無意識な視線は雄弁に語ってる
小山さんの部署に手伝いに来てから五日目。
お手伝いの期限は今日まででいいと朝礼で言われ、内心「よっしゃぁぁぁぁ」と思ってしまった。脳内でジャンプガッツポーズをしたくらいだ。
なにせ、月曜日に始まり残業では小山さんに私の好きなところや、自身のおっぱいについてかなり語られていたのだ。
正直、疲れた。疲労困憊だ。業務よりも疲れる。しかも、いまだに私もおっぱいが好きだと勘違いされているのも心外だったりもする。好きではないと言ったが、たぶん信じてもらえてない。
小幡さんと一緒にしないでほしい。頼む。同類はやだ。
小幡さんと一緒なのは小山さんの方だと思うのに、何故か知らんが仲間扱いされているのは解せぬ。
そんなこんなでもちろん、最終日の金曜日も残業で。
「今日で最後なんて寂しいわね」
「ソウデスネ」
やべぇ。棒読みになってしまったと小山さんの方を見るが、全然気にしている様子はなく胸を撫で下ろした。
「もう、こっちに異動しちゃえばいいのに」
「いや、私じゃこの忙しさで勤まらないので、自分の部署で安らかに働きたいです」
「あらあら。残念ね」
「そう言ってもらえて恐縮です」
引き止めてくれるのは素直に嬉しい。
「じゃあ、今日で最後だからより気にしてもらえるように、私のことや小山内ちゃんのことがどれだけ好きかを伝えていくね」
「それは遠慮しておきたいのですが……」
これさえなければ、この部署に異動してきてもいいかもと思っていたに違いないのだ。
「小山内ちゃんは本当にいい子。あとは、」
聞いていようが聞いてなかろうが、小山さんは話を続けていた。
小幡さんとは違った意味で強烈だ。
かつて、ここまで人に好意を向けられたことはあっただろうか。ない。記憶の限りない。残念ながらない。寂しいけどない。私にはこれといった恋愛経験すらなくて、少しだけしょげたくらいだ。
人からこれだけの好意を貰って嬉しいのはあるけれど、正直に言えば困っている。
私にはこれっぽっちも返せる好意がないからだ。
あったらどうなのかと言われると困るが、あったとしても困っていただろう。
「で、付き合ってくれる気になった?」
「なりませんね」
「そうよねぇ」
二日目から言われだしたお付き合いしてくれるかどうか、という確認も最初こそ戸惑っていたが五日目となればすんなりと返せるくらいにはなっていた。
順応力高い。グッジョブ私。
「今日で小山内ちゃんも最後じゃない。困らせたいわけじゃないから無理矢理付き合ってとかはないけど、少しでも意識してもらえたら嬉しいかなって……。それも困っちゃう?」
うぐっ。
思わず変な声が漏れ出そうになってしまった。
小山さんの私を見る目が優しいのような甘ったるいような気もするけど、それは気のせいだと思いたい。
そして、不覚にも小山さんの困ったような表情と、アンニュイな雰囲気と妙な色気にドキっとしてしまったのだ。
綺麗な人にこんな雰囲気や表情をされたら、誰でもドキっとはするだろう。というか、すれ。みんなドキっとしろ。
私だけじゃないはず、と思いたくて言い訳ばかりが脳内に浮かんでは消えていく。
「少しは可能性ってありそう?」
「…………」
少しの可能性とはどこまでの可能性なんだろうか、と考えてしまうと答えに言葉がつまって出てこなかった。
「これは、即答じゃないとなると期待してもいいのかしら」
「いや、そうでもないと言いますか……」
さっきまでの勢いはなりを潜めて、今では焦り一色となっている。
ありかなしか。と聞かれれば、なしよりのありなのかもしれないけど、期待を持たせたいわけではないのだ。
だけど、傷つけたいわけでもない。変に優しくするのは後々に自分へと返ってくると知っている。
「期待はしないでください」
こうするしかない。万が一でも億が一でも可能性はあるとしても、変な期待はよろしくない。
私が小山さんの立場ならそう思ってしまう。
「そうなのね。……残念。少しだけでも期待があれば嬉しかったんだけど」
違った。小山さんの立場になってみたけど、実際の小山さんは違ったようだ。
…………まじか。期待したかったのか。
いや、でも、期待させたとしてだよ。それで、やっぱりなしなし~ってなったらどうすんのさ。時間の無駄とか思ったりしちゃったりしないのか。えーん。わかんなーい。女心わかんなーい。
「やっぱり期待したらいけない?」
「………………だめです」
「やっぱりだめかぁ。小山内ちゃんなら押せばいけるかと思ったのに。期待させてくれたら、それを口実に色々とできると思ったのに~」
「………………」
はい、正解。己の考え方が正しかった。
少しの期待だけで、色々とされたらたまったもんじゃない。
