第34話
魔将軍ザルヴァークが、俺の身体から溢れ出す温かい光を見て、初めて動揺の色を見せた。
無理もないだろう。ついさっきまで、俺は奴の黒い雷撃によって虫ケラのように打ちのめされ、死の淵を彷徨っていたのだから。
それが今、こうして再び立ち上がり、しかも以前とは明らかに異質な、清浄な力さえ感じさせる光を纏っているのだ。
「…お前には、分からないだろうな。この力が、一体何なのか」
俺は、自分でも驚くほど静かな声で言った。
身体の傷は、この温かい光によって急速に癒えていく。折れていたはずの骨も繋がり、失われた力も、どこからか湧き上がってくるようだ。
だが、これは俺が望んだ力ではない。
俺が求めるのは、あの黒いオーラのような、全てを破壊し、喰らい尽くすための、純粋な闇の力だ。
この温かい光は、どこか俺の存在そのものを否定するかのような、異質な感覚を伴っていた。
「ふざけるな…! そのような聖なる力が、貴様のような穢れた存在から発せられるはずがない!」
ザルヴァークは、我に返ったように叫び、再びその手に黒い雷撃を凝縮させ始めた。
「穢れた存在、か。確かに、俺は人間を喰らう化け物だ。だが、それでも…俺にはまだ、やらなければならないことがあるんでな!」
俺は、温かい光を右腕に集中させる。
それは、以前キマイラを倒した時のような、攻撃的な黄金色の光ではなかった。もっと白く、そして優しい、守りの力に近いような感覚。
だが、今の俺には、これしか残されていない。
「喰らわれるのは、お前の方だ、魔将軍!」
俺は叫び、ザルヴァークが雷撃を放つよりも早く、地面を蹴って奴の懐へと飛び込んだ。
ザルヴァークは、俺の予想外の動きに一瞬反応が遅れた。
その隙を突き、俺は白い光を纏った拳を、奴の鎧の隙間、鳩尾へと叩き込む。
「グフッ!?」
ザルヴァークの巨体が、くの字に折れ曲がる。
手応えはあった。だが、致命傷には程遠い。
奴の身体は、強力な魔力によって守られているようだ。
「小賢しい真似を…!」
ザルヴァークは、苦痛に顔を歪めながらも、俺を振り払おうと腕を振るう。
俺はそれを紙一重でかわし、さらに追撃を加える。
白い光を纏った拳打が、連続してザルヴァークの身体を打ち据える。
一発一発は、黒いオーラの時のような破壊力はない。だが、確実に奴の魔力防御を削り取り、ダメージを与えているはずだ。
そして何よりも、この白い光は、奴の放つ禍々しい気を中和し、その動きを僅かに鈍らせているような気がした。
「なぜだ…なぜ、我が力が…!」
ザルヴァークが、信じられないといった表情で呻く。
奴の黒い雷撃も、白い光の前では威力を半減させられているかのようだ。
これが、聖なる力とやらの特性なのか?
だとしたら、俺は今、自分自身とは最も相容れない力を使って戦っていることになる。
皮肉なものだ。
だが、この力も長くは続かない。
温かい光は、徐々にその輝きを失い始めている。
そして、俺の身体の奥底からは、再びあの忌まわしい飢餓感が、まるでこの光の力を喰らおうとするかのように、鎌首をもたげ始めていた。
まずい。このままでは、またあの渇きに支配されてしまう。
早く、こいつを仕留めなければ。
だが、どうやって?
この白い光だけでは、ザルヴァークに致命傷を与えることは難しい。
やはり、俺にはあの黒いオーラの力が必要なのか…?
