第8話 妻の誇り
倒れ込んだ
「
虚脱感に耐えながら、
門の中から
『
「やかましい! お前は大人しく封印されてろ!」
意識を失った
「儀式ってのは、毎回こうなのか」
「
それで貧血を起こしたんだろう。
若い
「そうか……」
「お前、なぜ
その姿を見送った
「あいつめ、まだまだ若いな」
****
私の頭を、誰かの手が撫でている。
その心地よさに溺れながら、ふわふわとした感覚を覚えていた。
意識が少しずつはっきりしてくる。
……私、儀式の途中で倒れちゃったんだっけ。
ゆっくりと目を開けると、目の前には
「目が覚めたか」
私は小さく頷いて答える。
「うん。ここ、寝室?」
「そうだ。着替えは済んでるから、そのまま寝ているといい。
もう儀式の朝は、朝食を抜く真似をするんじゃないぞ」
あー、そういえばほとんど食べないで儀式に挑んだんだっけ。
あれがよくなかったのか。
私は唇を尖らせて答える。
「
きょとんとした顔の
「そうなのか? ちゃんと妻として扱ってるつもりだが。
入籍もしたし、法的にも俺たちは夫婦だ」
「形だけの夫婦じゃない……そうじゃなくて、その……」
『女として扱って欲しい』は、今の私には言い出せなかった。
さすがにそれは、恥ずかしすぎる。
私が言い淀んでると、悟さんが私に告げる。
「今はまだ、もう少し眠っておけ。
昼になったら昼食が届く。それを食ったら、また寝るんだ。
寝る子は育つと言うしな」
また子ども扱いしてる……。
私はむくれながら目をつぶり、
「分かりました! 眠ればいいんでしょ!」
「いい子だ。今日はなるだけ傍にいるから、安心しろ」
……私が欲しいのは、そんな言葉じゃないんだけどな。
疲れ切ってる私は、目をつぶっているうちに意識が遠くなっていった。
ただ頭を撫でる
****
遠くで着信音が聞こえた。
私の意識がぼんやりと浮上して、耳に声が届く。
「ああ、
食事? 今夜か……いいよ、わかった。その時間で。
車で迎えにいくから、待ってて」
――なにその明るい声?! 私を相手にしてるときと、まるで違うんだけど?!
思わず目を開けた私の前には、見たこともない笑顔で電話する
そんな笑顔、私にも見せたことないのに。
心が締め付けられるように苦しい。
自分が惨めに感じられて、大粒の涙が零れ落ちていく。
電話を終えた
こちらに振り向いた
「……なんで睨んでるんだ?」
私は
「
恋人がいたから、私との結婚が不服だったの?
結婚初夜、私に手を出さなかったのも、恋人が他に居たから?
「俺の秘書だよ。今はオフィスで俺の不在を切り盛りしてくれてる」
「綺麗な人? 年齢は?」
「……美人だよ。年齢は同い年。二十五歳だ」
年上美人か。勝ち目がないな。
私は喉から漏れる嗚咽に耐えながら、
「
本当は
私なんて、本当はいらなかったんでしょ?」
泣いている私の頭に、
私はそれを手で払って、体を起こして悟さんに告げる。
「子ども扱いしないで! 私は貴方の妻なの!
確かにまだ十八歳で、高校も卒業してないよ?!
でも、入籍した正式な妻は私じゃない!」
睨み続けている私の頭を、
私は
そんな私に、
「すまない、
どうすれば納得するのか、教えて欲しい」
「――子ども扱いしないで! 妻として、女として扱ってよ!
私だけが
それなのに形式上は夫婦だなんて、おかしくてたまらないわ!」
私はまだ子供で、恋愛対象じゃないのかもしれない。
じゃあなんで、入籍なんてしたの?!
これなら法律上でくらい、夫婦じゃない方がマシだった!
暴れ続ける私の体を、
文句を言おうとする私の口を、
――これって、私のファーストキスなんだけど?!
茫然とする私は動きを止め、
私と重なり合っていた唇が、そっと離れていく。
「……わかった。これからは
だから今は暴れたりするな。体力を消耗してることを忘れるなよ。
元気になったら、また相手をしてやる――女性としてな」
――それって、妻として見てくれるってこと?!