今でも言葉責めでギリギリのところだと思っているのに。言い方はかなりアレだけど、言葉責めと言っても間違いないはずだ。
「じゃあ、期待しちゃだめだとしても想ってるだけなら許してくれる?」
「まぁ、それなら……」
人を好きなるのは自由だし、迷惑をかけないなら問題はないとは思う。それに、すぐに好きじゃなくなるのは無理な話だろう。たぶん。わからんけど。
自分にはそんなに好きになった人がいただろうか、と考えたが思い浮かばず、少しだけ隣にいる小山さんが羨ましくなった。
「じゃあ、最後の日だから堪能しちゃお」
「……そうしてください」
少なからず抱いてしまう罪悪感にそう言うしかなかった。
こうして最後の最後まで小山さんに好意を寄せられつつ、無事にお手伝いは終わった。
「どうでしたか?」
月曜日には自分の部署に戻り、なんだかんだで残業になり、いつも通り小幡さんと居残りになった時に聞かれたそれは、主語はないがなんとなくわかってしまった。
辺りを見渡すが、私らが話していても内容を聞かれる範囲に人はいない。
そのことにホッとしつつ、どう返そうか悩んでしまった。
どうしたもこうしたも、あのまま起きたことを話すべきなのかどうか。
自分で「小山さんに好意をもたれてて」なんてよう言えない。
こいつ、どうかしてやがるぜ……と思われたら嫌だ。小幡さんなら思いそう。偏見だけどなんか思いそう。
「忙しかったですよ」
ある意味、間違ってはいない。忙しかったのは本当のことだし。
「……そうですか」
含みのある言い方と視線が気になってしまう。
「なにかありましたか?」
「小山さんが小山内さんを気に入っていたので、このまま小山さんの部署に行ってしまったら寂しいなと思ってました」
ここ最近の付き合いだが、寂しく思ってくれていたことが意外で驚いてしまった。そう思ってもらえて少しだけ嬉しくなった。
小幡さんのくせに……。
「私のおっぱいが帰ってきてくれてよかったです」
「は? 今なんて言いました?」
聞き間違いだと思いたい言葉に、確認のためにもう一度聞いた。
「私のおっぱいが帰ってきてよかった、と言いましたが」
「誰がっ、」
出てしまった大きめの声を手で塞いで自分で止めたの偉い。
本当に偉い。
「誰が誰の胸ですか。全然違いますから」
お前のおっぱいじゃねぇよ。と言いたいのを堪えて冷静に返せた私偉い。普通の人だったらブチギレてるか、即管理部に報告案件だろう。
さっき、少しだけ嬉しいと思ってしまった感情を全て返してほしい。今すぐに返してほしい。
「あっ、すみません。まだ私のではなかったですね」
「まだというか、ずっと小幡さんのではないですから」
そう告げると、残念そうな表情をしたような気がした。
いやいやいや。どう考えてもおかしいのは私ではなく小幡さんの方だろ。
私悪くないよね。なにも悪くないよね。
だって、私のおっぱいじゃん。ここ最近で急に小幡さんのおっぱいになるわけないじゃん。これからもなるつもりもないじゃん。
「まぁ、そういうことにしておきます」
鼻で笑ったような感じと、はいはい、みたいな視線に少しだけイラッとしてしまった。すまねぇ、小幡さん。
けどだよ、どういうことだよっ。おかしいじゃん、おかしいじゃん。大事なので二回も言っちゃうけどおかしいじゃん。
三回目とか言わないで。今、脳内が大変騒がしくなっておりますのでご容赦くださいませ。じゃなくて、違うんだよ。絶対になんか違う。私との相違な想いを抱えてるよ。絶対にそう。
「私と小幡さんとで考え方に違いがあると思います」
きょとん顔やめて。私がなにかおかしなこと言ってるみたいじゃん。
「そうですかね?」
「そうですよ」
なんだかんだと邪険に扱うことはしないのは、小幡さんのことは意外と嫌いではないからだ。絆されている自覚はある。大いにある。その点においてはかなり反省するべきものだが……。
小幡さんは変な人だけれども、おっぱいへの情熱は人一倍あるところを見ると、その情熱が少しだけ羨ましかったりもするのもあるのだ。
小幡さんにしろ小山さんにしろ、その熱量はすごいし尊敬はするけども、私は巻き込まれたくない。できればどこか遠くの方でやっていてほしい。
「言ってませんでしたけど、私も小山内さんのことが好きですから」
「は?」
突拍子のない発言に咄嗟に出た言葉は疑問符の「は」という音だけだったが、それに対して小幡さんからの返答はなくて。
「……デジャヴか」
先週を彷彿とさせるような出来事に、この後の展開が読めるようで読めなくて。今日がまだ月曜日なことにげんなりした気持ちになってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます