エピローグ

7-1

 映像研究会の立ち上げ宣言をした後、俺を待っていたのは質問責めだった。

 真一からは「……また裏で色々と進めやがって」と拗ねられてしまったので、ただひたすらに平謝りをした。

 敦からは「俺もエキストラして参加させてくれ!」とラブコールを受けたので、「善処するよ」と玉虫色の返事をしておいた。

 相内からは「なるほどー。三木くんが女装していたのはヒロイン役だからなんだねー」と意図した通りの理解を示されたので、「その方がインパクトあると思って」とその見解が間違っていない事を伝えた(後付けではあるが嘘はついていないつもりだ)。

 だけど最後に「男の子にヒロイン役をさせるなんて、もしかして水上くんってそっち系?」という、俺の性癖を疑うような発言が出てきたのは誠に遺憾ではある。

 恋ヶ窪からは「三木くんの女装は全然いいけど、椋梨さんが同好会のメンバーにいるのはどういうこと!?」と俺が予想もしてなかった方向にツッコミが入ったので、答えを返すのに困窮してしまう。

 ひとまずはあることないこと言って誤魔化したが、なんで椋梨もメンバーになっているのか、その理由をしっかりと考えないといけない。

 和希からは「三木とはいつ仲良くなったんだ?」と当然の疑問を投げかけられたので、「バイト先が同じだったんだよ」と用意していた答えを返す。

 なるほど、と和希は納得していた。そしてもう一つ質問をする。「作品はどこかで公開するのか?」と。これは想定していなかった質問だったので、咄嗟に「文化祭で公開予定!」と考えなしに回答した。

 はっきり言えば穴だらけだ。急ごしらえだったので、叩けばいくらでも埃がでる。

 しかし、それでもなんとか筋書き通りに事を進めることができた。

 三木が言っていた通り、この場をやり過ごすことができても、またいつか三木の女装問題は再燃する可能性がある。だから、三木が女装をする理由と、俺たち三人が一緒にいる口実を作る必要があった。その結論が映像研究会の設立だ。

 言うまでもなく映研が頭に浮かんだのは、この間大学生の映研を見てしまったから。我ながら単純で恥ずかしい理由だが、あの時の大学生たちに憧れてしまったのだ。

 自分たちで台本を考え、構図を模索し、与えられた役割を演じ、ひとつの作品を作り上げていくという作業が、とてつもなく魅力的に思えた。

 それを三木や椋梨とすることができたらどんなに楽しいかと。

 しかし、それは俺にとっての理想であり、二人にとってそれが望ましいことなのかわからない。そのため二人に対しては、勝手に巻き込んで申し訳ないという気持ちだった。

 …………でもさ、だけどさ。今のこの現状はどうかと思うんだよね!?

「レン! さっきのあれはなんだ! なにがヒロインだ! なにが水上蓮の童貞作だ! 童貞はすぐ先走るから嫌なんだ!」

「ひでー!?」

 放課後の教室。最後に集まってからそれほど日数も経っていないはずなのに、どこか懐かしい。一時期はもう二度と集まることもないと諦めかけていた。

 けど、俺たち三人はここにいる。苦難や困難を乗り越え、ようやくたどり着いた。

 だから、俺を待っているのは以前のような安らぎの時間——————そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 教室に着くなり、仁王立ちの三木(女装済み)と椋梨に正座を強要され、かれこれ一〇分くらいはぐちぐちと文句を言われている。

 いやさ、椋梨についてはさっき「レンくんのためならどんなことも協力するよ」みたいなこと言ってたじゃないか。だから安心して巻き込んだつもりだったんだけど。

 ……それに、ちゃんと「その言葉忘れないでくれよ」って確認とったし。……ってことを言ったら「これは想定してなかった!」って逆ギレされたんだけどな。

「これだから童貞は……! A○の見過ぎで激しくガシガシやれば女の子は気持ちよくなるって思ってるみたいだけど、それって逆効果だからね!」

「ねぇ!? なんの話!?」

 というわけで、今は俺がいかに童貞であるかを懇切丁寧に語る、というのがトレンドになっており、言葉のナイフがグサグサと刺さっているが二人の口撃は止まらない。

「今回のレンくんのオ〇ニープレイの話に決まってるでしょ! これくらいのことなら事前に相談してくれてもよかったじゃん! 『ギリギリまで話せない……俺、揺らいでしまうから』って格好つけてた割には、全然大したことでもなかったし!」

「もうやめて! 俺のライフはゼロだよ!?」

 いやもうおっしゃる通り、三木とか椋梨に相談すればいいレベルのことで、水面下でコソコソと動く必要もなかったよ。

 けどさ、凌さんとか、みつきとか、店長とか色んな人に相談して、最後は自分で考えますと言ってしまった手前ね、そこは自分で出した結論を押し通したいじゃん。

 後半はバリバリ深夜テンションになっていたし。そんな中でこのアイディアを思いついた時は、「俺って天才じゃね!?」って感じで、つい舞い上がっちゃったんだよ!

