第58話 ただいま!

 予期せぬ同居人となったルピシラを伴い、ミル、マムル、リンティの三人は、『アンワィンドアルペジオ』へと向かった。家を借りる契約を交わすため、そしてルピシラの身の上を話すためだ。


開店準備中の『アンワィンドアルペジオ』。ミルが扉を開けると、店内にいるエーメリーに声をかけた。


「エーメリーさん、こんにちは!」


「あら、ミル、マムル。いらっしゃい。今日はずいぶん早いのね?」


優しくエーメリーは応じてくれた。ミルの後ろにルピシラとリンティがいることに気づき、少し驚いた様子だ。


「あの、この前教えてもらった家なんですけど、さっそくリンティと一緒に見てきました! とても素敵な家で、ぜひ、借りさせていただきたいと思いまして!」


興奮した様子でミルは、家の感想を伝えた。そして、隣にいるリンティをエーメリーに紹介する。


「こっちが、一緒に住むリンティです。魔法使いなんです!」


「はじめまして、リンティ・エルフィンです。今回は、大変お世話になります」

いつもの高飛車な態度を抑えリンティは、丁寧に挨拶をした。


「はじめまして、リンティさん。あなたがミルさんの相棒の魔法使いさんね。どう? あの家、気に入ってくれたかしら?」

エーメリーはリンティに優しく話しかけた。


「ええ!とても気に入りました! 広いし、私の実験室も作れそうだし、最高です!」

目を輝かせながらリンティは答えた。


エーメリーは三人の様子を見て、安心したように微笑んだ。


「それは良かったわ。あの家はもう長い間誰も使っていなかったから、誰かに使ってもらえて、祖父も喜んでいると思うわ。それに、管理も任せてもらえるなら、私としても助かるわ」


管理も任せてもらえるなら賃料を安くすると、エーメリーは言った。そして、ミルの前に契約書を差し出した。


「賃料は月々銀貨二十枚で結構よ。管理も任せるから、この金額でどうかしら?」


銀貨二十枚! 商人ギルドで聞いた相場からすれば、驚くほど安い。郊外とはいえ、部屋数があり、風呂と調理場付きの一軒家としては破格の賃料だ。


「えっ!? こんなに安くしていただけるんですか!?」

ミルは驚きを隠せない。


「ええ。あなたたちにはいつも店で助けてもらっているし、これはそのお礼も兼ねて。それに、私もあの家を手入れする手間が省けるわ。お互いにとって良い話でしょう?」


優しく微笑むエーメリー。ミルは、エーメリーの優しさに胸が熱くなった。


「ありがとうございます! エーメリーさん! ぜひ、この金額で契約させてください!」


ミルは感謝の気持ちを込めて、契約書にサインした。マムルも嬉しそうだ。


「やったぁ! 新しいお家にお引越しだねぇ!」


契約の話が一段落したところで、ミルはルピシラのことを話すことにした。少し緊張したが、正直に話すしかない。


ミルは、屋根裏に隠れていた妖精、ルピシラについて説明した。

行き場所がなく数年間も隠れて住んでいたこと、そして、これから一緒に暮らすことになった経緯を、正直に話した。


ミルの話を聞いて、エーメリーは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに楽しそうに笑い始めた。


「ふふふ、まあ、そんなこともあるのね! 妖精さんが住み着いていたなんて! しかも、これから一緒に住むの? 面白いわね!」

ルピシラのことを知って、エーメリーは嫌がるどころか、むしろ面白がっているようだ。


「妖精の住む家は、繁栄すると言われているのよ。あなたたちにとっても、きっと良いことになるわ」


ルピシラに目を向け、エーメリーは優しく言った。そして、ルピシラが一緒に住むことを快く許してくれた。


「あ、ありがとうございます……!」


エーメリーの温かい言葉に安堵した様子で、ルピシラは頭を下げた。


こうして、新しい住処と、ルピシラとの同居が正式に決まった。

すぐにでも引っ越したい気持ちだったが、家にはまだ家具がほとんどない。まずは最低限の家具を揃える必要があった。


「まずは、ベッドとか、テーブルとか、必要な家具を揃えましょうか」

リンティが言った。


「そうだね。ルピシラの安全を考えても、しばらくは宿に寝泊まりしながら、少しずつ準備を進めるのが良さそうだった」

ミルは頷いた。


それから数週間、ミルとリンティはクエストをこなしたり、エーメリーの店でアルバイトをしたりして資金を貯めた。

集めた資金で、中古の家具屋や職人の店で、必要な家具や道具を少しずつ揃えていった。


ベッド、テーブル、椅子、調理器具、リンティの実験道具など。

自分たちの手で、新しい家を少しずつ形作っていくのは楽しい作業だった。マムルとルピシラも、家具の配置を考えたり、飾り付けをしたりと、嬉しそうに手伝ってくれた。


そして、ようやく引っ越しに必要な最低限の家具が揃った。


引っ越し当日。三人は宿から荷物を運び出し、エーメリーに借りた新しい家へと向かった。ルピシラも小さな荷物を持って一緒に移動する。


新しい家の前に立つ。古いながらも、自分たちの手で少しずつ形作られた温かい家だ。


ミルは大きく息を吸い込んだ。新しい生活への期待と、少しの緊張が入り混じって胸が高鳴る。


扉を開ける。


「ただいま!」


声に出してみると、不思議とこの家が自分たちの「家」になったような気がした。

マムルも、ルピシラも、そしてリンティも、それぞれが新しい家での生活に、期待と希望を抱いている。


新しい家を得て、ミルたちのダイガーツでの冒険者としての生活は、新たな章へと進む。これは、冒険者として、そして人として、ミルがさらに成長していくための、大切な一歩となるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アストラルムの遺産~魔法を添えて~ しくれ @Yg4v5zRd

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