第14話
<イベント開始の一時間前/ライブ会場>
「ひっく…………、ひっく……。あ、ありがと」
香子はしばらくして戻って来ると、濡れたタオルを千歳に渡す。
「あ~、恥ずかしい。あんな泣くつもりなかったのに。うぅ~……」
千歳は濡れたタオルに顔をうずめて唸っている。
「古雪先輩はそうかもしれないですけど、おれは先輩の本心が見えた気がして嬉しかったですよ」
「だとしても! ちっちゃい子供みたいでイヤなんだよ~」
「ふふふっ。少し吹っ切れたみたいで良かった」
「ちょ、ユラち!? 撫でないでってば~!」
「「あはははっ」」
一時は酷く顔色の悪かった千歳だが、不安な気持ちを吐露し受け止めてもらえたおかげで随分と良くなっていた。
緊張が走っていた雰囲気も和らいで皆、さっきよりも肩の力が抜けていた。
「さて、開場時間から考えてあと三十分ってところかな~」
「そうですね。一通り確認ができる程度だと思います」
「うん。それじゃ、皆でいいステージにしよう!」
<イベント開始数分前/控室>
白を基調としたフリルが印象的なライブ衣装は、ステージに立つ彼らを浮足立たせるだけでなく気を引き締めてくれる。
「この衣装、ひらひらで可愛いって最初思ってたけど、着てみたら体のラインがはっきり出るから大人っぽくてカッコいい!」
七緒は体を揺らしフリルが靡く様子を楽しむ。
柔らかなブラウス生地で上半身はゆったりとした雰囲気で、腰はハイウエストパンツでシルエットが引き締まる。パンツにはプリーツが入っていて歩く度に揺れる。
「みんなよく似合ってるね」
「そういうユラちもね~」
「前から思ってたんですけど、星名先輩ってスタイルいいですよね」
「うんうん。今日のゆら兄、モデルみたい!」
この四人の中で身長が最も高いゆらは特に衣装のせいか足が長く見える。
「そ、そうかな……? へへ……、照れるな」
こうやって談笑しながら出番を待つ。
彼らがライブを行う会場ではファッションショーが催され、ライブはオープニングアクトとして場を盛り上げる役割を担う。
ステージではファッションショーで使う花道も利用して、客席近くでパフォーマンスを行う予定だ。
アイドルのパフォーマンスとしては一風変わったものとなり、観客の反応に期待を膨らませる。
「失礼します。皆さん、移動してください」
ドアをノックし開けると、香子が四人に呼びかける。
ぞろぞろと部屋を出て行く中、永翔は一歩遅れて動き出す千歳に目が留まる。
「古雪先輩、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがと。皆のおかげでさっきより全然良くなったよ。不安が全部消えたわけじゃないけど、ちゃんと“皆がいる”って思えてるから。だからきっと大丈夫」
きっとこれは自分に対しても言っているのだろう、と永翔は思った。
不安な気持ちを静めるために言い聞かせているのだ、と。
そう簡単に過去を乗り越えて恐怖も不安もなくなりはしない。それは永翔も同じだった。
とにかく最善を尽くす、それが今できることですべきことなのだから。そうしようと努めるだけだ。
「はい、そうですね……!」
不安なのは自分だけじゃない、そう思えば多少は心も軽くなる。また互いに支え合い、助け合えばなんとかなるという気にもなってくる。
永翔にとってアイドルとしての舞台は、前世から考えても初めての挑戦ではあるが、不思議と緊張よりも高揚感の高まりを感じていた。
<その後/ライブ会場>
『皆様、本日はご来場いただきありがとうございます! 本イベントでは——』
MCを務める女性がイベントの開始を告げる。
永翔たちは舞台裏で待機しその時を待つ。
「ふんふふ~ん♪ ふん~ん~♪」
「……余裕があっていいなあ」
大勢の観客を前に鼻歌を歌う七緒は頼もしいと同時に羨ましくもあった。
「そうかな? ライブできるのずっと楽しみだったから今も早く出たくてうずうずしてる!」
「そっか、おれはワクワク半分、緊張半分って感じだな」
