【10年記念中間突破】黎暁のエルバート
通りすがりの落花生
第1幕 黎(れい)
第1章 灯を求めて
第1話 始動
世界は時に残酷で理不尽である
それでも足掻き続けなければならないのだ
神々達は傍観を貫くとしたものの、中には“世界”という盤上で
平和に過ごしていた村が突然襲われるのも、
貧困街で育った少女が商人となり大成するのも。
はたまた
常にそれぞれの物語は出会いと別れ、
紡がれる物語の一つを読み解いて行く
さて、それでは開幕としよう
――
陽が落ちた森の中、木々の隙間から差し込む光が、木剣を交える少年達の姿を照らしていた。
二人は年齢に伴わない鍛錬された肉体を持ち、額の汗を拭いながら、相手の隙を探る。
風が二人の間を吹き抜ける。お互いに動きを止め、相手の出方を
頭上の木々のどこからか、風で落下した木の実が地面の枯れ葉に落ち、乾いた音がする。
その瞬間少年の内、切れ長の目をした方が鋭い突きを繰り出す。
紅葉の様な色をした髪の少年が頬に傷を作りながら、突きを回避し、反撃に剣を払う。
突きを繰り出した少年は半歩下がり、寸前で回避すると、払った剣をはたき落とし、紅葉色の彼の首元に剣を突き立てる。
「俺の負けだ。相変わらず強いなエルバート」
二人は汗を拭いながら距離を取る。
「ジャンゴだって良い線行っていたよ。まさか、かわされるとは思わなかった」
「おいおい、謙遜は止せよ。エルの腕なら騎士団にだって認められるはずだ」
剣の腕を見込まれている黒髪のエルバート。
彼は去年の冬、雪の中で倒れているところを、ジャンゴの両親に救われたが、それ以前の記憶が無かったため、
向かって紅葉色の彼……ジャンゴは、この村で育った少年だ。
「いつも手加減しやがって…いつかエルバートの本気を出させてやるくらいに強くなってやるからな」
「それなら俺はもっと強くならなきゃな」
二人は笑い合いながら、腹の虫が鳴く夕暮れ時まで鍛錬を続けると、帰り支度を進めた。
「ん…なんだか臭わないか?」エルバートの問いかけにジャンゴは鼻に神経を集める。
「確かに香ばしい臭いがするな…。木が焼けている臭い…」
二人は風上の方へ視線を向けると、黒い煙が上がっているのが見えた。
―村が燃えている…
二人は息をのみ、村の方へ掛けだした。
「なにかの間違いであってくれ…!」ジャンゴの顔から血の気が引いている。
「きっと大丈夫だ…」
二人が村の見えるところまで出た頃には、村は一面火の海になっていた。
「そ、そんな…」ジャンゴが膝を落とし、愕然としている。
「なあ、早くおじさんとおばさんと合流しないと…」エルバートの提案にジャンゴは頷く。
火の回っていない場所を通りながら、ジャンゴの家へ向かう途中。
二人は異様な光景を目の当たりにする。
浪人の様な装束を纏った男が、逃げ惑う村人達を刀で辻斬りしていた。
「逃げるばかりじゃつまらない。誰か、かかって来いよ!!」
男は楽しんでいた。
二人は今すぐにでも出て行きたいところであったが、木剣では時間を稼ぐこともできない。
ジャンゴの家の近くにある鍛治場であれば、調達出来るかも知れないと踏み、二人はそこへ向かう。
しかし、火元は鍛治場であった様子であり、一番燃えていた。
ジャンゴは人形の様に感情の無い表情をしていた。
エルバートが優しく肩に手を置くが、反応は無い。
「急ごう」
*
ジャンゴの家に到着するが、ここも火の海となっていた。家の外観は酷い火事だったが、家の中はまだ煙が広がっていなかった。
「母さん!父さん!居るなら返事をして!」
ジャンゴは勢いよく家の中に入っていき、両親の姿を探すが、どこにも姿は無かった。
ジャンゴの父は昔戦争に参加していた兵士であったこともあり、武具の類いは劣化しているものの、保管されていた。
金属製のロングソードを2本拝借し、二人は浪人の居た場所へ向かう。
二人が急ぎ戻った場所で、浪人の男があぐらをかいて待っていた。
周囲には村人達の死体の山と血の海。その中にジャンゴの両親の姿もあったが、事切れている。
