無意識な想いは人を翻弄させる

 火曜日の朝。いつも通りの朝でいつも通りに出社していつも通りの業務をこなし、いつも通りに残業となった。

 昨日のことがあったのに、小幡さんは普通だった。そう、いつもと変わらずだったのだ。

 えっ、なんでと思ったが、あの小幡さんだ。特に深くは考えていなかった発言だろう。

 私だけが無駄に悩んでいただけだ。

「………………」

 むかつく。その一言が当てはまると思われる感情が湧き出してくる。

 小幡のくせに……。

 昨日とは違った意味での感情に、今日は心の中でもさん付けなんてしてやらないんだから。

 しかしだ。今日の残業は周りもそれなりに残っている。小幡さんと話そうにも、内容が内容だから大っぴらに話すわけにはいかない。といっても私もすでに今日中のタスクは終わっていた。

「お先に失礼します」

 挨拶をして帰る瞬間、小幡さんと目が合った気がしたが一瞬のことだったから気のせいだろうということで会社を後にした。

 水曜日も火曜日同様な状況でお先に帰宅し、なんとなくそんなこともあったなくらいの記憶の霞み具合になった木曜日。

 順調に帰れてたのが嘘のように今日は忙しかった。

 仕事の割り振りというか、波というかおかしくないかと思うが急な案件が入ったそうで、そのしわ寄せが末端にもきたのだ。

 周りもそれなりに忙しいが、一人、また一人と先に帰っていくのを今日は見送る側に。

「やっと二人っきりになりましたね」

「………………」

 顔を上げると小幡さんがこっちを見ていた。

 その言い方やめれ、と思ったが周りを見渡すと小幡さんの言っていた通り、みんな帰っていってしまっていたのだ。

 ここらでいっちょ、好きって言ってたのはどういう意味での好きなんですか、と聞こうと思っていたのに。いざ聞こうとなるとその文章であっているのかとか、このまま言ったら自意識過剰女にならないかと不安になってしまう。

 いや、でも……。

 …………まぁ、聞かなくてもいっか。

 結論。最後の最後で聞くのはやめることにした。

 聞かなかったことにしてなかったことにしてしまえばいい。

 好奇心で聞いてしまうと、色々と良くないのは身をもって知っているから。聞かないで平和に過ごせるならそれに越したことはないはずだ。

「この前のことですが冗談とかではないですから」

 ピシッ。体が固まるというのはこういうことだろうか。

「なんとなく小山内さんが気にしている様子だったので、きちんと伝えた方がいいかと思いまして」

「あ、はい。ありがとうございます?」

 これはお礼を言うべきなのだろうか。聞くのやーめた、と思っていてのこれだから別に嬉しくない。

 なんなら聞きたくなかったくらいだ。

「なかったことにされそうでしたし、それはそれで寂しいなと思いまして」

「……そうですか」

「はい、そうです。小山さんに先を越されてますし、少し焦ってしまいましたが好意があるのは事実ですので」

「おっぱい以外で?」

 話したのはここ最近だ。好意を抱くところなんてどこにあったのだろうか。

 私にはわからん。考えてもわからん。さっぱりわからん。

 それよりもだ。

「なんで小山さんのことを?」

 小山さんに好意を寄せられていたが、小幡さんがそれに関係してるとは考えてすらいなかった。なんなら知っているとも思わなかった。

「小山さんとはライバルなので」

「………………はい?」

 ライバル、という単語についつい聞き返してしまう。

「小山さんは以前から小山内さんのことを好意的に見ていたようで、それがここ最近の話でわかりまして。そのおかげで私もここ最近、小山内さんへ好意があることに気がつけたといったところですかね」

「そうなんですか?」

「はい。そうなんです。小山内さんのおっぱいも魅力的ですが、人柄も魅力的だということを話していくうちに知っていき好きになっていたようです」

「あっ、ありがとうございます」

「いえ。あと、さっきの質問ですがおっぱい以外にも興味はあります」

「あ、はい」

 まさかのおっぱい以外にも興味がある宣言と、意外と好かれていたという予想外のことに脳内はフリーズ状態だった。

「先週、小山さんと昼食をご一緒した時に告白したと聞きまして。小山さんと肩を並べるには私も告白するしかないなと思いまして」

 うん。肩は並べなくてもいいよ。並べないで。私が困るから。そんなことで肩を並べられても困るから。

「小山さんは振られたと仰ってましたが、可能性はあると言っていたので、なるはやで私も告白してみました。どうですか? 可能性はありますか?」

 先週に続き、今週も人から好意を寄せられてモテ期到来なのは嬉しいはずなのに、なんか嬉しくない。

 二人ともくせ者すぎる。私には手に負えない。

 好きか嫌いかの二択なら二人とも好きに傾くが、付き合う付き合わないの二択なら二人とも付き合わないに傾くのが答えだろう。

「あの、すみません。お気持ちは嬉しいのですが、お付き合いはできません」

 ここはハッキリ、キッパリとにかぎる。

「じゃあ、おぱフレはどうですか?」

「………………は?」

「おぱフレとはおっぱいフレンドの略でして、お互いのおっぱいを高めていく関係ということですね」

「絶対に嫌ですね」

「なんでですか? 付き合うよりも抵抗はないと思うんですけど」

「あるわっ!」

 食い気味に返事をしてしまった。

 それは仕方ないと思うんだ。だってだよ、おぱフレってなんだよ。おっぱいフレンドの略とかなんだよ。おっぱいを高め合うっておかしいだろ。高めあったらどうなるんだよ。聞きたくないけど気になるだろ。好奇心旺盛なのはよくないと思いつつも気になってしまうけど、こんなの誰でも気になってしまうと思う。というか気になれ。

