第54話 緊急会議

 ダイガーツでの生活も一ヶ月ほどが経ち、すっかり安定してきた。

ミルは「アンワィンドアルペジオ」でのアルバイトを続け、生活資金を稼いでいる。

リンティは霊薬作りを試みたり、古い魔法書を読み解いたり、時には街の外で魔法の練習をしたりしている。

マムルは、ミルの歌やリンティの魔法を見たり、街を散策したりと、毎日を楽しんでいる。時には、イモからもらった相棒の「にんじん」を連れて、チタ高原を駆け回ることもあった。


ある日、リンティが突然、「緊急会議を開くわ!」と宣言した。場所は、いつもの宿の部屋だ。


「議題は、今後の住処についてよ!」

リンティは真剣な顔で言った。


「住処?」

ミルは首を傾げた。宿の部屋で特に問題はないと思っていたが……。


「ええ! 確かに、宿屋は食堂付きで便利だし、掃除の手間もないから楽だけど、そろそろ手狭になってきたと思わない?」


リンティの言う通り、三人の荷物は増えてきていた。ミルの新しい防具やライフルの手入れ道具、リンティの魔法薬の材料や道具、そしてマムルの見つけてきた様々な宝物などが増え、部屋が手狭になっているのは事実だった。


「それにね! 宿屋はひと月で銀貨60枚もかかるのよ!? 結構な出費でしょう!」


宿代がかさむことを、リンティは指摘した。確かに、一ヶ月の宿代として銀貨60枚は、三人で割っても決して安い金額ではない。


「だから、賃貸物件を探すことを提案するわ! 賃料も抑えられるし、もっと広い部屋に住めるし、何よりも、私の実験室を作れるわ!」

実験室に目を輝かせるリンティ。広い部屋があれば、気兼ねなく魔法薬の調合や実験ができる。


ミルもリンティの提案に賛成した。

部屋が手狭になっていると感じていたし、何よりも賃料を抑えられるのは魅力的だった。これまでの報酬やアルバイトでそれなりの貯金はできていたが、今後の冒険のために少しでも資金を節約したいと考えていたのだ。


「うん、私も手狭だなって思ってた! それに、賃料を抑えられるのは嬉しいな」


「うんうん! もっと広いお部屋がいいねぇ!」

マムルも賛成だ。


こうして、リンティが提唱した会議の最初の議題は、あっという間に満場一致で可決された。次のステップは、ダイガーツの街で賃貸物件を探すことだ。


「よし! それじゃあ、まずはダイガーツの中心地の賃料の相場を調べるために、街に出てみましょう!」

張り切るリンティ。


この世界には、現実世界のような不動産屋は存在しない。物件を探すには、個人で売買や貸し出しをしている情報を集めるか、広場の掲示板に貼り出されている情報をチェックするか、あるいは商人ギルドで聞く、といった方法があった。


「まずは、情報が集まりやすそうな商人ギルドへ行ってみましょうか」


リンティの提案で、三人は商人ギルドへ向かった。商人ギルドは、冒険者ギルドとは異なり、主に商業に関する取引や情報を扱っている場所だ。


商人ギルドの受付に賃貸物件を探している旨を伝え、担当の者に取り次いでもらうことになった。待っていると、小太りで人の良さそうな顔をしたドワーフが現れた。


「お待ちどうさま。賃貸物件についてかい? わしはラグナーと申します」

ラグナーは人当たりの良い笑顔で自己紹介をした。


「リンティ・エルフィンです。こちらはミルとマムルです」

代表してリンティが自己紹介を済ませると、ラグナーは早速、リンティの要望を元に賃貸物件の情報を調べ始めた。

書類の束をめくりながら、ダイガーツ中心地の賃料相場について教えてくれた。


「中心地で、お嬢さんたち三人が住める広さ、そうだなぁ、3、4部屋くらいで、お風呂と調理場付きとなると……」

書類とにらめっこしながら、ラグナーはぶつぶつと呟いた。そして、顔を上げた。


「一番安いので、月々銀貨130枚といったところだろうな」


「銀貨130枚!?」

ミルは思わず声を上げた。宿代の倍以上だった。マムルも目を丸くした。リンティも驚いた顔になった。


「中心地はやはり高いな。もう少し外れると、銀貨80枚くらいからあるんだが……郊外なら、銀貨50枚くらいのもあるんだがね」


ラグナーは、中心地から離れると賃料が安くなることを教えてくれた。しかし、それでも月々銀貨50枚から80枚。宿代と大差ないか、あるいはそれ以上に立地条件が悪くなる可能性があった。


そして、ラグナーはさらに衝撃的な情報を付け加えた。

「それに加えて、初月は保証費が賃料の2回分、上乗せされるのが一般的だな。家賃の滞納や、家屋の破損に備えての保証金だ」


つまり、初月には賃料の3倍の金額が必要になるということだった。中心地で銀貨130枚の物件なら、初月は銀貨390枚。それは、当時のミルの貯金では全く足りない金額だった。


言葉を失って固まっている三人を見て、ラグナーは察したようだった。そして、苦笑いを浮かべた。


「まあ、驚くのも無理はない。商人ギルドを通すと、どうしても値段が高くなるからな。家主も、ギルドに手数料を払ったり、トラブル時の対応を依頼したりする分だけ、賃料を高く設定するんだ」


親切にラグナーは、商人ギルドを通した賃貸は高くなることを教えてくれた。


「みなさん、個人で家主と直接契約するのが、この街では一般的だ。その方が、賃料も抑えられるし、交渉次第で保証費などを少なくしてもらえることもある」


個人契約が一般的であること、そしてそのメリットを教えてくれた。


「それなら、どこで個人契約の情報が得られるんですか?」

リンティが尋ねた。


「うむ。一番手っ取り早いのは、街の広場の掲示板を見ることだな。家主が直接情報を貼り出していることがある。あるいは、街の酒場などで情報交換をするのもいいだろう。あとは、知り合いのつてを頼るのも手だな」

個人契約の情報源について、ラグナーはいくつかアドバイスをくれた。


商人ギルドでは具体的な契約には至らなかったが、賃料の相場、商人ギルドを通した賃貸が高くなること、そして個人契約が一般的でその情報源は広場の掲示板や酒場であることなど、貴重な情報を得ることができた。


お礼を言って商人ギルドを出た三人は、次の目的地である広場の掲示板へと向かうことにした。

提示された賃料の高さに少し気落ちしたが、ラグナーのアドバイス通り、個人契約で何とか安く済ませられないかという希望を胸に、歩き出した。

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