王立学園 幽霊事件―⑥
「バンジャマン、あなたの説は興味深いけれど、いまは、ガスパールのことではないかしら」
きららが口をはさんだ。
バンジャマンは、はっとした。
「悪かった。つい、自分の考えに夢中になってしまって」
「ええ、あとでしっかり聞かせてね。さあ、ガスパール、あなたは、5勇士になりたかったの?」
きららは、肩に乗っているトラツグミに質問した。
「キュウ」
「え、いまの、どっちの返事?」
シャルルが
「はい、に決まっているでしょう」
「イエスよね」
「シャルル、なぜわからないんだ?」
と、あきれる。
「なんで、ぼくが普通以下みたいに言われてるの。鳥の言葉だよ?」
シャルルがむくれる。
「ふむ。ガスパールは、5勇士になりたかった。それで、闇魔法を熱心に学んでいた、と」
バンジャマンが、眼鏡の位置を直しながら考えていると、
「……おかしくないか?」
シャルルが気づいた。
「何がおかしいの?」
きららがたずねる。
「先生――ソワレ先生は、生前のガスパールのことをほとんど知らなかったのではないか? 少なくとも、ぼくが知るここ2、3カ月の間に、ガスパールが魔法学の質問をしにソワレ先生を訪れたことはないはずだ。先生は、1級の闇魔法士なのに」
シャルルが腕組みして言った。
「わたくしも、お兄さまの口から、そのような熱心な生徒がいるとは聞いたことがないわ。ここのところ、お兄さまの口から出る生徒の名前と言えばシャルル=キュイーブルばかり」
リュンヌも同意する。
「へぇ、そうなんだ」
シャルルがにやける。
リュンヌがイラッとする。
「なら、ひとりで学んでいたのだろう」
バンジャマンが言ったが、きららとシャルルに反論された。
「魔法をひとりで学ぶのは難しいわ」
「先生に教えてもらったほうが早い」
魔法を得意とするふたりの意見に、バンジャマンはたじたじとなる。
「ほかに適当な師がいたか、あるいは、ひとりで学ばなければならないほど、後ろ暗いことをしていたか」
リュンヌが、ぽつりとつぶやいた。
4人はポンペットを見た。
トラツグミは、はたはたと飛び上がり、どっしりとした図書貸し出しカウンターの向こう側に降り立った。
コツコツと、キツツキのように、奥の扉を
カウンターの奥にある扉は、
「書庫の鍵もあったはずだ」
鍵束を預かるバンジャマンが言い、素早くカウンターの裏に回った。
図書室の扉よりも軽い音をたてて、書庫が開放された。
ポンペットが、ヨタヨタと歩く。
少年少女が、あとをついてゆく。
奥まった本棚の前で、ポンペットは、うす茶色の頭をもたげた。
下から2段目の、少し
「これね」
きららがその本を取り出した。
「『
シャルルが、きららの手元をのぞきこんで読み上げた。
「おかしいな。『魔物大図鑑』は、いま、第5版が最新のはずだ」
バンジャマンが言った。
「だから、閉架図書なのではなくて? 最新版はきっと開架されているのよ」
リュンヌが推測した。
本を持って書庫を出て、確かめてみることにした。
ぞろぞろと部屋の中の階段を上がり、2階の本棚の林をすり抜ける。
図書室をよく利用するバンジャマンが水先案内人だ。
カーペット素材の床は、靴音を吸収する。
通常利用するときのように、なんとなく、彼らは無言で移動した。
バンジャマンは迷いなく図鑑コーナーに一同を連れて行き、目的の『魔物大図鑑』を探し出す。
リュンヌの言う通り、第5版は開架の書棚にあったが、赤い「禁帯出」のシールが貼ってあった。
かわりに、第4版が貸し出し可能となっている。
「ガスパールが『魔物大図鑑』を借りようとしたとき、開架の第4版が貸し出しされていたなら、書庫の第3版をかわりに借りた可能性はあるな」
図書室をよく利用するバンジャマンが言った。
「ガスパールが、『魔物大図鑑』を借りたのはいつだった?」
バンジャマンの問いに、シャルルが手に持ってきていたガスパールの貸し出し票を確認した。
「11月15日だ」
シャルルが報告する。
