爵家に相応しい振る舞いを身に着けるための努力は惜しみません。ただ薬の勉強や調合はこれからも続けると思います」


人の命を救うための技術は生活のためだけではない。もしも大切な人たちが傷つき苦しむような状況に陥った時に、何もできないなんて嫌だから。


「ですが、母のことでご迷惑をお掛けするのは本意ではありません。もしも私がいることで母がアスタン公爵家に何らかの要求をするのであれば、その時はレイお父様に養子縁組を解消してもらいます」


ルイーズのことに関してはヴィオラの問題だ。レイやセオドアを巻き込むわけにはいかない。そう思って告げた言葉に、セオドアは僅かに瞳を揺らした。


「それは、駄目だ」


きっぱりとした口調で告げた後、セオドアは躊躇いがちに言った。


「……君は、母親のことをどう思っている?」

「産んでもらったことを感謝すべきなのでしょうが、これまで関わりがなかったので、見知らぬ他人と変わりありません。自分でも冷たい人間だとは思いますが」


喜びも怒りも沸かなかった。今更とは思ったものの、セオドアやレイに申し訳ないという気持ちしかなく、自分でも拍子抜けするくらい何の感慨も覚えなかったのだ。


「そんなことはない。むしろ――いや、何でもない」


セオドアの言葉に温度が点ったように感じられたのは気のせいだろうか。同情なのか、これまでに比べてどこか感情がこもっていたような気がした。


「すぐには難しいかもしれないが、善処する」


何のことだろうと考えて、セオドアの頬が僅かに染まっているのを見て、はっとした。


「セオドア様、それは、家族になってくれるという意味ですか?」


思わず立ち上がってしまったヴィオラからセオドアはふいっと顔を逸らす。


「家族なら別の呼び方がいいんじゃないか?」

「っ!セオドアお兄様と呼んでもいいですか?」


こくりと頷きつつも顔を逸らしたままだが、髪の間からのぞく耳が赤い。


「セオドアお兄様、ありがとうございます!」

「礼を言われるようなことじゃない。仕事があるからもう行くが、君は……ヴィオラはゆっくり過ごしてくれ」

「はい!」


その場で弾みたくなるのを我慢したが、はしゃいだような声になるのを抑えられなかった。

セオドアの後ろ姿を見送りながら、ヴィオラは達成感と喜びを噛み締めたのだった。

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王子に求婚されましたが、貴方の番は私ではありません ~なりすまし少女の逃亡と葛藤~ 浅海 景 @k_asami

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