「わっわっわっ…あぁぁぁ……」
何度も口を開閉させ、引きつった呼吸をするジャンゴ。
「…」エルバートはジャンゴに掛ける言葉が思いつかない。
「おおおおおおッ!!!!!」
ジャンゴは発狂し、怒りに任せて男に向かっていく。
「待てジャンゴ!怒りに任せて突っ込むな!」
エルバートの静止を聞かず、ジャンゴはロングソートを男に振り下ろす。
――甲高い音が鳴り響く。
「折角相棒が止めてくれたんだから、素直に一旦引けよ」
男は素手で剣の一撃を受け止めていた。素手…いや、手の平から刀?の様な金属が何本も延び出てジャンゴの剣を止めていた。
ジャンゴは剣を掴まれたまま、蹴り飛ばされたため、剣を奪われる。
腹を抱えたまま、悶えるジャンゴを
男はその姿に笑みを浮かべる。
「良いぜ、友達を庇うその勇気。恐れが無いのか…。お前は良い敵になりそうだ。だが、器には向かない」
よく分からないことをエルバートに向かって話す男は、手でかかって来いと煽ってきた。
エルバートはゆっくり間合いを詰める。
浪人の男は、死体の上に腰かけたまま、不気味な笑顔を浮かべ、目を見開いたまま、近づいてくるエルバートを目だけで追う。
かなり近づいても、男は襲ってくる様子が無く、まるで蜘蛛の巣に迷い込んだ虫が、蜘蛛に「美味そうだ」と狙わているような感覚を味わう。
互いに間合いに入ったタイミングで、剣を払った。
―刹那。待っていたッ!とでもいうように、男は突然動く。
同じタイミングで払われた刃同士がぶつかり、火花が散る。
男は楽しそうな顔をしたかと思えば、エルバートの目が追えない早さで、何度も撃ち込んできた。
受け身も取れない早さで、エルバートは致命傷を避けるだけの防御に徹することで精一杯であった。
「なんだよ!まだお前の剣撃を体に一度も受けてないぞ!攻めて来いよ!」
一撃一撃が重く、攻撃に転じられない。
少しずつ剣の振動に手が耐えられなくなってきたエルバートは、遂に剣を弾かれてしまった。
エルバートの眼前に刀の剣先が突きつけられる。
「俺の攻撃が見えているのかァ…?偶然にしては運が良すぎる…。ほとんど俺の攻撃を防いだな。面白い」
男は背中を向けて少し歩き出すと、手頃な人間の死体の山に腰掛ける。
「少し休ませてやる…次はこいつを使え」
男は自身の手の平から刀を伸ばして抜き取ると、エルバートの近くに突き刺さるよう投擲した。
「そいつを使って俺にかかって来い。俺は魔人のサネムラ。お前は?」
「俺はエルバートだ…」 相手が作った隙に甘えなければ、エルバートに勝機は無い。
「エル…俺が行くよ…あいつだけは刺し違えても倒す…」ジャンゴはエルバートの傍に刺さっていた刀を抜き取る。
「お、お前は俺の父さんと母さんを…うぐっ…殺したッ!絶対に許さない…!」
ジャンゴは突然、サネムラに向かっていった。
「よせ…止めろジャンゴ…怒りに任せて突っ込むな…!!」
目の前に現れたエルバートが両手を広げて立ち塞ぐ。
「どけッ!結局、エルからすれば、他人かも知れないけれど、二人は俺の大切な家族だッ…!」
「おい…落ち着け…そうじゃない…!アイツは普通じゃない!」
ジャンゴはエルバートを無理矢理に
「おいおいお前に刀は渡してねえぞ」サネムラが突然興醒めたような顔をし、向かってくるジャンゴを傍観していた。
「許さないッ…絶対にッ…」
ジャンゴが刀を振り払うのと同時、刀を掴んでいた腕ごと、地面にドサリと落ちた。
「うああああぁぁぁぁぁ…うぐぅぅぅ…」
ジャンゴは切断面の近くをぎゅっと握り、痛みと出血を抑えようとしている。
エルバートはジャンゴの止血をしようと駆け出すと、目の前に再びサネムラの刀が地面に刺さる。
「短い休憩だったかもしれないが、もうやれるか?俺も次があるんだ。早く収穫して戻らないと怒られちまう」
サネムラは元の不気味な笑顔と殺気の籠った視線をエルバートに送る。
凄まじい重圧、友の凄惨な姿。
