王立学園 幽霊事件―⑤
「この幽霊くん、自分がだれで、どうしてここにいるのか、理解できているのかな?」
シャルルが、疑問を口にした。
「そうね、まずは、あなたの名を聞かせてくれるかしら?」
きららが、ていねいにトラツグミのポンペットに向かって、語りかけた。
見ようによっては、シュールな光景だが、バンジャマンは、
(鳥に話しかけるなんて、きららさんは可愛いなあ)
と、
「ピョピョーッ」
ポンペットの鳴き声はへんてこだった。
「……ピョートルかしら?」
きららが、まじめに聞いてみている。
ポンペットは、ぷいっぷいっと、首を横に振った。
「それなら、ペーター?」
ぷいぷい。
(なんとなく会話が成立している)
バンジャマンは、くっくと笑った。
「ガスパールと名のっているのよ」
リュンヌが言った。
ポンペットが、うれしそうに羽をばたつかせた。
「リュンリュン、話ができるの!? 魔法? そこのところ詳しく聞きたいんだけど」
シャルルが食いぎみにリュンヌに質問する。
「彼のお名前は、あらかじめお兄さまから聞いていただけよ」
リュンヌが、距離をつめてきたシャルルに、一歩退きながら答えた。
「そういうことか」
と、シャルルはおもしろくなさそうに言った。
バンジャマンは、リュンヌを見直した。
バンジャマンのほうは、むろん事前に調べてきていて、幽霊の名を知っていたが、彼女がそうしてくるとは、思いもよらなかった。
(こんな感じの女の子だったかな)
父親同士の仲がわるいリュンヌとは、アリスティドを間にはさんだ幼なじみのような関係だったが、男女の差もあり、さほど親しくしていたわけではなかった。
リュンヌが病気で引きこもって以来、新年の祝賀で顔を見かけるていどで、一度も個人的には会っていない。
「リュンヌさん、すごいわ!」
きららが、感動したように言った。
「わたし、なんだかそういったことは、バンジャマンがやってくれると思って、すっかり甘えていた」
きららの言う通り、バンジャマン自身もそう思っていた。
「あなたがたには、あなたがたの有りようというものが存在するのでしょう。それはそれで良いのではなくて?」
リュンヌがやんわりと答えた。
白光きららは、象徴。
アリスティド=ドールは、リーダー。
バンジャマン=アルジャンは、知識。
シャルル=キュイーブルは、魔法。
ドリアン=フェールは、剣。
そのとき、バンジャマンは、奇妙なほどバランスのとれた5勇士と呼ばれる自分たちに気づき、なぜだか、背筋がゾクリとなった。
(偶然か? いや、まだ5人目が現れていない)
だが、バンジャマンの脳裏には、すでにひとりの人間の姿が浮かんでしまっている。
「リュンヌさんはやさしいのね」
きららがほわほわと笑う。
「今の発言のどこにやさしさがあったのかしら」
リュンヌが顔をしかめる。
少女たちは、きゃっきゃと楽しそうに会話しているようだが、バンジャマンは、ここには居ないひとのことを考え、会話の内容が入ってこない。
そのひとは、本来なら、あの日、自分たちと同じ戦場にいるはずだった。
学園関係者ではないのに、引き寄せられるようにして、学園内にいた。
たまたま、
エトワール=アーブル。
技術。
***
ポンペットは、赤い足を動かして、ヨタヨタと数歩進むと、人間たちのほうをふり返った。
「ついてこいという意味かしら」
リュンヌが首をかしげた。
「行ってみよう」
少年少女たちは、鳥に導かれて、学び
学園側には、さきに話が通っている。
4人と1羽は、問題なく、校舎内に入れてもらえた。
無人の廊下を生徒たちは歩いていく。
人の気配のない校舎には、たった4人の靴音さえびっくりするほどよく響いた。
いつもなら、校舎内では上着や防寒具はつけない。
だが、寒々とした雰囲気に、誰もが外のままのかっこうでいた。
ポンペットは、鳥にはせますぎると思われる廊下を、器用に、低く短く飛ぶ。
人間たちが追いついてはまた飛びして、ひとつの部屋の前で止まった。
図書室だった。
事務室から借りてきた
がちゃんと硬い音がして、鍵は開いた。
「入ろう」
バンジャマンが、さきに立った。
図書室は、中が吹き抜けになっている。
室内にらせん階段がついており、1階と2階とが行き来できる。
1階入ってすぐ左手には、貸し出しカウンターがあり、そのカウンターの奥に1部屋ぶん
入って右手は閲覧コーナーと、
2階には、書庫とカウンターがないため、より多くの本が置かれている。
ポンペットは、カウンターに近寄っていった。
たくさんのカードが並んだ箱の中から、じょうずに1枚のカードを抜き出して、こちらに差し出してきた。
バンジャマンが受け取った。
「ガスパール=デュポンの貸し出し票だ」
きららなら、スマホくらいの大きさの、と表現したであろうカードには、ずらりと裏まで書名が並んでいた。
ガスパール少年は、それなりに図書室を利用するタイプだったらしい。
「文芸には興味がなかったようだな。実用書ばかりだ」
ざっと眺めて、バンジャマンが判断した。
『とっさに出てくるスマートな受け答え』
『すぐに使える社交術』
『10代にやっておくべき10のこと』
『あの子を笑わせるジョーク30』
カードをひとりずつ回覧した。
「……えーと」
シャルルが、手に持って、言いよどむ。
こういう書物を手に取ろうとしたことは一度もないであろうシャルルである。
