水無瀬夫妻の馴れ初め
六斗仁
プロローグ 人生の通知表
「結婚式は人生の通知表だ」と誰かが言った。
確かにそれは、一理ある。
しかし、この
いや、いない。
新緑が輝き、雲一つない晴天に恵まれた、5月のある日。
京都市左京区に
「う、うひゃぁ~。すごい人が、いっぱい……」
控室に居並ぶ列席者たちを前に、
「結花さん、もっと気楽に行きましょう。別に取って食われたりしませんから」
初々しい花嫁に、
「ほら、深呼吸して」
「すー、ふぅー。すー、ふぅー」
「落ち着いてやれば、大丈夫です。私がついてますから、ね?」
「は、はい! がんばります! すー、ふぅー!」
「フフ……その意気です」
どこまでも健気な結花の姿に、薫の顔がほころぶ。完璧に整えられた前髪の奥で、
(ああ、やっぱり綺麗な人……)
結花は、自分の夫となる男に思わず見惚れ、頬を染めた。すでに同じ屋根の下で過ごしているというのに、未だにこの造形美に慣れず、どぎまぎすることが多い。
(大丈夫、薫さんがついてる。落ち着いて、平常心で……)
「やあやあ皆さん、お久しゅう!」
「両陛下ご訪問の時以来ですね、このメンツが揃うのは」
「いやあ、こんなめでたい場で集まれて良かった。一時はねえ、どうなることかと思いましたからねえ」
「ええ、ええ。あの二人がこの街に
わいわいと盛り上がる重役たち。その部下たちも、
そして――皆容赦なく、新郎新婦へ祝福と期待の視線を向ける。それはもはや、「二人の幸福を願う」などというレベルを超えた、まさに
しかし、それもそのはず。
二人は先日、京都全域を震撼させた、ある重大事件を解決したのだから。
「結花さーん! もう一回、こっちに目線くださいな!」
「今度はアップで撮りますよ! ほら、レンズ見て~」
「は、はい!」
「いきまーす、さん、にい、いち、はい! さん、にい、いち、はい! いいですよ、可愛いですよー!」
その後ろから、黒髪の男が気だるげに声を掛ける。
「吉乃お前、何枚撮るねん。コスプレスタジオやないんやぞ」
「いいんですー。
「ええー、だる……」
吉乃と風磨は、結花と薫の縁を取り持ち、事件解決に貢献した立役者だ。二人はこの後の披露宴でも、新郎新婦の
「風磨、もっと下から構えて。それだと顔に影ができるでしょう」
「へいへい」
「はい、は一回!」
「へい」
相変わらずな二人のやりとりに、結花は思わず苦笑する。
「ふふっ。吉乃さん、張り切ってますね」
「ええ。昨日も彼女、遅くまで馴れ初め紹介の練習をしていたそうですよ」
「そ、そんなに気合を入れて……?」
「はい。結花さんがこの街に来たあの日から今日までの軌跡を、
「うー。なんか恥ずかしいです……」
「フフフ……仕方ないですね、こればかりは。実際、私達の馴れ初めについては、ここにいる皆が聞きたがっているでしょうから」
「そ、そうかな……? そうかも……」
結花の脳裏に、ここ2ヶ月の間に起こった、様々な冒険の記憶がよぎる。
(――本当に、夢みたい……)
それは――彼女が身売り同然の状態で水無瀬家に嫁ぐことになってから、今の幸せに至るまでの、まさに大奮闘の軌跡だった。
「皆様、お時間となりました。これより
巫女が告げる。
ガヤガヤとしていた控室の空気が、ぴん、と引き締まり、皆が表へ歩み出た。
ほどなくして、下鴨神社の参道に、
(ああ、私……本当に結婚するんだ)
遅れてやってきた、確かな実感。いつの間にか、緊張の糸はほぐれている。
結花は、落ち着いた表情で前を見つめた。
そよ風が、白無垢の袖を揺らす。
やがて、巫女が始まりを告げる。
「それでは皆様。いざ、参りましょう」
新郎新婦は、少しの間、見つめ合い。
ゆっくりと神域へ歩き始めた。
――これは、後に「
水無瀬夫妻の馴れ初め 六斗仁 @rokutojin
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