エルバートは刀を握ると、サネムラに向き直る。
「ジャンゴ…今助けてやる…」
エルバートの静かな殺気にサネムラは胸の高鳴りが抑えられない様子で笑っていた。
先に動き出したのはサネムラだった。
音を置いて振り抜いた刀を、エルバートは刀で受け止める。
ぬうっとエルバートの顔に、自身の顔を近づけ、興奮した息づかいを振りまいてくるサネムラ。
「はぁ…俺の動きが見えてきたかァ?」
サネムラは半歩飛び
先程、防御に徹したことで型の癖は見抜けていた。
全ての斬撃を受け止め、サネムラに一閃。
彼の鼻柱に傷を付けることができた。
反射的に重心を後ろに倒したサネムラの戦闘センスは凄まじい。
目を血走らせ、鬼気として迫るサネムラの斬撃と渇望を
いつの間にか、エルバートは傷を負わなくなっていた。
刀の振り方について、渡された当初、ロングソードと違う振り方が必要であることに苦慮したが、
サネムラの動きを観察し、見よう見真似で振り抜いていた。
サネムラは心の底から楽しんでおり、疲れる様子は一切無い中、エルバートの息はどんどん上がっている。
このまま長期戦になれば、勝機は減るし、ジャンゴの状態もいつまで持つか分からない。
エルバートはサネムラに接近。
払われた刀を上から切り落とし、切断。刀が砕けたことに驚いているサネムラをよそに、エルバートは刀の向きを持ち直し、切り上げてサネムラの首に刃を食い込ませる。
「……っし!」エルバートが勝利を確信した次の瞬間。
―全身に痛みと熱が走る。
サネムラは体中から四方八方に刀を伸ばし、
身動きができないまま、自重で刀が突き刺さり、貫通していく。
だんだん力が入らなくなり、意識が遠ざかる。
「あぁ……すまねえ…お前の刀が俺に届くと思ってつい、焦っちまったら少し本気を出しちまった」
サネムラは刀を体に引っ込めると、壊したおもちゃを残念がる子どもの様に、エルバートの近くで座り込んだ。
「もうダメか?動けないか?」
エルバートは肺や喉等、様々な場所を貫かれ、声を出すことも、動くこともできなかった。
見えるのは、残念そうにしているサネムラの後ろで、腕を押さえながら、怯えて泣きじゃくるジャンゴの姿。
そして倒れた自分から広がる血の池。
サネムラはエルバートの死期を悟ると、ジャンゴに向き直って歩み寄る。残った左腕に刀を持たせた。
「残念だが、とどめはお前が刺せ。名誉なことだろう?友の命を背負って生きられるんだ」
サネムラは心の底から、純粋に話しているようだった。
ジャンゴはサネムラの狂気に触れ、笑いながら涙を流していた。
「お前がやらないと、俺がやらなきゃいけなくなる。気が変わる前に急げ」
サネムラは立ち上がり、エルバートに向かってくる。
焦ったジャンゴが立ち上がり、サネムラを引き留めようと腕に
「なら、お前に譲ってやるよ…早くしやがれ…」
サネムラに背中を蹴られ、エルバートの方へ転びそうになりながら、近づくジャンゴ。
エルバートは涙を流す。目の前に立ち、エルバートの背中に刀を突き立てるジャンゴの顔を見上げる。
「はぁぁっぐっ…エルゥ…ごめんよおぉ…」
ジャンゴは顔をしわくちゃにし、涙や鼻水を滝のように流していた。
そんな酷い顔して、見送るんじゃねーよ…それじゃあ俺が報われないだろう…
エルバートはそう思いながら「ごめんよ…」と囁く声と共に、意識を失った。
エルバートの背中に突き刺さった刀を見て、サネムラはどこか寂しそうでありながら
「まっ、こんなもんか…行くぞガキ」
サネムラは落ちていたジャンゴの腕を拾うと、持っていた刀でジャンゴの背中を
「エルゥ…エルゥ…ひっぐッ…エルッ…はぁぁ…」
ジャンゴはエルバートに刺さっていた刀を抜こうとする。
「何やってんだ?早く行くぞ」
ジャンゴは泣きじゃくりながら、暴れていたが、その声はどんどん遠ざかり、村の業火が焼け付く音に掻き消されていった。
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