19 捕らわれて

 それにしても、ここはどこだ。


 ふたりの男――最初に一馬かずま綾子あやこに声をかけてきたミツハルと、ミニバンの運転を担当していたマツシマだった――を警戒の中心に置いたまま、一馬は視界の端で周囲を観察する。――倉庫か。いや。小さな店舗だった建物、だろうか。片隅に寄せて什器じゅうきが放置されていて、あとのスペースはがらんとしている。入り口は2カ所。片方はおそらく建物正面、しっかりとシャッターが下ろされ、時々風を浴びてがしゃがしゃと揺れる音が神経をかきむしる。片方は側面、ごく普通のドアだ。こちらも閉められているが、鍵がかかっているかどうかはわからない。天井の照明は、蛍光灯だろうか、1カ所は切れかかっているのか、不規則に明滅しながら内部を照らしている。窓はおそらく裏手の方角に1カ所。とても小さく、模様が彫り込まれたデザインのガラスで、昭和を思わせるセンスだ。ぼんやりと外の光が感じられるものの、景色は見えない。外からは、明かりがついているかどうかも見通せないだろう。床はコンクリートで、床板かパネルを剥がした跡がはっきり視認できる。こいつらが所有しているんだろうか、それとも無断使用か。そもそも俺はどうやってここまで……ああ、車に乗ったんだ。自分から無理やり。こんなやつらの中で綾子をひとりにさせてたまるかと思って……それで、走り出した車の中で、しばらくこの目の前の男ともみ合いになって……どうなったんだっけ? 殴られたのか、変な薬でも嗅がされたのか……意識が飛んでいる。


 まあひとまず現在のところ、そのあたりは後回しにしておいてよさそうだ。



「よう、おふたりさん」

 ミツハルは、古い木の椅子に座ったまま、手にしたスマホを軽く振った。

「兄ちゃんのコイツは、預かっておいたぜ。GPSとはなかなか用心深いな。切らせてもらったけど」


 ――やはりか。覚悟はしていたが、失望は否めない。立場が逆なら自分もそうしたに違いなかった。こちらを縛るときに取り上げたのか、それとも意識を奪われてすぐか。そういえばイヤホンの感触もない。抜き取られたか、あるいは車の中に落として誰も気づいていないというパターンもありうる。麗人れいとたちがまだ回線で連絡を取り合っていたら、内容は全部こいつらに筒抜けだ。――いや、木坂きさか麗人のことだ、あいつはあれで抜け目がない。この程度のことは予測して、一度回線を切るくらいのことはするだろう。だがGPSを切られたのは致命的だ。……あいつら、ここを見つけることができるだろうか。


「そんでさあ、綾子チャン。ネックレスはどうしたのよ、ネックレス」

「……えっ…………」


 無頓着なミツハルの問いに、かすれ声が背後からこぼれる。事態についていけていないのだ。一馬の方だって、何が何やら、である。


「ネックレスだよ。丸っこい。つい最近、買ったのかもらったのか知らんけど。彼氏とのお出かけに、つけて来てないわけ?」

 ミツハルの声が、いら立たしそうな色彩を帯びた。


「ネックレス……?」

「体に聞こうか?」

「やめろ」


 立ち上がったミツハルを、一馬は全身全霊でにらみつけた。なるほど、そのために綾子の首まわりを確かめたというわけか。あの汚らわしい手で。


「俺が持ってる」

「どこだ」

 ミツハルばかりか、マツシマまで腰を浮かせた。


「チェーンが切れたんで、修理してもらおうって、俺が預かったんだ。このブルゾンの内ポケットに入ってる」

「本当だろうな」

「さっきのどさくさで落としてなけりゃな。落としてたら、俺も知らん」


 正直に一馬は吐いた。事情はよくわからないものの、彼らにとってあのネックレスが重要なものであることは理解した。渡す渡さないで時間稼ぎに使えなくもないだろうが、彼らがさらに乱暴に綾子の体へ手を伸ばす結果を招きかねない。素直にネックレスを差し出した方が何百万倍もマシだ。嘘が下手だという自覚もある。


 自分の左胸を、服地越しとはいえ男の手が這い回る不快感に、一馬は耐えた。


「――あった! コレか! ……なるほどなあ」

 つかみ出したネックレスを、ミツハルはしげしげとながめた。やはり、一馬が綾子に贈ったこれを、彼らは捜していたのか。直径3センチばかりの球状、半透明で、オーロラのような鈍いきらめきをたゆたわせる飾りが、金具とチェーンでぶら下がっている。ミツハルは椅子に戻って行き、受け取ったマツシマも「へえー」と感嘆している。


「そのネックレスは何なんだ? それくらいは、聞く権利あるよな?」

 一馬は真っ向からたずねた。ネックレスを手に入れたミツハルとマツシマは、ようやく余裕ができたのか、一度顔を見合わせて、にっと笑った。

「こいつはな、金もうけのタネなんだ。まだ試作品だけどな」


 ……それだけで、わかるわけがない。反応の鈍い高校生たちに、ミツハルは座り直して、説明を続けた。


「こいつはレンズなんだ。新しく開発されたレンズの試作品だ。こいつを量産すれば、オレたちは大儲けできるってワケだよ」


 ミツハルが語ったのは、おじさんふたりが麗人たちに明かした事情とほぼ同じだった。サクマ光学製作所が、ある企業から依頼されて開発したこと。ミツハルたちが、そのレンズを自分たちにおろしてほしいと商談をもちかけ、つっぱねられたこと。サクマ光学製作所が、試作品を駅前で紛失したこと。その試作品がどうした流れか、誰かに拾われ、ネックレスに加工されて、綾子の手に渡ったこと。たまたまそれを見かけたサクマ光学製作所が、興信所に依頼して綾子の身元を割り出したこと。結果を受けて、さっそく綾子に接触しようとしたサクマ光学製作所は、家族に警戒されてしまったため、学校のある平日よりも土日の昼間に面会を申し込んだ方がよいと考えて、土曜日を待つことにしたこと。そうした情報を、自分たちは彼らの社内ネットに侵入して得たこと。だから――その前に自分たちが試作品を手に入れて、量産してくれる別の企業を探そうと思ったこと。


 自分のことが興信所に調べられていたくだりに、綾子が震える気配が伝わってくる。


「それで――」


 一馬は小細工なしに、ストレートに切り込んだ。

「――そのレンズは、何ができるんだ。大儲けになるポイントは、どこにあるんだ」

 けけ、とマツシマが喉の奥で笑った。


「こいつぁなあ、レーザーポインターの光をさらに集束させて、威力を増幅する効果があるんだ。わかるか? こいつがあれば、レーザーポインターで人が殺せるんだよ」


 一馬と綾子の神経に、インクの汚れた染みのようなものが、重く侵入してきた。

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