第56話 屋根裏の影

 エーメリーに教えられた通り、家の入り口近くに置かれた鉢植えの下を探すと、古びた鍵が見つかった。その鍵で扉を開ける。


ギィ……と、軋んだ音を立てて扉が開いた。中に足を踏み入れると、広々とした玄関が広がっていた。床は石畳、壁は木の板張りだ。埃は積もっていたが、手入れをすれば綺麗になりそうだった。


「お邪魔しまーす……」


ミルはマムルと共に慎重に家の中へ足を踏み入れた。リンティもそれに続く。


家の構造を見て回る。玄関から右手に進むと、光が降り注ぐ居間があった。大きな窓から柔らかい光が差し込み、古い家具がいくつか置かれているものの、広々としていてくつろげそうだ。


奥には、台所を兼ねた食堂があった。古いコンロや流し台があり、ここで料理ができるのは嬉しい。


そのさらに奥には、やや広めのお風呂があった。

石造りの湯船には趣があり、魔鉱泉のような特別なものではないにしろ、これまでの沐浴とは違うちゃんとした風呂に入れるのはありがたかった。


二階へ上がると、部屋が三部屋あった。

一つは広め、残る二つはやや狭いが、それぞれ窓があり明るい。これなら、ミルとマムル、そしてリンティの寝室と、余った広めの部屋を自由なスペースとして使えるだろう。


家全体を見て回り、ミルは感動を覚えた。広すぎず狭すぎず、無駄のない造りに感嘆する。三人が暮らすのにちょうど良い広さで、何よりも宿屋よりもずっと落ち着ける雰囲気がある。


「わあ……すごい! 広いねぇ! ここに住めるかな?」

嬉しそうにマムルが言った。


「うん! こんなに広いなら、リンティの実験室も作れるね!」

ミルはリンティを見た。リンティもこの家が気に入ったようだった。


「ええ! 最高じゃない! ここなら、気兼ねなく実験できるわ! 私たちの拠点にするには、ぴったりね!」


リンティも興奮した様子で、今後の生活を想像し盛り上がっていた。どこをどう使おうか、実験道具はどこに置こうかなど、楽しそうに話す。


三人はこの家での新しい生活に胸を膨らませ、盛り上がっていた。その時だった。


ガタッ!


突然、頭上から物音が聞こえた。屋根裏だ。


三人はピタリと動きを止める。盛り上がっていた雰囲気は一変し、冷や水を浴びたように緊張が走った。


「今、何か音がしたわね……」


一転、リンティは真剣な顔になった。一体何だろう、ネズミか何かだろうか。

念のため、リンティは杖を構え、屋根裏に向かって感知魔法を使った。


「《サーチ・マジック!》」


リンティの杖から放たれた魔力が屋根裏へと広がり、数秒後、リンティの表情が変わる。


「反応があるわ……小さな魔力反応だけど、確かに生き物の気配がする……」


生き物の気配! しかも小さい? ネズミや虫にしては、音が大きかった気がする。


リンティは家の中を見回し、屋根裏への入り口を探した。すると、居間の一角に天井へ収納されている階段の取っ手のようなものを見つける。


「ここだわ!」


近くにあった棒でリンティは取っ手を引っ掛け、収納階段を下ろす。カタカタと音を立て、天井から階段が降りてきた。


屋根裏の入り口が開くと、埃っぽく薄暗い空間が広がっていたが、屋根に小さな窓があり、そこから光が差し込んでいるのが見えた。

その光のおかげで、屋根裏の様子が少しだけ窺える。


薄暗い屋根裏の柱の陰に、小さな影が隠れているのが見えた。それは何か生き物らしい。


「誰かいるの? 出てきなさい」

ミルは警戒しながら、手に持っていた冥色のライフルを構え、屋根裏の入り口に向かって声をかける。マムルもミルの肩で少し緊張していた。


「……ひ、ひぃっ……」


ミルの声に反応し、柱の陰から震えるような声が聞こえてきた。そして、恐る恐る姿を現したのは……

マムルと同じ、小さな妖精だった。


その妖精はマムルとさほど変わらない大きさで、銀色の髪に金色を帯びた透き通るような薄い羽を持つ。しかしその表情は恐怖に歪み、体はブルブルと震えていた。


「え……妖精……?」


驚いてミルはライフルを少し下ろした。リンティも目を丸くする。マムルは、自分と同じ存在が現れたことに少し戸惑っているようだった。


屋根裏に隠れていたのは、魔物でも幽霊でもなく、一匹の妖精だった。なぜこんな家に隠れ、そんなに怯えているのだろうか。


「ね、ねぇ、大丈夫だよ。怖くないよ……?」


ミルは優しく声をかける。マムルもミルの肩から顔を出し、その妖精に話しかけた。


「大丈夫だよぉ……マムル、お友達だよ!」


二人の優しい声に、屋根裏の妖精は少しだけ震えを止めたようだった。

家探しという目的の裏で、思いがけず一匹の妖精との出会いが待っていた。

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