王立学園 幽霊事件―④

 幽霊の見えるシャルルを先頭に、きらら、リュンヌ、ポンペット、バンジャマンが続く。

 礼拝堂の跡地には、早くも雑草がちらほらと生えはじめていた。

 冬曇ふゆぐもりのうす明るさはあるが、ひとけのない休校中の学園は、もの寂しい。


「こんにちはー!」

 いきなりシャルルが、ふつうの人にそうするように、にこやかに挨拶あいさつをした。


 バンジャマンは、

(幽霊って、そういうものじゃないよな?)

 と、ぎょっとした。

 自分では見えないが、まじめなので、事前に、さまざまな幽霊話くらいは予習してきている。


「こんにちは」

 きららも、笑顔で挨拶した。


 リュンヌは黙って、いるとおぼしき方を見つめている。

 バンジャマンは、さりげなく、いちばん常識的な反応と思えたリュンヌの近くに位置どった。


「ぼくの名はシャルル=キュイーブル」

「シャルル、名のってはまずいだろうっ」

 バンジャマンが、あわてて止めた。


「きみも、ぼくの名を呼んでいるじゃないか」

 シャルルが、ちろりとバンジャマンの方を見た。

「あ、すまない」


「問題ない。。まあ、きみは名のらないほうが良いよ」

 シャルルが、ふっと小バカにしたように口元で笑う。

 この友人は、こういう偽悪ぎあく的なところがあるのを、バンジャマンは久しぶりに思い出した。


「わたしは、きららよ。きららと呼んでね」

「……リュンリュンと呼んでもいいわ」

 少女たちも名のった。


「バンジャマン=アルジャンだ」 

 バンジャマンがしかたなく名のった瞬間、ズンっと、彼の肩が重くなった。


(乗りかかられた……!)

 バンジャマンは、眼鏡の奥のアイスブルーの目を見開いた。

 とっさに息ができなくなる。


「きみ、頭が良いのに、ときたまおバカさんだよね。幽霊相手に、名前を、しかもフルネームで名のるとは」

 シャルルがあきれ顔だ。


 バンジャマンは、心臓ががたがたしてきた。

 吐きそうだ。

 頭がもやもやしてくる。

 心理的な圧力でもって、押しつぶされそうになる。


 ――暗い、怖い、死にたくない、痛い、苦しい、助けて、いやだ、つらい、やめて、恐ろしい……。


 バンジャマンは、自分のものではない激情に揺さぶられる。

 心がちぎれそうだ。


「じ、自分だって」

「だから、ぼくは強いから、良いんだよ。きみは、魔法使いじゃないんだからさぁ。ブラコン令嬢リュンリュンですら、リュンリュンとしか名のっていないというのに。バンジャマンのバは、おバカのバなのかな?」


 リュンヌが、むっとした顔をする。

 バンジャマンもひとこと言い返してやろうと思うが、全身が震え、立っているのもやっとのありさまだ。


「しかたないなぁ。鳥くん、悪いけど、協力してもらうよ」

 言うと、シャルルは、ポンペットをむんずと両手でつかみあげた。


「闇よ――」

 シャルルが詠唱を始めた。

 バンジャマンの肩に覆いかぶさっていた重たいものが、引きはがされた。


 引きはがされたものは、ポンペットの中にしゅるしゅると入っていった。


「ピキーッ」

 ポンペットは、ジタバタしたが、シャルルは、さらに呪文を重ねがけした。

 ポンペットのうす茶色の首が、くたっと折れた。


「ちょっと!」

 血相を変えたリュンヌが、シャルルの手からポンペットを奪った。


「へいき、へいき。死んでないよ。この鳥は、ボア領で、おそらく魔物の死骸を食ったんだ。それで毒素に当たっていたのを、ぼくが取りのぞいた。その分、少し魂に『すきま』のようなものができていてね。そこに、いま、少年の霊をこごめた、というわけ」


 シャルルは、淡々とタネ明かしをした。

 バンジャマンは、少なからずゾッとした。

(これは、本当にあのシャルルなのか?)


