第57話 一方的な決断

屋根裏に隠れていた妖精は、ミルたちの優しい言葉に触れ、少しずつ震えを止めた。

危険がないと判断したミルは、リンティと共に妖精を居間に案内し、落ち着いて話を聞くことにした。マムルも妖精の傍らに寄り添っていた。


妖精は、居間のソファに座ると、まだ怯えた様子で自己紹介をした。


「あの……わ、私の名前は、ルピシラです……」

ルピシラは元々怖がりなのか、声も弱々しく、今にも消え入りそうだった。


「……か、勝手に……この家に住みついて、ごめんなさい……」

目に涙を浮かべ、蚊の鳴くようなか細い声で謝るルピシラ。


ミルは優しくルピシラに語りかけた。

「ううん、いいんだよ。怪我とかしてない? お腹空いてない?」


ルピシラは首を横に振った後、なぜこの家に住み着いているのか、その経緯を語り始めた。


「住んでた場所が……なくなってしまって……この家の屋根窓が、たまたま開いていて……それで、ここなら、誰も来ないかなって……住み着かせてもらってたんです……もう、数年になります……」


行く当てもなく、たまたま開いていた屋根窓からこの家に入り、数年間も人目を忍んで暮らしていたという。

食事は、近くの森で木の実や花の蜜を分けてもらうなどして凌いでいたと、ルピシラは話した。


ルピシラの境遇を聞いて、ミルは心を痛めた。

小さな体で、たった一人、人目を忍んで隠れ暮らしていたとは。この家がエーメリーの叔父の持ち物であること、そしてエーメリー自身もルピシラの存在を知らないであろうことに思い至り、ミルはどう対処すべきか困惑した。


「あの……あの、あの……なんでも、なんでもしますから……お願いです……ここに、置いてください……」


ルピシラは目に涙を溜め、ミルたちに懇願した。もう二度と行き場所を失いたくないという切実な願いが、そのか細い声からひしひしと伝わってきた。


ミルは、ルピシラの願いを聞き入れてあげたい気持ちと、大家であるエーメリーに黙って匿うわけにはいかないという現実との間で、葛藤した。

しかし、ミルの葛藤をよそに、リンティはルピシラの境遇を聞くや否や、即座に決断を下した。


「いいわよ」

悩むミルを尻目に、リンティは、あっさりと答えた。


「え!? リンティ!?」

ミルは驚いてリンティを見た。


「ルピシラ、この家に住んでいいわよ」


リンティはルピシラに向かってはっきりとそう告げ、にっこりと笑った。


「ただし、一つ条件があるわ。私の寝室で眠ること」

リンティの言葉に、ミルはさらに困惑した。なぜ、自分の寝室でと?


「え、え、リンティ? 勝手に決めちゃっていいの? 大家のエーメリーさんに聞かないと……それに、なんでリンティの寝室なの?」


混乱に負けず、ミルは抗議するも、リンティは聞く耳を持たない。


「いいじゃない! 困ってるんだし、可愛いんだからいいじゃない! 可愛いものはお金じゃ買えない価値があるのよ!」


ルピシラの可愛さを理由にリンティは、強引に決定を下した。リンティの性格を知らないルピシラは、ただただ自分を受け入れてくれたことに感激し、目に涙を浮かべた。


「ほ、本当にいいんですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!」

ルピシラは深々と頭を下げた。


リンティのあまりに早すぎる、そして一方的な決断に、ミルは呆れる他なかった。だが同時に、困っているルピシラを助けてあげたいというリンティの優しさも感じ、彼女が「可愛い」と称したルピシラの愛らしさも認めざるを得なかった。


(まあ、リンティらしいといえば、リンティらしいかな……)


ミルはリンティの決断の早さに呆れつつも、どこか達観したようにそれを受け入れたのだった。マムルは、ルピシラがこの家に住めることになり、飛び跳ねて喜んだ。


「やったあ! ルピシラ、これでお友達になったね!」


ルピシラも、マムルの無邪気な喜びを見て、少しだけ笑顔になった。


こうして、彼らの新しい住処に、ルピシラという予期せぬ同居人が加わることになった。しかし、このままエーメリーに隠し続けるのは忍びない。


「よし、じゃあ、エーメリーさんにこの家を借りる契約をしたいことと、ルピシラのことを話に行こう!」


ミルはそう提案した。隠し事は良くない。正直に話して、エーメリーの許可を得るしかない。


リンティとマムル、そしてルピシラと共に、彼ら四人は「アンワィンドアルペジオ」へと向かった。

家探しという思わぬ経緯の裏で、予期せぬ出会いがあり、またひとり、新しい家族が増える予感がした。

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