「どうした、小僧! もう終わりか! その程度の光で、この私を倒せるとでも思ったか!」
ザルヴァークが、俺の力の衰えを敏感に察知し、再び攻勢に転じてきた。
奴の振るう魔剣が、白い光の防御を切り裂き、俺の腕を浅く斬りつける。
「ぐっ…!」
痛みと共に、飢餓感がさらに増大するのが分かった。
血が欲しい。肉が欲しい。
人間の生命力が、今すぐにでも欲しい。
俺の目が、血走っていくのが分かる。
理性の箍が、再び外れかかっている。
「そうだ…それでいい…その目だ…! それこそが、貴様の本性だろう!」
ザルヴァークは、俺の変貌を見て、歪んだ笑みを浮かべた。
「聖なる光など、貴様には似合わん! その穢れた魂にふさわしいのは、もっとどす黒く、そして破壊的な力のはずだ!」
その言葉は、まるで俺の心の奥底にある欲望を肯定するかのように響いた。
そうだ。俺は、この温かい光など求めていない。
俺が欲しいのは、全てを喰らい尽くし、全てを支配するための、絶対的な闇の力だ。
俺は、自分の中から消えかかっていた黒いオーラを、必死で呼び覚まそうとした。
怒り、憎しみ、そして何よりも、この飢餓という名の渇望。
それらを糧として、俺の黒いオーラは再びその勢いを増し始めた。
白い光と黒いオーラが、俺の身体の中で激しくぶつかり合い、せめぎ合う。
凄まじい苦痛が、俺の全身を襲う。
まるで、身体が内側から引き裂かれそうだ。
「ククク…面白い…実に面白いぞ、小僧! その二つの相容れぬ力を、貴様はどうするつもりだ? どちらかを選ばねば、貴様自身が破滅するだけだぞ!」
ザルヴァークは、俺の苦悶する姿を見て、楽しそうに笑っている。
こいつ、俺を弄んでいるのか。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
このままでは、本当に俺の身体が持たない。
どちらかを選べ、だと…?
決まっているだろう。
俺が選ぶのは、常に俺に力を与えてくれる方だ。
俺は、この忌まわしい飢餓を満たしてくれる方を選ぶ。
「うおおおおおおおっ!」
俺は、心の底から叫んだ。
そして、俺の意思が、その選択を決定づけた。
白い光が、急速にその輝きを失い、黒いオーラが、まるで勝利を宣言するかのように、俺の全身を覆い尽くした。
それは、以前よりもさらに濃く、そして禍々しい。
闇の精霊の力と、そして聖遺物「魂喰らいの首飾り」の力が完全に融合し、俺の黒いオーラを新たな次元へと進化させたのだ。
「…これだ…これこそが、俺の本当の力…!」
俺は、自分の両手を見つめ、歪んだ笑みを浮かべた。
もはや、何の迷いもない。何の葛藤もない。
あるのは、ただ、純粋な力への渇望と、そして目の前の敵を喰らい尽くしたいという、強烈な衝動だけだ。
「ほう…ついに本性を現したか、化け物め。だが、それでこそ、喰らいがいがあるというものだ」
ザルヴァークは、俺の変貌を見ても、少しも臆する様子を見せない。
むしろ、その目は、さらに強い好奇心と、そして捕食者のような獰猛な光を宿していた。
こいつもまた、俺と同じ種類の人間なのかもしれない。
互いの力を求め、そして喰らい合う、呪われた存在。
面白い。ならば、この戦い、どちらが真の捕食者であるか、決着をつけてやろうではないか。
俺は、黒いオーラを極限まで高め、ザルヴァークへと再び突進した。
その動きは、白い光を纏っていた時とは比較にならないほど速く、そして鋭い。
ザルヴァークもまた、黒い雷撃をその身に纏い、俺を迎え撃つ。
闇と闇が衝突し、砦の広場全体が激しく震動する。
もはや、どちらが勇者で、どちらが悪魔か、そんな区別など意味をなさない。
ただ、純粋な力のぶつかり合い。そして、互いの魂を喰らい合おうとする、原始的な闘争だ。
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人喰い勇者の英雄譚 ~俺は、お前たちを喰らってでも世界を救う~ ☆ほしい @patvessel
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