20 蜜の道(ハニー・ロード)は奈落へ至る

「レーザーポインターなんてものは、今どき文房具だ、事務用品だ。簡単に手に入る。このレンズだって、これ単品じゃ、どうってことない。けど、両方がそろえば、あらフシギ。人殺しの道具だ」

 ミツハルはひらひらとレンズを振った。


「以前、サッカーの試合で一部の悪質なサポーターが、敵チームの選手の目を狙って、レーザーポインターを当てるって妨害、というか傷害を行ったことがあるって、知ってるか。つまり、レーザーポインターてのは、そのくらい遠くからでも、効果があるんだ。そしてこのレンズを組み合わせれば、ロングレンジの殺人レーザーのできあがりってわけだ。このレンズなら、一瞬で頭を撃ち抜くことだってできる。個人が携行できるものとしては、上出来すぎるほどの性能だろ? 所持品検査ったってなあ? どっちもただの事務用品だぜ」

 再び一馬かずまの頭の芯が、ぐらぐらと揺れ始めた。殺傷用のレーザー。人殺しの道具の一部として開発されたもの。――そんなものを俺は、綾子あやこに。


「どうしてそんなものを作ったの……」

 綾子がこぼしたのは、問いかけなのか、糾弾なのか。あるいは、心をかき乱すものを無意識に口にしただけなのかもしれない。


「そりゃ、売れるからね。人殺しの道具は売れるんだよ」

 こともなげにミツハルは言ってのけた。

「世界のどっかは、必ず戦争してるだろう? 兵器は、人殺しの道具は、需要があるんだ。侵略に必要だし、侵略から国を守る方だって、結局は兵器で対抗するしかない。人殺しの道具を作ること自体は罪でもなんでもないしな。兵器の製造メーカーがなきゃ困るよな? どこの国だって、自分を守らなきゃならないんだ。兵器の製造が違法で絶対に許されないなんて、そんな国はないはずだ。高校生だろう、そのくらいの理屈はそろそろわかるんじゃないの」


 それはそうかもしれないけれど。

 でも。


「暗殺道具だってそうだよ。必要としている人はいる。暗殺をビジネスにする人もいるし、そんな人を公費で雇うところだってある。人の命を奪う道具を扱うのって、食いっぱぐれがないんだよ。むしろオイシイじゃん」

 がんがんと何かをたたく音が、頭の内側で響いている気がする。これは何だろう。何の音なんだろう。自分はさっきから何を聞かされているんだろう。


「きみらさあ、高校生なんだよね? こんな時代に生きていかなきゃいけないんだから、もうちょっと賢くというか、したたかに生きるってことを考えた方がいいんじゃないかなあ」

 ふっと小さくミツハルは笑った。……ひどく見下して来る目つきに思えた。それでなくとも、綾子につきまとったり、強引に連れ去ったり縛り上げたり……襟元に触れたり! 一馬も、自分の意思で乗り込んだとはいえ、意識を失わされたり縛られたり、さんざんな目に遭っている。かみ殺すには不快感はあまりに巨大すぎて――ふと気づいた。綾子は、ストーカーを「おじさんふたり」と言っていなかったか。綾子の顔と名前を知っていて、強引にさらったので、こいつらがストーカーだと思ってしまったが。確かに年上ではあるけれど、こいつらはどう見ても20代前半か中盤……おじさんと言って言えなくはないか。でも、確かもうひとりいなかったか? 江平えびらにひねられていたあいつは、もうちょっとばかり若かったような。待て待て、俺が昨日の帰り道で気になった、サングラスした男は……大学生くらい……こいつらの年齢とほぼぴったりじゃないか? 顔立ちまでははっきり覚えてなくて自信がないけど。そうなると、おじさんふたりってのは何だ。綾子に、大学生くらいじゃなかったかと聞いたら、はっきりと否定された、もっと上だって。どういうことだ。おじさんふたりってのはただの監視役で、この場にいないだけか。いやそれなら、大学生までが綾子を監視に来る必要はないんじゃないか。……何がなにやらさっぱりわからないが、はっきりしているのは、ビジネスチャンスと称して高校生を拉致監禁するような連中が、目の前にいるということだ。こんなやつらが上から目線で、何の説教を垂れるつもりなのか。


「もう、うすうす察してるとは思うけどさ」

 ミツハルは一馬の視線の意味に気づかないのか、すっかり偉そうだった。

「今の世の中、がんばったって、そうそう報われない。がんばったねってほめてもらえるのは、せいぜい高校までかな。その先は、要領のよさがものをいうんだ。この世には、必要な努力と無駄な努力がある。受験勉強とか、中小企業に対する就職活動とか、実家の家業継ぐとか、無駄の最たるものだ。まあ、キャリアにハクをつけるために一流大学を卒業しておこうっていうなら、勉強する価値はあるかもしれないけど。でも、将来ってことになるともう、何になりたいかじゃない。実業家になるか、一流企業に勤務するっていうのが、人生として一番効率がいいんだ。それ以外は全部くだらない、いつAIに取って代わられてもおかしくない、無駄な職業だ」


 一馬と綾子とは、目の前にいるこの男がはっきりと、人として重要な何かに欠けていることを察した。


 コイツは……コイツらは、明らかに、おかしい。


「なんなら、オレたちの弟子にしてやろうか。ついてくるなら、必要な努力だけをさせてやる。最初はちょっと厳しくいくけどな。ビジネスマナーとか先輩への気配りとか、電話応対のしかたとか、接客とか。あと、客に興味を持たせるための話術とか、余計な他人の蹴落とし方。それさえ身につけば、たいがいのことはできるようになるぞ。オレなんか以前にいたところじゃ、生身の人間より電話でしゃべった方が何倍も多いってくらい電話漬けだった。あいつは――」

 途中で、後ろにいるマツシマをちらっと見る。

「――高級バーで働いて、女性客たくさん抱えて、いっぱいお金払わせていたから、接客に関しては一流だ。オレたちはそういう下積みがあって、自分たちで起業するのは初めてだけど、先輩とか見てたからなんとなく要領わかるしな。これだけ下積みすりゃ、初めての分野の起業に挑戦するとしても、なんとかなるって自信もつく。オレは大学生になってからこの道入ったけど、お前高校生だろ? がんばれば、がっつり儲けて、楽しく暮らせるぜ。ていうか、高校生のうちから研鑽けんさん積めば、オレより早いかもな。将来自分で事業始めたっていいし、コミュ力磨き抜いたら一流企業でも通用する人材に成長できる。人生楽しく過ごせるぞ」

 話のどのポイントからか、ミツハルは一馬だけを見つめ、綾子を無視している。


「一緒に来いよ。地道な努力がバカらしくなるくらい、稼がせてやる」

 ミツハルは、一馬を見据えて、言った。






※※※


※作中の手法によって、レーザーポインターを用いて人を殺害するのは、本文中にあえて記述しなかったある理由により、実際には非常に困難であり、現実的ではありません。しかし、レーザーポインターを人に向けるのは、危険な行為であることは事実です。人体、特に顔に向けるのは、絶対にやめましょう。

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