3.一馬、激怒する

21 伸びる毒牙

「半グレか」

 ミツハルの話に、つい、一馬かずまは口走っていた。


 この年齢で、高級そうなスーツを自然に着て、「地道に働くこと」を侮辱する価値観と経済力。拉致らち監禁をいとわない感覚と行動力。いわゆる暴力団とも違う何か。


 こいつらは、社会問題になっている「半グレ」というやつらではないのか。


     ◯


 半グレをざっくりと定義づけるなら、堅気カタギの人間とはいえず、さりとて暴力団でもない、グレーな存在であるといえるだろうか。暴力団ではないのだが、犯罪行為をためらわないという価値観に染まってしまった若者たち、とでもいえるだろうか。

 かつて、若者たちの一部は、愚連隊や暴走族という形で集まり、やり場のない感情を暴力に変えてまき散らしていた。現代でこれに相応するものが「半グレ」であろうか。


 だが、半グレがかつての暴走族と異なる、特異な部分もいくつかある。


 かつての暴走した若者たちの行動は、暴力が主だった。半グレたちは、暴力も厭わないが、知能犯罪も多い。いわゆる詐欺だ。やり場のない怒りに突き動かされた暴力だけでなく、他人を平気でおとしいれる行為が増えているのである。ただ、暴力行為に特化した半グレのグループも珍しくはなく、度が過ぎる事件はたびたび報道されている。去年の梅雨の頃、幣原しではらルイという女性に関連して傷害事件を起こし、それゆえに一馬たちが対峙することになった相手も、いわゆる半グレのグループだった。


 そして、かつての暴走族ほどには、ヤクザつまり暴力団と、密接な関係を持ってはいない。暴走族は、地元を縄張りとする暴力団に仁義を切って「ケツ持ち」つまり後見になってもらう必要があった、金を払って。半グレといわれる者たちは、暴力団とは距離をおいている。今どきの若者のほとんどは、現代の暴力団に魅力を感じておらず、面倒だとも思い、どうかすると軽蔑していることもある。加入する者も多少はいるが、だいたいの半グレは、暴力団とは「ビジネスパートナー」として、割り切って距離をおいてつき合い、利用している。現在衰退していると言われている暴力団の方でも、半グレとうまくつき合うことで、生き残りをはかっているのだ。持ちつ持たれつである。


 また、これも大きな特徴なのだが、彼らは暴力団や暴走族ほど、かっちりとした「組織」に縛られていない。加入の儀式もないし、脱退に関する厳しい掟もない。ゆるい仲間意識でつがなっているにすぎないのだ。気が向けば声をかけ、気軽に応じる。犯罪の目的や規模に合わせて、離合集散を繰り返す。ゆるいつながりの方が、気負いがなくて心地よいからだ。半グレの詐欺行為に関わってしまった若者が、自分でもやってみるかと見よう見まねで、自己流アレンジを加えて詐欺を始め、ちょっとしたつながりのある若者に声をかければ、あっという間に新しい組織が出来上がる。そこでまた詐欺のノウハウを学習して離れる若者がいる。警察が捜査に乗り込んでも、末端全員まで検挙することは困難だ。逮捕を逃れたひとりが、今度は自分で別の仲間に声をかけて……きりがない。


 警察は彼らを問題視しているが、抜本的な対策を打ち出せずにいる。半グレは、暴力団対策法が適用されないし、暴力団排除条例の対象にもならない。暴力団とは直接関係がないからだ。したがって、組織的に実態を把握することが難しいのである。ここが、暴力団が半グレをうまく利用したいポイントのひとつでもあるだろう。いつしか半グレたちは、特殊詐欺や暴行事件などで、暴力団に代わって「悪の元締め」「繁華街の顔役」になりつつある。巻き上げる金の額、手口の凶悪さで、現代社会を震撼させる存在になっているのだ。そんな悪事の限りをつくした一部の者が、何食わぬ顔で一流企業に就職していたり、堅気のビジネスを手掛ける実業家に転身している、という例も珍しくはないという。大勢の人々を踏みにじっておきながら。


