第55話 人との縁
ラグナーの教え通り、ミル、マムル、リンティの三人は、ダイガーツの中心にある広場へと向かった。
広場の中央には大きな木製の掲示板があり、所狭しと張り紙が貼られていた。
掲示板には、不用品の売買、迷子ペットの捜索、店舗の特売情報、そして一風変わった冒険者の求人まで、様々な情報が雑多に貼り出されている。まるで、街の縮図を見ているかのようだ。
その中に混じって、空き部屋の賃貸を示す貼り紙も数点目についた。ミルとリンティは、一枚一枚丁寧に読み始める。
「部屋貸します。一部屋、風呂なし、共同トイレ……うーん、これじゃ狭すぎるわね」
「空き家あります。郊外。広さあり、ただし古い……街はずれかあ、少し遠いかな」
残念ながら、どれも三人が暮らすには狭すぎたり、条件に合わなかったりする物件ばかりだった。
「うーん……なかなか、条件に合う物件がないわね……」
リンティはため息をついた。商人ギルドで聞いた賃料相場も手伝ってか、家探しは簡単ではないようだ。
落胆はしたものの、急いで宿を出なければならないわけではない。当面の宿代はすでに稼いでいた。
「まあ、今日は見つからなかったけど、また時間を空けて、見に来てみようか」
ミルが提案すると、リンティも頷いた。
「そうね。焦っても仕方ないわ。定期的にチェックしに来ましょう」
三人はその日は空き部屋探しを諦め、宿に帰ることにした。
宿に戻ると、夕方になるまで部屋で時間を過ごした。リンティは魔法書の続きを読み、ミルは新しい歌の練習をしたり、マムルと遊んだりする。
アルバイトの時間が近づき、ミルとマムルはいつものように「アンワィンドアルペジオ」へと向かった。
近頃は、ミルとマムルの歌を楽しみに来店する客も、少しずつ増えてきていた。
二人の歌声は、この店の雰囲気に溶け込み、静かに流れるピアノの音色と相まって、客の心を和ませていた。
その日の営業も無事に終わり、出番を終えた後、ミルはふと、オーナーのエーメリーに空き部屋探しのことを話してみた。
「あの、エーメリーさん。私たち、今、この街で住む家を探してるんですけど、なかなか良い物件が見つからなくて……」
そうミルが切り出すと、エーメリーは優しく相槌を打ちながら聞いてくれた。広場の掲示板を見たこと、商人ギルドで相場を聞いたこと、そして、条件に合う物件が見つからないことを打ち明けた。
エーメリーはミルの話を聞いて、少し考え込んだ様子で、口を開いた。
「そうね……中心地や便利な場所は、どうしても賃料が高いからね。でも、もし良かったら、一つ心当たりがあるのだけれど」
ミルの目が輝いた。「心当たり?」
「亡くなった祖父が使っていた家が郊外に一軒あるの。今は誰も使っていないけれど。古い家だけど、もし良ければ、一度見てみる?」
そう言って自身の祖父が使っていたという一軒家のことを話してくれた。郊外にあるというが、誰も使っていないのであれば、賃料も安く抑えられるかもしれない。
「え! いいんですか!? ぜひ、見てみたいです!」
嬉しくなって、つい前のめりになった。
「場所を教えてあげるわ。少し分かりにくいかもしれないけど、地図に印を付けてあげるわね」
そう言うと、街の地図を取り出し、その一軒家の場所を丁寧に印を付けてくれた。
「ありがとうございます! 明日、リンティと一緒に行ってみます!」
エーメリーに心から感謝を述べたミルとマムルは、宿へと帰路についた。
翌日、ミルとマムル、そしてリンティの三人は、エーメリーに教えてもらった場所へ向かった。地図を頼りに、街の中心部から少し離れた郊外へと足を延ばす。
街の喧騒から離れ、あたりは静かで、住居はまばらになり、緑が増えてくる。
こんな場所に本当に家があるのだろうか、そう思いながら進むと、やがて一本の古びた小道が目に留まった。その道の先には、ひっそりと一軒の家が建っていた。
古い家だったが、手入れはされているらしく、荒れ放題というわけではない。石造りの壁は苔むしていたが、それがかえって趣を醸し出していた。控えめながらも、どこか上品な雰囲気を漂わせる家だった。
「ここが……エーメリーさんのお祖父さんの家……」
ミルは、その家を見て胸が高鳴った。これが、自分たちの新しい住処になるのだろうか。
リンティも、その家を見て感嘆の表情を浮かべた。
「へぇ、なかなか良い雰囲気の家じゃない。広さもありそうね。郊外とはいえ、これなら十分かしら」
三人は家の前に立ち、エーメリーへの感謝とともに、新たな可能性に胸を膨らませていた。家探しという地味な活動にも、思わぬ人との縁によって、希望が見えてきたのだった。
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