「なんかもう完全に自分に酔ってたよな」

「ぐはっ!!」

「俺はどちらの関係も守る(キリッ)じゃないんだよ。だいたい、誰のせいでこんな風に話がややこしくなったと思っているんだか」

「ぎへっ!!!!」

 自分のこれまでの勘違い行動を三木につらつらと指摘される。やめて……本当に死ぬ。死因が悶絶死で明日の朝刊に名前が載ってしまう。

 もしかして、俺がやったことって余計なお世話だったんじゃ————

「……で、同好会ってのはなにか特別な申請がいるのか?」

「へ?」

「うーん、部費とかがいらないのであれば、別に個人でやる分には問題がないはずだよ。撮影とかには学校の許可がいるかもだけどー」

「ちょ! どうしたんだよ、二人とも急に!」

 さっきまで説教モードだったのに、いきなり同好会を始めるにあたっての具体的な話になっている。あれほど嫌そうにしていたのにどういう変化だ。

「どうしたもなにも、レンくんが決めたことでしょー。モモヨたち三人で映像研究会を始めるってー」

「でも二人とも乗り気じゃなさそうだったし……」

「別にモモヨは相談してくれなかったことに怒ってるだけで、映像研究会自体には反対してないよ! もともと演技への憧れはあったしー」

「け、けど……三木は……」

 映像研究会を立ち上げたのは、俺が作家志望だったこと、椋梨が演劇をやりたがっていたから、その方が都合いいのではという割と身勝手な理由からだ。

 もちろん三木の女装理由を作り出すという側面はあるが、それ以外、三木にとってはこの提案にメリットはない。

「まったく、レンくんはまだわかってないのー? ハルちゃんはなんでも最初は否定する天邪鬼さんなんだからさー、さっきの言葉も真意のわけないじゃん」

「ぼ、ボクは別に天邪鬼なんかじゃないぞ! 本当にカメラ前で演技をするっていうのは……しかもボクがヒロインなんて……」

「よく聞けばわかるでしょー? ハルちゃん嫌だとか、やりたくないとは一言もいってないでしょー?」

 ……たしかにそうだな。三木遥っていうやつはこういうやつだったよな。

「なぁ、三木。一生のお願いだ。俺の作る物語のヒロインになってくれ」

「————————レンがそこまでいうなら」

 即落ちだった。恥ずかしそうに顔を背けながらも、たしかに三木は俺たちと一緒に活動することに了承してくれた。

「やったー!! これでまた三人一緒だよ!!」

 喜びを爆発させた椋梨は、両腕を俺と三木の肩に回して全体重をかけてきた。倒れないように必死に踏ん張っていると、肩のあたりに柔らかい感触が……。

 ブラジャー越しでもわかるその弾力に、脳が蕩けてしまいそうになる。

「…………(ギロリ)」

「すみません」

 同じく肩を組まれている三木には俺の状況が理解できたのだろう。

 思いっきり睨まれた。三木だって男なんだからこの喜びはわかるはずだろ!?

「ねーねー! もう作品のイメージとか決めてるのー!?」

「それは未定だな……。それとさ、ちょっとだけいいかな」

 椋梨が肩に回していた手を丁寧に振りほどいて、二人と向き合う形で立つ。これからも二人とうまくやっていきたい。だから、ちゃんとケジメはつけたかった。

「今回の件、二人には迷惑をかけた。本当にごめん! そして、俺みたいな半端野郎を受け入れてくれて……ありがとう!」

 心からの感謝を二人に伝えたかった。

 俺の道化的な気質は簡単に変わらない。それでも変えよう、変わりたいと思ったのは、二人と過ごす日々のおかげだった。

 二人と出会えたことで、演劇のようだと感じていた青春にも、もっと真剣に取り組んでみたいと思うことができたのだ。灰色の生活が色を持ったのだ。

「……迷惑なんかじゃないよ。こちらこそありがとう。今回のレンくんは泥臭くて、なんかダサかったけどさ。等身大のレンくんって感じがして私は好きだよ」

 椋梨は優しげに微笑んだ。その笑顔はいつになく上品で、椋梨の方こそ等身大っぽくていいじゃんと思ってしまう。

 俺たちにはまだ互いに知らないような一面がたくさんある。だから、これからもっと色んな椋梨のことを発見していきたい。

「……レン、あのさ。ボクからも一つ言いたいことがあるんだ」

「三木から俺に?」

 なんだろう、またなにか爆弾発言だろうか。

 最初に女装姿を見た時も衝撃だったが、特に驚いたのは放課後の教室に呼び出され、「セーラー服を着たい」と宣言されたことだ。

 今思えば、あれが俺たちの始まりなんだなと感慨深い気持ちにさせられる。

「レン。ボクのことを見捨てないでくれてありがとう」

 なんだ、そんなことか。あの時ほどのインパクトは全くなかった。

 それに対する俺の返答は決まっている。

「当たり前だろ。……ハ、ハルカは! 俺にとって大事な友達なんだから!」

 やばい。堂々と言い切るつもりだったが、恥ずかしさには勝てなかった。

 俺、水上蓮という人間は「はじめて」が苦手だ。友達をはじめて名前で呼ぶことも、スマートにできない。

「は、は、は、は、はるかって!!」

 だけど、俺以上に取り乱しているハルカの姿を見て安心した。

 俺さ、ハルカから、初めてレンって呼ばれた時すごく嬉しかったんだ。 

————————なんてそんなことは絶対に本人には言えないけど。

「ずるいー!! なんでハルちゃんは名前呼びなの! モモヨのことも名前で呼んでよ!」

「椋梨はなんか椋梨なんだよな」

「ムキー! 名前で呼ぶまで、絶対に家に帰さないからね!」

 放課後の教室。そこには交わるはずのなかった三人が集まっている。

 道化、ビッチ、女装癖。

 俺たちが紡ぎ出す物語はまだ始まったばかりだ。

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【4作目】ミキハルカはどうしてもセーラー服を着たい あぱ山あぱ太朗 @apayama_apataro

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