第2話 門出
パチパチ……焚き火が破裂する音で目が覚める。
横たわっている体を起こそうとしたが、びくともしない。
体には布が巻かれており、血が滲んでいる。
嗅いだことの無い植物の臭いがしており、どうやら誰かが治療してくれたのだろうと分かる。
動ける範囲で当たりを見渡すが誰も居ない様子。どうやら救われたらしい。
湿度が高く、焚き火以外の光源が無い洞窟の様な場所であった。
ジャンゴはどうなったんだ…
声は相変わらず出にくい。無理に声を出そうとすると咳き込んだ。
その声を聞きつけたのか、暗闇から足音が木霊し、ずかずかと近付いてくる。
短髪の白髪で、短い髭を蓄えた男が現れた。
男は皮鎧の下に
「驚いた。目を覚ましたか。凄い生命力だな」
白髪の男は焚き火の近くの石を椅子代わりに座り込むと、持っていた干し肉と皮の水筒を投げて渡してきた。
エルバートが思うように声が出ないながらも、手で礼をしたことを視認すると、自分の分の食事を取り始めた。
「お前以外に生き残りは居なかった。村は全焼だ。運がお前に味方したのさ。その命をどう使うかはお前次第だ」
「……」 エルバートは男の横顔を見ながら、与えられた肉と水を摂取する。
喉が少し潤った際、少し傷が滲みたが、発声するには十分な潤いとなった。
「助けてくれて…ありがとう…食事も…」
それ以上のことは聞く気も起きなければ、話す気にもなれなかった。しかし、干し肉の塩味や、自分の血の味、水の
そんなエルバートに気がついた男は、エルバートに毛皮の布団を掛けてやると、傍に座った。
「生き残った。それが大切なことだ。死んじまったらそれまでだからな…」
男はそれ以上語ることも無く、エルバートが泣き疲れて眠るまで、ずっと傍に居てくれた。
時間がどれだけ経過したか分からないが、それから男は食糧を持ってきては、傷の手当を繰り返し行ってくれた。
「どうして俺を助けてくれるんだ?」
男は突然の質問に上を見上げながら、顎を撫で悩み始めた。
「そうだな…傷ついたお前を見つけた時……いや、単に性分だ。見捨てられなかっただけだ」
男はそう言ってまたどこかへ出かけていった。
男は詮索する訳でも無く、ただ看病を継続し続けてくれた。
少しずつ気持ちが
何が起こったのか少しずつ話し始めた。
男は相槌を打ちながら、黙って話しを聞いてくれた。
「一度に沢山失ったんだな…。兄弟分のジャンゴってやつの特徴を聞いて思うが、そいつは恐らく連れて行かれたんだろう。器……人柱か何か…」
男は思案に
確かにあの魔人は、 ジャンゴを庇って間に入った時
―「良いぜ、その威勢。お前は良い敵になりそうだ。だが、器には向かない」-
しかし、ジャンゴを器として攫ったため、他の村人は用済であった考えれば合点が行く。
色々考えを巡らせるだけでは魔人の思惑や、ジャンゴの行方は分からない。
「歩ける様になれば、ジャンゴを助けに行きたい」
エルバートがそう口に出すと、男はエルバートを眺め、何か考えていた。
「強くなりたいか?」
「無論だ」
男は何かを決心したのか、エルバートに握手を求める。
「俺の名はヴェイン。鬼道衆だ」
―鬼道衆……人外の狩猟を生業とする傭兵集団。特殊な人体改造により感覚の活性化、寿命の長寿化、筋力増強など、人外と渡り合うために生み出された存在である。最近では冒険者が一般的になり、命をかけた人体改造を行う者が減ったため、担い手不足が進んでいると村で聞いたことがある。
「俺の名はエルバート。今年15歳になったばかりのはずだ」
エルバートが握手を返すと、ヴェインは少し戸惑った。
「鬼道衆が怖くないのか?」
不思議そうな顔をしたエルバート
「命の恩人だし、自分の目や耳で聞いたものだけを信じたい。だから出自は関係ない」
鬼道衆は
ヴェインの話しによれば、どれも誤解があるようだが、歩ける様になれば、ここから一番近い鬼道衆の拠点で鍛錬してくれることになった。今すぐにでもジャンゴを追いたいが、未だにサネムラから受けた傷が痛むことや、今の実力では
動けるようになるまでは、ヴェインから稀少な世界地図を見せて貰ったり、様々な魔法や呪い、大変だった依頼の話しなど、沢山聞かせて貰ったりした。
一番面白かったのは、ある村で猫目が原因でウェアキャット(人狼ならぬ、
「与えられた食事は生魚しかなかった。その後、鬼道衆の仲間が、領主を経由して使者を送って寄越すまで、俺は檻の中で猫の親分だったよ」
その後、どこへ行っても猫に懐かれるというため、本当にウェアキャットなのかも知れない。
そんな生活を数日送り、エルバートはようやく歩ける様になった。
「そろそろ場所を移そうか。ここもいつまでも安全とは限らない」
「外は危険なのか?」
「焼けた村に残された物資を漁りに盗賊が集まっている。今見つかれば人身売買されるだろうな」
この世界では、行き場の無い人間は奴隷として生涯を送ることが多い。
「俺を見つけてからどれくらい経ったんだ?」
「5日目の夜だ。あれ程の致命傷を負いながらたった5日で歩ける様になるお前もなかなかだぞ」