「学園内では、だれともあいさつ程度の付き合いで、仲の良い友だちは、いなかったそうだ。ガスパールは、たいていひとりで静かにいたらしい」
バンジャマンが言った。
「あ、ここから、ジャンルが変わっている」
シャルルが指差した。
昨年の10月下旬あたりからだ。
『3日でマスターできる光魔法・闇魔法の歴史』
『先天的に持つ魔法と、後天的に開花する魔法のちがい』
『闇魔法でできること』
『ドール王国特級魔法士』
『中高生向け・闇魔法のすべて』
『
『
『法律を学ぼう・魔法編』
『
『ただしい魔法の使い方』
『ダメ・絶対
『
『
『魔界と魔物を知る』
『魔法陣をつくってみよう!』
「魔法士志望だったのかな」
ようやく、シャルルがシンパシーを感じたようにつぶやいた。
「しかも、見たところ闇魔法だな」
バンジャマンが言った。
「法律、禁術、ただしい魔法……、闇バイトに引っかかる直前の子みたいね」
きららが言ったことばに、みな首をひねった。
「どういう意味?」
リュンヌがたずねる。
「おいしいもうけ話が転がってるけど、どうにもあやしい。でも、楽して稼げそう。どうしよう。だいじょうぶかな。警察につかまらないかな。法律違反じゃないかな。やってみようかな……、そういう迷いのようなものを感じたの」
きららが、解説した。
3人が押し黙った。
「飛躍しすぎではないかな。ただの
しばらく考えてから、シャルルが言った。
「魔法士は、国家資格だもの。魔法士を目指すものが法律を学ぶのはあたり前だよ」
目下、資格試験のために、法律分野も頭につめこもうとしているシャルルである。
「なぜ、魔法士志望だと、決めつけるの」
リュンヌが淡々と言った。
それがウジェーヌの言いかたに似ていたので、シャルルは少しぎくりとした。
「なぜって……、ほかに何かある?」
「ガスパールの家は、北部にひとつ大きな鉱山を持っている男爵家だ。彼は長男で、3代目になるはずだった」
バンジャマンが説明する。
「男爵家の3代目というと、自分の代までは、貴族でいられるということね」
リュンヌがうなずいた。
「そう。王立学園を卒業すれば、
バンジャマンが自分の考えを述べる。
「ガスパール、本当は、何になりたかったの?」
きららが、にこっとポンペットに笑いかけた。
ほかの3人が、びくっとした。
(そうだ、ここに、本人がいたのだ)
バンジャマンは、失言したことに気づいた。
ポンペットは、つぶらな瞳で、きららを見返す。
「キュ」
ポンペットは、ふわりと飛びあがって、きららの肩にとまった。
飼い主のリュンヌがショックを受けたようにそのようすを見ていた。
「あれは、ポンペットではなくて、ガスパールの意志だと思う。ぼくには幽霊は見えないから、わからないが」
バンジャマンは、そっとリュンヌにささやいた。
むしろ、そんなバンジャマンに驚いたかのように、リュンヌが、彼を見上げた。
はちみつ色の瞳でまじまじと見つめられて、バンジャマンは、あせった。
「なんだい、リュンヌさん」
「いいえ。しばらくお会いしない間に、成長されたなと思っただけよ。かつてのわたくしの目がいかに
リュンヌが、
「ガスパールは、5勇士になりたかったのかな」
ポンペットの動きを目で追っていたシャルルが、突然、バンジャマンの思いもよらぬことを言い出した。
「5勇士?」
バンジャマンが聞き返す。
「ああ、だから、『何になりたいか』という質問に対して、きららちゃんに寄っていったんじゃないか?」
シャルルの推理は、バンジャマンにはピンと来なかった。
「どうしてそう思うんだい」
「
「魔法の枠って?」
リュンヌが聞いた。
「第1次対魔大戦でも、第2次対魔大戦でも、5勇士のうち、2人も魔法士がふくまれていたんだ。魔物との戦いとは、多くの場合、魔法の戦いなんだよ。ガスパールの魔法の勉強は、5勇士になるための勉強だったんじゃないかな」
シャルルが答えた。
「それはちがう」
バンジャマンが否定した。
「正確に言うと、光魔法をつかう光の乙女と、光魔法士1名、ほかの魔法をつかう魔法士1名だ。だが、魔法戦であるという意見にはぼくも賛成だ。ぼくが思うに、対魔大戦とは、光魔法を中心とした魔法戦なのだ」
「……ぼく、光魔法は使えないんだけど」
シャルルが、しゅんとした。
「別にいいんだ。今回の対魔大戦は、これまでとちがっていて良いのだ。これは、ぼくの推測だが、5勇士最後のひとりは、エトワール=アーブル子爵なのではないだろうか」
バンジャマンの声に、その場が静まりかえった。
「どういう理由でもって、アーブル子爵だと推測されたのかしら、バンジャマンさん」
リュンヌが、バンジャマンに、ていねいにたずねた。
「アーブル子爵の開発した武器により、だれでも光魔法の効果が得られるようになったからだよ。光の剣、光魔法を込めた弾を発射できる銃。わかるかい。光魔法士でなくてもいいんだ。アリスティドでも、ドリアンでも、ぼくですら、光魔法で攻撃できるようになったのだから。革命的な発明なんだよ!」
バンジャマンは、自分の意見を熱っぽく語った。
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💫次回更新予定💫
2025年11月10日 月曜日 午前6時46分
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