ここに来て数週間が過ぎ、夢のような現実を受け入れつつもどこか浮ついた気分が抜けないまま有り得ないような青春を過ごしている。
現実であれば経験することのないことを数々体験し、日々刺激を受け続けている。
印象的な映画のワンシーンのように脳裏に焼き付いた現実での最期からは目を背け、輝かしい物語世界へと日に日に没入して、本当にこの世界の住人のように振る舞う。
現実で自分がどうなったかとか、もし現実に戻ったらなんて悪い予想しか浮かばない事柄には触れない。恐ろしい結末しか予測できないのなら、甘美な夢の中に浸っていたいと思うのは当然なのだろう。
不思議なことに“蝶野永翔”であることに違和感などもなく、それが当たり前だというように疑問すら湧かなくなっていた。段々と自分と彼の境界線が消えて同化するかのような、そんなような感覚を受け入れ流れに身を任せて過ごす。
そしてライブに対して感じる緊張感は、それが自分事として認識されていることの表れなのだと感じ取る。
だからもう一方の、高揚感に縋って不安は見て見ぬふりをする。
『それでは花舞学園から来てくれたアイドルの皆さんに登場してもらいましょう! どうぞ!』
『♪~~』
MCの人が喋り終えると曲が流れ出し、おれたちは笑顔で観客の前に姿を現す。
『♪——♪——』
曲と振り以外は何もかも違う数分に夢中になった。
頭上から降り注ぐライトの熱も心地よかった。
高揚感が不安と緊張を覆い隠して見えなくする。見えなくなったことをいいことに己を解放する。
歌詞や振りを間違えるかもしれない恐怖も、躓きやしないかという不安も忘れ去って注目を一身に浴びる。
前世でもそんな経験したことがないのに。
「あぁ、気持ちいい…………!」
まだまだ未熟で稚拙なパフォーマンスであることは仕方ないとして、今できるだけを一心不乱に歌い踊った。
「今日の永翔、なんかすごい……」
七緒は横目に見ながら圧倒される感覚を覚える。
下から迫りくるのではない。唐突に真横に並び立ってくる。それどころか自分よりも一歩前を歩いているような存在感。
「よく分かんないけど、負けたくないっ!」
『♪——!』
七緒の歌声に力強さが増す。
その変化にゆらと千歳も気づく。
「な~んであんなに楽しそうなんだか」
「ふふ。よっぽど楽しみだったんだろうね」
『『♪——♪——』』
取り残されまいと二人もその勢いに乗って歌う。
不思議だな~。ライブってこんなに楽しかったっけ……。
ううん。ボクも最初の頃は楽しかった。
ただ上を向きすぎてただけ、なんだろうな……。
「……ありがとう、エイちゃん、ナオち、そしてユラち」
<イベント終了後/帰り道>
「あー楽しかった‼」
「おれも! まだドキドキする……!」
「七緒くんも永翔くんも今までで一番いいパフォーマンスだったね」
「ユラちもちょっと触発されてたよね~?」
「だって、あまりにも楽しそうだったから……。そういう千歳くんもなんだか吹っ切れたみたいだね」
千歳にとってもいいステージとなったのかライブの後も上機嫌な様子だった。
「うん、そうだね~……。この仕事、皆とやって良かった。……本当に、ありがとう」
「千歳くん……。うん……!」
「……古雪先輩」
「ん~?」
永翔は立ち止まって神妙な面持ちで名前を呼ぶ。
他の三人も立ち止まり振り返る。
「おれは、やっぱり古雪先輩とも一緒にアイドルとして舞台に立ちたいです」
「…………本当にボクちんでいいの?」
「あなたがいいんです」
迷いなく答える永翔に千歳は目を見開く。
「ふっ……。そう、ならボクちんが誘いを断る理由はないよ」
「……っ! よ、よかったぁ!」
「永翔、やったじゃん♪」
「千歳くんと一緒に活動できるなんて、すっごく嬉しい……!」
「ユラちは大袈裟だな~」
四人は再び歩き出し軽快な足取りで帰路につく。
後日、千歳の加入申請の手続きを行い、“〒Trenddress”は再スタートを切った。
トップ・オブ・アイドル! 卯月里斗 @Uzuki_Rito
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