1階の貸し出しカウンターに戻る。
手分けして、ほかの生徒の貸し出し票を順々にチェックした。
11月12日から11月19日の間に、高等部2年の別の生徒が同じ本を借りているのが分かり、バンジャマンの言ったとおりであることがほぼ確定した。
そのあと、第3版、第4版、第5版を閲覧用の机に並べ、何か手がかりはないかと、きらら、シャルル、バンジャマンが席について、それぞれ本をめくる。
リュンヌは、カウンターで、散らかった貸し出し票をきれいに整えて戻してゆく。
「あら? これ、おかしいわ。カバーは第3版なのに、中身は第4版よ」
書庫から出してきた本を、ぱらぱらとめくっていたきららが、違和感に気づいた。
「あ、なかにレシートが挟んである。古本屋さんのものみたい」
きららが取り出したのは、11月17日づけの、古書店の手書きレシートだった。
「古本屋さん? なんと書いてあるの」
貸し出し票の整理を終えたリュンヌが、近寄りながらたずねた。
「2冊買っていて、ひとつは、『魔物大図鑑 第4版』と記されているわ」
レシートを見ながら、きららが伝えた。
「つまり?」
シャルルが首をひねる。
「……自分で買った第4版に、図書室から借りた第3版のカバーをかけて、返却したとか?」
きららが考えながら言った。
「うーん、借りた本を汚すか破くかしてしまって、代わりを買って、黙って返したのかな」
シャルルが言った。
「正直に申し出て、弁償すれば良いだけだろう」
まっすぐな考えのバンジャマンが、言う。
「叱られるのがこわかったのかしら」
きららが小首をかしげた。
「同じものを買って弁償しようとしたけれど、古書だから手に入らなくて、こっそり返したってところかな」
シャルルが艶のある髪をかき上げながら、言った。
「ひょっとして、それが心残りか! 本の破損を正直に申し出ることができず、バレないよう小細工して返却したは良いが、日付の入ったレシートをうっかりはさみこんだままだったことに気づいた。いつか自分だとバレるに違いない。そんなふうにいろいろ後悔しているうちに、魔物に襲われ亡くなってしまった」
バンジャマンがぽん、と手を打った。
「そうだとすると、
シャルルが、ガスパールの人がらを想像した。
「それがあなたの心残り?」
と、きららが、ポンペットを見る。
ポンペットが、じっと見返す。
「……ちがうみたい」
「だから、なんで
シャルルがため息をつく。
「古書店で購入したもう1冊の本は何だったの」
リュンヌが、言った。
「ええとね、『影の魔導書』って書いてあるわ」
きららが答えたとたんに、ポンペットが、ぱさぱさと羽を上下させた。
「こちらの本が、きみの伝えたかったことなのか。――どうした、顔色が悪いぞ!?」
バンジャマンが、リュンヌを見て、ぎょっとした。
「たいへん、貧血かも。座って、リュンヌさん」
きららがあわてて、近くの椅子を持ってきた。
「ありがとう」
と小さく言って、リュンヌがふらふらと、背もたれのついた木の椅子に座った。
「少し胸元を楽にするわね」
きららのことばに、男子ふたりは、背を向けた。紳士である。
リュンヌのコートのボタンを2つほど外し、セーラー服の胸元にすき間を作ったところで、きららの手が、一瞬、ぴたりと止まった。
(貴族のご令嬢なのに、どうして、傷があるのかしら)
若くはりのある美しい肌には、あとが残るほどではないが、うっすらといくつかの傷ができていた。ほとんど消えかけのものもあれば、まだ新しいものもある。
(まるで、魔物と戦っているわたしの体みたいに……)
リュンヌが、苦しそうに顔をゆがめた。
「光魔法をかけるわね」
きららは、先にやるべきことを思い出した。
「元気そうにしていたから、体が弱いことを忘れていた。申し訳ない、リュンヌさん」
しばらく休むと落ち着いたリュンヌに、バンジャマンが謝った。
「ごめんね、リュンリュン、先生からもよろしくと頼まれていたのに、何がよろしくかわかっていなくて」
シャルルが責任を感じたように、しょぼんとした。