「小山内さんなら興味を持ってくれると思ったのですが、残念です」

「すみません」

 じゃないよ。つい反射で謝ってしまったけど謝る要素なんてなかったよ。むしろ謝ってほしいくらいだよ。

 このままだと話が変な方向にいきそうというか、すでにいっているが。これ以上変な方向にいかないように話を終わらせようとしたが、相手の方が一枚上手だった。

「じゃあ、仕方ないですね。私も小山内さんの好きなところを語っていきますね」

「いえ、結構です」

「いえいえ。遠慮しなくても大丈夫です。では、私が小山内さんを気になりだした頃からの話に」

 遠慮もなにもしてないのに勝手に遠慮してると思われ、しかも聞いてもいない話を聞く羽目になり。

 先週に続いてなんの修行なんだろうかとおもう展開に、心も頭もついていけず、とりあえず脳内では業務を早く終わらせようの一択しか思い浮かばなかった。


「小山内ちゃんはどっちに座る? 私の隣でもいいけど」

「いえ、小山内さんは私の隣に座るはずです」

 昨日がアレだったので、急いで帰ってやろうと必死に業務を終わらせた金曜日。

 無事に定時で帰れるやっほーいと思ったのも束の間で、帰り際にエレベーター待ちの時に小幡さんに捕まり、エレベーターに乗ると小山さんもいて、なんだかんだご飯を食べに行くことになり今に至るわけなのだが……。

 居酒屋さんの個室。私がどっちに座るかで話し合っている状況に、内心どっちにも座りたくないと思ってしまっている。

「小山内さんはどっちに座りますか?」

「小山内ちゃんはどっち?」

 二人の言葉にげんなりしつつも、帰らない自分優しいと思いつつ提案したのは……。

「小幡さんと小山さんが一緒に座ってください。私は一人で座ります」

 もちろん大ブーイングだったが、なら帰りますと言った瞬間、小幡さんが小山さんの隣に移動してくれて、一人で座るということを無事に確保できた。

 本当になんでこうなってしまったのか……。

 目の前では小山さんと小幡さんの会話が繰り広げられているのを聞きつつ、一緒にドリンクやご飯を注文していった。

 ご飯もお酒もすすみ、いい感じの具合になってきた頃。いまだに会話の中心は私のことだった。

 よく飽きないなぁ、と聞いていると途端に始まる二度見したくなる発言でも二人はやめる気がないようだ。

 個室でよかった、と何度思ったことか。

「じゃあ、こうしましょう。右は私で左は小山さんのにしませんか?」

「んー、いいわね、それ。左は私のだから小幡さんは触っちゃダメよ」

「それはもちろんです。小山さんもですから」

「ええ。それはもちろん」

「いや、どっちも私のですしあげませんし」

「え?」

「なんで?」

 え、なんで、じゃないから。やめろやめろやめろ。右も左も私のじゃーい。なんで左右のおっぱいを分け合いましょう的な話になってるんだよ。

 誰が、いつ、どこで、何時何分、地球が何回まわった時にそんなことを言ったんだよ。

「小山内さんが私らのどちらも選べないと言うので」

「小山内ちゃんがどちらか選べないなら、二人一緒ならと思ったんだけど」

「違いますね」

 私の発言に二人して驚いた表情をしていたが、驚きたいのはこっちの方だ。

「どちらとも付き合う予定もないですし、今後もないですから」

 そこから更に驚いた表情をしていたが、お構い無しに話を続けていく。

「私はおっぱいには興味もありませんし、誰かと付き合うことについても興味はありませんので。なので、どれだけ好意的に思われようがなにもないですから」

「……私達が浮かれすぎていたわね。小山内ちゃんごめんなさい」

「いえ、わかっていただければそれでいいので」

「うーん……。申し訳ないとは思うけれど、それはわかれないというか、わかりたくないというか……ねぇ、小幡さん」

「はい、そうですね」

「えっ?」

「小山さんがそういう感じでしたら、私からいい提案があるのですが」

 この後に続く言葉に嫌な予感しかしない。

 できれば言わないでほしいし、聞きたくない。小幡さんお願い言わないで。という願いは虚しく言葉は紡がれていった。

「恋人は無理でも、おぱフレになればいいのかと。前に小山内さんにも提案したのですが断られまして。今回はあの時より理解を深めてもらうためにプレゼンをしたいのですがいいですか?」

「おぱフレってなに? えっ、気になる。小幡さん続けて」

「では、小山さんにも理解を深めてもらうためにプレゼンさせていただきますね」

 私だけを置いてきぼりにして、二人だけでなにやら盛り上がってるうえに話も進んでいってしまっている。

「…………なんだこれ」

 私の呟きは二人の声に掻き消されていってしまい、なんならおぱフレについて夜通し語られることになったのだ。

 もちろんおぱフレについても断ったが、二人は納得せず。結論というか、このわちゃわちゃな今の感じのままでよくないですか、で無理矢理納得をさせて解散となったのはついさっきのことだった。

「いいお天気….」

 鳥がチュンチュンと鳴いていて、晴天。今さっきまでの出来事が、全てなかったかのような爽やかさに歩みを進めていく。

「…………まぁ、いっか」

 考えるのが面倒臭い。そんなのは来週の私がどうにかすればいいだけの話だ。

「帰って寝よ」

 二人のことやおっぱいのことなど忘れて寝たい。

 なんとなく走りたくなって、まだ誰もいない道を思いっきり走って帰った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小山内さんの憂鬱 立入禁止 @tachi_ri_kinshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