ヴェインは移動する足を用意するため、いつもより遠出すると言ってでかけていった。
エルバートはすぐに出立できるよう、身支度を済ませる。
体の傷はまだ目立つが、動いても傷が開く様子はなかった。
ヴェインが置いていったのか、ロングソードが鞘に収まり置かれていた。
抜いてみると、サネムラと戦ったあの日、使用したものだった。
綺麗に磨かれているが、刃こぼれが激しく、切れ味はかなり落ちている様子。
まだあの日の痛みや恐怖が体に染みついている。
ジャンゴ…無事だと良いが…
仮眠を取ろうとウトウトしていると、話し声が聞こえてきた。
「あの冒険者が戻ってくる前に、荷物を物色しよう」
「ここ数日出入りする度、荷物を持ち込んでいたからな」
どうやら噂をしていた盗賊の手が迫っているようであった。
説得に応じる訳でも無いだろう。
エルバートはロングソードを鞘に収めると、それを握ったまま立ち上がり、焚き火の火を消すと、洞窟の暗闇に身を潜めた。
会話の声が近付くに連れ、反響し出したため、洞窟に侵入したことが分かった。
呼吸を整え、気配を消す。
「なんだ?焚き火を付けていたのか・・・煙いぞ」
「真っ暗で何も見えやしない」
盗賊は腰の巾着袋に手を入れ、何かを取り出す。
カチカチぶつけ始める。火打ち石だ。もう一人に持たせたたいまつに火を付けようとしている。
明かりを付けられれば、戦闘をしなければならないが、できれば交戦せずに終わらせたい。
エルバートは近くにあった石を握ると、盗賊達の背後の方に投げる。
カラカラと鳴り響く音に、盗賊二人は動きを止め、静になる。
「おいおいまさか帰ってきた訳じゃないよな?」
「速過ぎるだろ!?いつも1時間以上は間が空くはずだ」
「今日に限って忘れ物をしたとか!?どうする!?」
盗賊達は勝手に慌てふためいている。
「洞窟の奥に行って、暗闇に隠れれば、物を取りにくる間くらい誤魔化せるんじゃないか?」
「それ名案だな!行くぞ」
盗賊二人がこちらへ向かって来る。
残念だ・・・
エルバートは暗がりから飛び出し、剣の面で一人の頭を叩き抜く。
そのまま気絶して倒れた相棒を、もう一人は訳の分からない様子で呆然と暗闇を見つめていた。もう一人は後ろから回り込み、両膝を後ろから蹴り、そのまま腕で首を締め上げ、気絶させた。
「さて、どうしようかこの二人」
―それからしばらく後
焚き火が消えた洞窟を警戒しこっそり戻ってきたヴェイン。
「ほお…病み上がりなのに見事なもんだな」
縄で締め上げられていた二人の盗賊と対面した。
口には布を押し込まれており、叫べないようにされていた。
「入って来なければ手を出すつもりは無かったんだけど…。もう出立する?」
ヴェインは頷く。
「それよりその二人はどうする?」エルバートの問いにヴェインは少し悩む。
「亡き者にしてやっても良いが、盗みをしないなら、こいつらには利用価値がある。社会的にな」
ヴェインは暗闇の中、夜目で二人の表情を見定める。
二人は怯えており、震えている。
「死ぬのが怖いか?」
二人の盗賊は必死で頷く。
「盗みを辞めて、更生するか?」
変わらず二人は必死で頷く。
「・・・お前達にチャンスをやる。今からしばらくしたら、迎えの者を寄越す。そいつのために身を徹して働け。必ず後悔はさせない。だが、裏切るようなことがあれば、俺達鬼道衆がお前達をこの世界で一番きつい拷問にかけた後、死んだ方がマシだと思わせてやる」
二人の顔は青ざめていく。一人は失禁してしまったので、ヴェインは笑いながらエルバートに手招きして、洞窟の外へ行こうと促す。
ヴェインは優しい人物であると、改めて感じた。できるだけ傷つけず、機会を与える。エルバートはヴェインを尊敬した。
洞窟内で焚き火をしていたお陰で、太陽を少し眩しく感じる程度で済んだ。
久し振りの外は沢山の情報をくれる。
湿度の高い風。もうすぐ雨が降る兆し。上空の雲の流れが強いが、風上の雨雲の後は、快晴が待っている。通り雨だ。
思っていたよりも村から近い、森の中の洞窟だった。かなり遠くに黒く焼けた家の山が連なっている。
本来であれば、王国や領主の衛兵が、死体や家財を荒らされる前に、処理に動くはずだが、この数日間動きはなかったという。
恐らく、各地で同様の被害が出ている可能性が高い。
対応に間に合っていないのだろう。もしくは、サネムラに遭遇し、部隊を減らされてしまったか。
「村が気になるか?」
ヴェインに尋ねられるが、エルバートは次に進まなければならない。
「ジャンゴと一緒に戻るから、今は良い」
エルバートの中で、止めを刺す際、涙で歪む表情を見せたジャンゴとのあの瞬間から時間は止まっている。
ヴェインと過ごす時間の中で、少しでもジャンゴに近づけることを願い、歩みを進める。
洞窟の前に待機させていた栗色の馬が一頭。
ヴェインは慣れた様子で跨がると、エルバートに手を差し出し、馬の上に引っ張り上げる。
端から見れば親子の様な二人は、そのまま街道に沿って馬を走らせていった。
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