「わたくしこそ、気をつかわせてしまってごめんなさい。もう平気よ。光魔法をありがとう、きららさん」
「うん。元気になって、良かったわ」
きららが、ためらいがちに笑った。
閲覧席にあるひとつの机を囲み、4人ともが座った。
ポンペットは、心配そうに、リュンヌの足元にいる。
「リュンヌさんは、無理しないでくれ。――さて、『影の魔導書』だったか。なんだろうか、この本は」
バンジャマンが、
「聞いたことがないな。魔法ならともかく、魔導なんて」
すこししてから、バンジャマンは、降参して手を挙げた。
「ファンタジー小説なのでは?」
きららが思いついて言った。
「ガスパールは、文芸にはまるで興味がなさそうだよ」
シャルルが、机のうえに置いた貸し出し票を指した。
「シャルルは、何か思い当たらないか? 魔法関係な気がするが」
「そうだなあ、魔導……、魔法を導くという意味で、影が、裏ルートのような意味なら、簡単に覚える魔法のテクニック本みたいなものかなと思うよ。ほら、3日でマスターする、というタイトルの攻略本みたいなものも借りていただろう」
「『3日でマスターできる魔法の歴史』ね」
きららが、机の上に置いてあったガスパールの貸し出し票を取り上げて、確認した。
「しっくりこないな。闇魔法ではなく、影の魔導……、影といえば、光の反対というニュアンスも考えられるか」
バンジャマンがぶつぶつとつぶやく。
「光魔法の反対? 癒しの反対なら破滅、破壊。浄化の反対なら、
シャルルのことばに、バンジャマンがはっとして、リュンヌときらら、トラツグミを順番に見た。
「浄化――、
バンジャマンが叫んだ。
「どういう意味?」
シャルルが聞き返す。
「ガスパールの借りた本のタイトルと、貸出日を読み上げてもらえるか?」
バンジャマンが、きららに頼んだ。
『3日でマスターできる光魔法・闇魔法の歴史』10月25日
『先天的に持つ魔法と、後天的に開花する魔法のちがい』10月28日
『闇魔法でできること』11月1日
『ドール王国特級魔法士』11月6日
『中高生向け・闇魔法のすべて』11月8日
『
『魔物大図鑑 第3版』11月15日
『法律を学ぼう・魔法編』11月18日
『
『ただしい魔法の使い方』11月21日
『ダメ・絶対
『
『
『魔界と魔物を知る』11月27日
『魔法陣をつくってみよう!』11月28日
「11月15日以降、ひんぱんに借りかえているね。10月末に魔法関係の本を読み始めてから、『魔物大図鑑』を借りるまでは、1週間に2冊ペースなのに」
いっしょに聞いていたシャルルが言った。
「わかったよ」
バンジャマンが、地を
3人と1羽が、バンジャマンを見た。
今日の眼鏡の
冴えた色だとリュンヌは思った。
真冬に凍る湖のような色だと、リュンヌは思った。
眼鏡も、その奥の彼の瞳も。
「ガスパール=デュポンは、禁術に手を出したんだ」
リュンヌは身じろぎひとつすることができない。
「ピゥ」
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【脚注①】『影の魔導書』
いくつかの禁術が記された書物
過去生で、リュンヌが読んでいる
お忘れの方は、こちらを↓↓
断章 これはきみがみた夢―①
https://kakuyomu.jp/works/16818622176221417372/episodes/16818792436737819139
【脚注②】
かぶらや。鳴りひびく矢
昔、戦いを始めるしるしに、かぶらやを敵陣に射かけたことから、物事のはじまり、おこりをいう
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💫次回更新予定💫
2025年11月13日 木曜日 午前6時46分
⇒第11章 世界のふちに立つ
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