私は期待に胸を膨らませながら尋ねる。
「期待……してもいいのかな?」
「今はまだ、キスまでだ。二十歳になったら、子供を作ろう。
そこは俺の、大人としてのけじめだ」
――これは、完全勝利では?!
私は頬が緩むのを我慢できず、両手で顔を隠していた。
私、
照れている私に、悟さんが告げる。
「愛してるよ、
私は黙って頷いた。
『愛してる』って言いたかったけど、胸がいっぱいで言葉にならなかった。
私はただ黙って、
****
昼食が運ばれてきて、私はベッドの上でおかゆを食べた。
「ねぇ
「そのスケジュールはキャンセルしてもらった。
取引先との会食だが、まぁ取引には影響がないだろう。
先方には俺の事情も伝えてあるしな」
やっべ、夫の仕事の邪魔しちゃった?!
私は上目遣いで
「その……ごめんなさい。私のわがままで」
「新婚二日目の男に、ビジネスの会食を持ちかける先方が悪い。
気が利かないにも程があるってもんさ。
普通、三日はスケジュールを入れないもんだ」
そういうものなのか……。
私はおかゆを口に運びながら
「これからは、お仕事の邪魔をしないようにするね」
「そうしてくれ。こんな甘い対応は、今だけだぞ?
これでも社長業は忙しいんだ」
私たちの視線が絡み合う。
どちらともなく笑いだし、私たちの温かい時間が過ぎていった。
****
夕食の時間になり、大座敷に座る。
私は食事を前に、「いただきます!」と告げた。
続くように
私がお爺さんを見ると、お爺さんも気まずそうにお箸をおいた。
「いただきます……これでいいか?」
私はニッコリと微笑んで頷き、お箸を取って食事に手を付ける。
今日の夕食はなんだか美味しいぞ?!
たくあんを齧りながら、お茶を少し味わう。
「
私はきょとんとして
「いいけど、何をしに?」
そして薬指をつまみながら告げる。
「ここに、きちんと印が必要だろう? 『俺の妻です』ってな」
――それって、結婚指輪!
「ほんとに?! 本当に結婚指輪を買いに行くの?!」
「注文してから少し時間がかかるから、それまでは我慢しておけよ?」
「うん! 我慢する! どれくらいかかるの?!」
「たぶん、一か月か二か月くらいじゃないか?
私は眉をひそめて答える。
「えー! そんなに待つの?! 待ちきれないよー!」
「やっぱり子供だな、
「子ども扱いしないでってば!
「いや、それは困るんだが……」
私たちの会話を聞いていたお爺さんが、楽し気に笑いだした。
「仲が良さそうで何よりだ!
その調子で、元気な長女を生んでおくれ」
あー、次の巫女になる子供か。
それを考えると気が重たいな。
――でも! 私と
私は
私たちは家族で夫婦。妻と夫で、いつかはお父さんとお母さんになる。
元気な子供を産み育てて、私も立派なお母さんにならないと!
そしてたくさんの愛を注いで、その子たちにも愛を知ってもらうんだ。
幸せな私の夕食は、お腹と胸を満たして終わった。
****
「こんな感じの指輪がいいかも?」
私の言葉に、
「じゃあこれで。あとはイニシャルと日付を入れてくれ」
採寸を終えて、発注を済ませる。
どうやら一か月で届くらしい。
私は
青空の下で、私たちは微笑み合う。
「ねぇ、ちょっとカフェにでも行かない?
その後はブライダルショップにも行こう!
喪が明けたら、結婚式もしないとね!」
「いいよ、
結婚式は妻の為の儀式だ。
サポートは俺がするから、心配するな」
私たちは手を握りながら、カフェに向かって歩いていく。
四月の陽光が降り注ぐ中、私たちは歩いていく。
照り返す石畳が、今は私のバージンロード。
私は妻としての誇りを胸に、二人でカフェに入って行った。
鎮魂の巫女 みつまめ つぼみ @mitsumame_tsubomi
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