 自分のやったことを、まるで、ちょうどよい空き箱を見つけ、手に持っていたゴミを放り込むがごとくに説明する彼は。


 明るく、誰とでもすぐ仲良くなって、軽やかに生きてきた友人が、まるで見知らぬ人のように見えた。


 いや、人というよりは、血の通わぬ機械人形のようにバンジャマンには思えた。


「さて、では、このまま、鳥のなかに入れた霊を、きららちゃんにはらってもらえば、ミッション終了〜」

 シャルルは、にこにこと言う。


「ごめんなさい、シャルル。それはできないわ」

 きららが、困ったように言った。


「呪文を知らないってこと?」

 断られると思っていなかったシャルルが、驚いて問うた。


 きららは、頭を振った。黒くて長いポニーテールが、さらさらと彼女の後ろで揺れた。

「そうではなくて。わたしは、彼とちゃんとお話がしたいの」


「どういう意味?」

「問答無用で祓うのは違うと思うの」

 きららが、すぱっと言った。


「ええ?」

 シャルルは、めんどくさそうに、光の乙女を見る。

 寒いんだから、とっととすませて、温かいココアでも飲もうよとでも言いたげだ。


 バンジャマンは、3年以上つき合いのある友人の表情を、そう読み解く。

 シャルルがはっきりと言わないのは、いちおう、光の乙女というものに遠慮しているのだろう。


「ぼくも反対だ。ぼくからき物を落としてくれたことには感謝する。だが、憑かれたからこそ、わかる。彼の最期の恐怖、絶望、そして、後悔。この幽霊には、何か、とても、心残りがあるようだ。それが何かまではわからなかったが」

 バンジャマンも、反対した。


「バンジャマンまで……」

 シャルルは、少々混乱している。


「シャルルくん、お兄さまは、……あなたの魔法の先生は、あなたにどのようにせよと命じたの?」

 リュンヌが、ポンペットの背をやわらかく撫でながら、はちみつ色の瞳を、ひたと、シャルルに合わせ、静かに聞いた。


「どうって、もちろん、幽霊を……、ああああ〜っ!」

 シャルルは、アッシュグレーの頭をガシガシとかきむしった。


 シャルルは、ふうーっと、細く長く息をはいた。そして、呼吸を整えると、ぺこんと頭を下げた。

「ごめん、みんな。ぼくがまちがっていた。あせりすぎた。先生は、ぼくに幽霊を退治しろとはおっしゃっていない。幽霊事件を解決しろとおっしゃったんだ」


 バツが悪そうに立つシャルルを見て、バンジャマンは、ほっとした。

 シャルルは、本当にあせっていただけのようだ。


(そうだ、魔法士試験も間近じゃないか)

 バンジャマンは納得できる理由を見つける。


 おそろしいほど冷淡に見えたのは、きっと気のせいだ。

「理解してくれたなら、いい。正直に言うとね、きみがまるで――、魔法というものに酔っているように見えて、不安だったんだよ」

 バンジャマンは、苦笑いした。


「わかってくれたようで、うれしい」

 きららが、晴れやかに笑う。


 シャルルは、ふたりを交互に見て、にっこり笑った。

「きみたちがいてくれて、よかったよ。バンジャマン、バカって言ってごめんね」

 バンジャマンがよく知っている、いつもの少し甘えん坊のシャルルだった。


「ポンペット、リュンリュン、ごめんね」

 シャルルは、リュンヌの胸もとに抱えられたポンペットに手を差し伸べた。


「ヒーッ」

 それまでぐったりしていたポンペットが、キッと首をもたげると、シャルルの手を激しくつつき始めた。


「うわっ、この鳥、仮病つかってた! いた、痛いって! リュンリュン、ちょっとなだめて!」

 リュンヌの腕の中から飛び出たポンペットは、羽ばたきながらシャルルをつつき回す。


「わたくし、ブラコンですので、お兄さま以外の殿方とのがたの言葉なんて聞けませんの」

 リュンヌがつーんとそっぽを向いた。


「ごめんてばー!」

 シャルルが叫んだ。





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   💫次回更新予定💫

2025年11月6日 木曜日 午前6時46分








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