 そんな社会情勢を、一馬はネットのニュースや新聞で、多少は知っていた。


     ◯


「電話漬けとか、高級バーとか、そういうことじゃないのか。嘘の話でだましたり、女の人に無理やり借金背負わせたりして、金を吸い上げているんじゃないのか」

「人聞きの悪い言い方すんなよ。まあ、わかりやすく言えばそうだけどな」

 やれやれという挙措で、ミツハルは肩をすくめた。


 一馬はぐっと歯を噛みしめた。こいつらは半グレだ。そして犯罪者だ。現に自分たちを拉致監禁している。

 しゃくではあるが、こいつらの言い分の一部は理解できる。確かに、現代社会で真面目にがんばっても、報われるとは限らない。だが、こいつらの言い分を飲むことは、綾子あやこをさらうという行為を受容することになる。それだけは絶対にできない。それに……こいつは今、すべての若者の進路の悩みを、あざ笑い、侮辱したのだ。


 なんだろう、この感情は。……一馬の中で、ふつ、ふつ、と沸き上がりつつあるものが、熱に変わっていく。蓋をしても、封じることはできないくらい、激しいものになるという予感がある。いや、この感情には、蓋をしてはならない気がする。


「なにが、がんばれば、だ。なにが研鑽けんさんだ。要するに、人を陥れて、ってことだろう」

「だからなんだよ」

 ミツハルは不快そうに、眉を寄せた。


「世の中、要領のいいやつが勝つんだよ。踏みつけにされる方が、要領の悪い、何も考えないで漫然と生きてるバカなんだ。オレたちは、ぼんやりしているそいつらから金を集めて、世の中に還元してるんだ。よっぽど経済に貢献してるぜ」

「ふざけんな!」

 脊髄せきずい反射で一馬は怒鳴っていた。時間稼ぎの駆け引きとか、そんな概念はとっくに吹き飛んでしまっていた。怒り。今まで感じたことがないほど激しい怒りが、一馬の中で煮えたぎっていた。木坂きさか麗人れいとに対するいら立ちなどとは、比べ物にならないほどの激しさだった。


「おいおい兄ちゃん、そう熱くなんなや」

 マツシマがにやにや笑いながら入って来たが、一馬にとっては火に油だった。

「そんな深刻にとらえなくていいんだ、どうせ生きるなら楽しく……」

「俺たちをこんな目に遭わせて言うことか!」

 半グレのふざけた言い分を、一馬は真正面から蹴り返した。お前たちは拉致監禁をしてるじゃないか、と。


 許さない。こいつらは絶対に許せない。綾子をこんな目に遭わせて。にやにやと笑いながら他人の人生と尊厳を破壊し、自分たちは賢い他人はバカだと言い切り、自分は清廉潔白な成功者ですという仮面を付け、見えないように舌をぺろりと出し、堂々と歩いて行く。こんなにも多くの犯罪を犯しておきながら!


「ああ、もうわかったよ、うるさい。黙ってろ」

 蚊に食われたほどの様子も見せず、ミツハルは一馬の口にガムテープを貼りつけて塞いだ。ついでに綾子の口にも貼る。

「バカとして生きる道を選ぶってことだな。なら好きにしろ。お前は自分で選んだんだ。オレたちは高みへ行く。そのときになって後悔しても知らんぜ」

 指先でガムテープをくるくると回しながら、ミツハルは一馬たちに背を向けて、マツシマのそばへ戻って行く。


「どうせ証拠もねえのに、好き勝手言いやがるぜこいつら。どうしてやろうか」

「さぁなぁ」

「捨てて行ってもいいけどな。もうこいつら、いいわ。ウザイし」

「捨てといて大丈夫か」

「どうせこんなとこ誰も来ねえよ。オレらも拠点移しちまえば、もう追っかけて来れねえだろ。オレらがどこの誰かもわかんねえだろうし」

「女も? フーゾクにでも沈める?」

「お前、女っていうとそればっかだな。借金漬けにしたわけでもねえからなあ」

「一応女子高生J Kだぜ。こういうスレてない感じを喜ぶ男、けっこういそうじゃん?」

「でも、弱みつかんだわけでもねえし、……ここから運ぶのもメンドクセエしな」

「捨てとく?」

「……せっかくだからヤリ捨てしとくか」

「オメーこそ、そのJKにこだわるじゃん。じゃ、おれカジタニに声かけて車動かしとく」

「お前はヤらねえの?」

「別にいいや。金にならねえ女はどうでもいい。手っ取り早くすましとけよ」

 マツシマが興味なさそうに出入口へのそのそ歩きだし、……ミツハルはいやに粘着質な光をたたえたまなざしを綾子に固定して、ゆっくりと立ち上がり、コートを脱いだ。


「綾子チャン。お別れに、ちょっとお兄さんと遊ぼうか……」


 綾子が息をのむのを、一馬ははっきりと聞いた。

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