王立学園 幽霊事件―④
幽霊の見えるシャルルを先頭に、きらら、リュンヌ、ポンペット、バンジャマンが続く。
礼拝堂の跡地には、早くも雑草がちらほらと生えはじめていた。
「こんにちはー!」
いきなりシャルルが、ふつうの人にそうするように、にこやかに
バンジャマンは、
(幽霊って、そういうものじゃないよな?)
と、ぎょっとした。
自分では見えないが、まじめなので、事前に、さまざまな幽霊話くらいは予習してきている。
「こんにちは」
きららも、笑顔で挨拶した。
リュンヌは黙って、いるとおぼしき方を見つめている。
バンジャマンは、さりげなく、いちばん常識的な反応と思えたリュンヌの近くに位置どった。
「ぼくの名はシャルル=キュイーブル」
「シャルル、名のってはまずいだろうっ」
バンジャマンが、あわてて止めた。
「きみも、ぼくの名を呼んでいるじゃないか」
シャルルが、ちろりとバンジャマンの方を見た。
「あ、すまない」
「問題ない。ぼくのほうが強い。まあ、きみは名のらないほうが良いよ」
シャルルが、ふっと小バカにしたように口元で笑う。
この友人は、こういう
「わたしは、きららよ。きららと呼んでね」
「……リュンリュンと呼んでもいいわ」
少女たちも名のった。
「バンジャマン=アルジャンだ」
バンジャマンがしかたなく名のった瞬間、ズンっと、彼の肩が重くなった。
(乗りかかられた……!)
バンジャマンは、眼鏡の奥のアイスブルーの目を見開いた。
とっさに息ができなくなる。
「きみ、頭が良いのに、ときたまおバカさんだよね。幽霊相手に、名前を、しかもフルネームで名のるとは」
シャルルがあきれ顔だ。
バンジャマンは、心臓ががたがたしてきた。
吐きそうだ。
頭がもやもやしてくる。
心理的な圧力でもって、押しつぶされそうになる。
――暗い、怖い、死にたくない、痛い、苦しい、助けて、いやだ、つらい、やめて、恐ろしい……。
バンジャマンは、自分のものではない激情に揺さぶられる。
心がちぎれそうだ。
「じ、自分だって」
「だから、ぼくは強いから、良いんだよ。きみは、魔法使いじゃないんだからさぁ。ブラコン令嬢リュンリュンですら、リュンリュンとしか名のっていないというのに。バンジャマンのバは、おバカのバなのかな?」
リュンヌが、むっとした顔をする。
バンジャマンもひとこと言い返してやろうと思うが、全身が震え、立っているのもやっとのありさまだ。
「しかたないなぁ。鳥くん、悪いけど、協力してもらうよ」
言うと、シャルルは、ポンペットをむんずと両手でつかみあげた。
「闇よ――」
シャルルが詠唱を始めた。
バンジャマンの肩に覆いかぶさっていた重たいものが、引きはがされた。
引きはがされたものは、ポンペットの中にしゅるしゅると入っていった。
「ピキーッ」
ポンペットは、ジタバタしたが、シャルルは、さらに呪文を重ねがけした。
ポンペットのうす茶色の首が、くたっと折れた。
「ちょっと!」
血相を変えたリュンヌが、シャルルの手からポンペットを奪った。
「へいき、へいき。死んでないよ。この鳥は、ボア領で、おそらく魔物の死骸を食ったんだ。それで毒素に当たっていたのを、ぼくが取りのぞいた。その分、少し魂に『すきま』のようなものができていてね。そこに、いま、少年の霊をこごめた、というわけ」
シャルルは、淡々とタネ明かしをした。
バンジャマンは、少なからずゾッとした。
(これは、本当にあのシャルルなのか?)
自分のやったことを、まるで、ちょうどよい空き箱を見つけ、手に持っていたゴミを放り込むがごとくに説明する彼は。
明るく、誰とでもすぐ仲良くなって、軽やかに生きてきた友人が、まるで見知らぬ人のように見えた。
いや、人というよりは、血の通わぬ機械人形のようにバンジャマンには思えた。
「さて、では、このまま、鳥のなかに入れた霊を、きららちゃんに
シャルルは、にこにこと言う。
「ごめんなさい、シャルル。それはできないわ」
きららが、困ったように言った。
「呪文を知らないってこと?」
断られると思っていなかったシャルルが、驚いて問うた。
きららは、頭を振った。黒くて長いポニーテールが、さらさらと彼女の後ろで揺れた。
「そうではなくて。わたしは、彼とちゃんとお話がしたいの」
「どういう意味?」
「問答無用で祓うのは違うと思うの」
きららが、すぱっと言った。
「ええ?」
シャルルは、めんどくさそうに、光の乙女を見る。
寒いんだから、とっととすませて、温かいココアでも飲もうよとでも言いたげだ。
バンジャマンは、3年以上つき合いのある友人の表情を、そう読み解く。
シャルルがはっきりと言わないのは、いちおう、光の乙女というものに遠慮しているのだろう。
「ぼくも反対だ。ぼくから
バンジャマンも、反対した。
「バンジャマンまで……」
シャルルは、少々混乱している。
「シャルルくん、お兄さまは、……あなたの魔法の先生は、あなたにどのようにせよと命じたの?」
リュンヌが、ポンペットの背をやわらかく撫でながら、はちみつ色の瞳を、ひたと、シャルルに合わせ、静かに聞いた。
「どうって、もちろん、幽霊を……、ああああ〜っ!」
シャルルは、アッシュグレーの頭をガシガシとかきむしった。
シャルルは、ふうーっと、細く長く息をはいた。そして、呼吸を整えると、ぺこんと頭を下げた。
「ごめん、みんな。ぼくがまちがっていた。あせりすぎた。先生は、ぼくに幽霊を退治しろとはおっしゃっていない。幽霊事件を解決しろとおっしゃったんだ」
バツが悪そうに立つシャルルを見て、バンジャマンは、ほっとした。
シャルルは、本当にあせっていただけのようだ。
(そうだ、魔法士試験も間近じゃないか)
バンジャマンは納得できる理由を見つける。
おそろしいほど冷淡に見えたのは、きっと気のせいだ。
「理解してくれたなら、いい。正直に言うとね、きみがまるで――、魔法というものに酔っているように見えて、不安だったんだよ」
バンジャマンは、苦笑いした。
「わかってくれたようで、うれしい」
きららが、晴れやかに笑う。
シャルルは、ふたりを交互に見て、にっこり笑った。
「きみたちがいてくれて、よかったよ。バンジャマン、バカって言ってごめんね」
バンジャマンがよく知っている、いつもの少し甘えん坊のシャルルだった。
「ポンペット、リュンリュン、ごめんね」
シャルルは、リュンヌの胸もとに抱えられたポンペットに手を差し伸べた。
「ヒーッ」
それまでぐったりしていたポンペットが、キッと首をもたげると、シャルルの手を激しくつつき始めた。
「うわっ、この鳥、仮病つかってた! いた、痛いって! リュンリュン、ちょっとなだめて!」
リュンヌの腕の中から飛び出たポンペットは、羽ばたきながらシャルルをつつき回す。
「わたくし、ブラコンですので、お兄さま以外の
リュンヌがつーんとそっぽを向いた。
「ごめんてばー!」
シャルルが叫んだ。
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💫次回更新予定💫
2025年11月6日 木曜日 午前6時46分
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