時間旅行社サポート窓口

鳥尾巻

コールセンター

「お電話ありがとうございます。こちら時間旅行社・サポート窓口、水成みずなりでございます。本日はどのようなご用件でしょうか」


 私はパソコンの前に座り、ハキハキとした声で口上を述べながら、ヘッドセットの奥から聞こえてくる顧客からの返答を待っていた。

 チャットでも対応しているが、電話をかけてくる人の中には緊急の場合も多くて緊張する瞬間だ。


『あのう……申し込んだのは僕じゃないんですけど。どうやら周りの誰かが時間を繰り返しているようなんです』

「ああ、気が付かれたのですね」

『そうなんです。同じことが何回も繰り返し起きているんですよ。他の人に言っても信じてもらえなくて」


 今回の案件はタイムリープのようだ。何らかの理由でその時間に留まっていたい人がそのサービスを利用することがある。申込者以外に気づかれることは滅多にないケースだが、時々自力でループに気づく者もいる。


 飛躍的な技術革新により、金銭面も含めある程度の条件を満たせば時間旅行を楽しめるようになった現在、持ち込まれる苦情の数も増えた。

 細かい規約を守らねばならないのは大前提だが、多少ミスがあったところで大まかな歴史が変わることはない。

『親(祖父)殺しのパラドクス』の問題は起こり得ない。過去に戻って自分の親を殺したとして、生まれるはずだった自分も消えてしまうという矛盾だが、後に未来でパラドクスになりそうな出来事が起こる可能性は予め除外されるのだ。


 一介のコールセンター務めの私には難しい理論はよく分からないが、「過去を変えても未来は変わらない」らしい。誰かが過去に飛んで悪の芽を摘んだつもりでいたとしても、それは必ず修正される。

 そもそも善悪の判断は曖昧で感情的なものであり、時間はそれに関与しないのだろう。誰かにとっての悪は、誰かにとっての正義かもしれないのだ。

 まあ、今はそれを考える時間ではない。私は手順に従ってお客様に声を掛けた。


「お客様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

『はい、坂田さかた英夫ひでおと申します』

「差し支えなければお電話番号と、都道府県からのご住所と勤務先もお願いいたします」

『住所は〇〇県〇〇市〇〇町5丁目9番地6、勤務先は株式会社B.K.Kです。住所は…

…あ、先輩! 外回りまだ待ってください。ダメです、行かないでくださいって!』

「坂田様? どうされました? 坂田様?」

『この電話もう30回目なんです。この後外に出た先輩の頭の上に看板が落ちてくるんで。ちょっと待っててください』

「はい、お調べしておきますね」


 何やら電話の向こうが騒がしい。30回目? 今までサポートセンターで対応しきれていなかったということだろうか。

 私は首を捻りながら、パソコンに向かって聞いたばかり(のはず)の情報を打ち込んだ。顧客に関係のある人物なら、個人情報を入力してみればAIが類似の情報を整理してくれるはずだ。

 効率化を考えるならAIにすべて任せてしまっても良さそうなものだが、社の方針でサポートセンターの電話は人間が担当することになっている。『未来と人に温もりを』だったかな。

 時間の干渉を受けないとされている記録データが表示されて、私は思わず目を瞠った。おや、これは……。


『はあはあ、はあはあ、す、すみません。どうでしたか』

「坂田様、たいへん申し上げにくいのですが、ご契約の内容は明かせないことになっております」

『もう気が狂いそうです』

「わかります。皆様そうおっしゃいます。こちらは契約者ご本人様にも解除できない特記事項がついておりまして、ループ開始後にご契約者様の記憶もリセットされる仕様になっております」

『なんでそんな回りくどいこと……』

「ご契約者様のご要望です」

『僕だけ記憶が残るのも不思議なんだよなあ』


 私の事務的な答えに、坂田様は大きな溜息をついた。それから坂田様は、先輩との出会いや最近の事情について簡単に語った。

 高校生の時、大学生だった先輩に家庭教師として勉強を教えてもらい、彼女に恋愛感情を抱いたが彼氏がいたので告白するつもりはなかったこと、それでも彼女に憧れる気持ちは止まず同じ大学・同じ職場を選んだこと、もうすぐ彼女は別の人と結婚する予定で自分の入る余地はないこと。自分にも彼女がいること。


『このやり取りも何度繰り返したことか。水成さんが最後に必ず言うことも分かっています』

「そうかもしれません。私の中ではまだ何も起きていませんが、おそらくそうなると思います」

『いろいろ原因考えて調べたんですよ。先輩がマリッジブルーになってるのかもとか、彼氏が浮気してるのかもとか、どちらかの両親に反対されてるのかもとか。ループの中で調べ尽くしたけど、どれも問題なさそうです。先輩の頭の上に落ちてくる看板も額を掠めるだけですから、少し時間をずらすことが出来れば回避できます』

「さようでございますか……」

『あ、もしかして僕が契約者ですか? ってこれ前にも聞いたな』

「お答えできません」

『そうでしたね。ははは……。分かってますけど、水成さんの言うことは最後の手段にしたいなあ』


 坂田様は力なく笑った。私は話を聞くうちに、なんとなく自分が言うであろうことが分かってきた。

 彼氏がこれでは付き合っている彼女も気が休まらないだろう。何年も想いを引き摺った挙句、先輩の結婚をきっかけにさらにダメになっていったのだろう。仕事も辞め家に閉じこもり、周りの人間とも向き合わず……と、備考欄に記載してある。本人も突破口は分かっているはずなのに、告白して玉砕する勇気が出ずにループを繰り返している。


 なにしろ、契約者は坂田様の彼女なのだ。彼女は彼が自ら気づいてきちんと向き合って、想いを手放すことを望んでいるのだ。未来の憂いはしっかり摘んでおきたいという強い意志を感じる。

 彼も彼女もなかなかに執念深い。過去を修正したとして、果たして未来は変わるものだろうか。

 ただのシステムサポート要員なのに、なぜ私は恋愛相談を受けているのだろうと思わないでもないが、こういうことも『温もり』とやらに含まれているのかもしれない。


 多分、私が言うことはひとつ。

『さっさと告白してフラれて自分の恋人に向き合いなさい』だ。

 いずれこの記憶もリセットされてしまうのだろうが、何度でも言うだろう。人はやった後悔よりも、やらなかった後悔を長く引き摺るものだ。



「……お電話ありがとうございます。こちら時間旅行社・サポート窓口、水成みずなりでございます。本日はどのようなご用件でしょうか」


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