第3話 ホーム


30分駆け足で馬を走らせた後、目的地にしていた隣村に到着。

その村にはまだ魔人達は来ていない様子であった。



隣の村は人の気配が少なくなっており、通行人に話しを聞くと、魔人の襲撃に備え、遠くの親戚の家に避難したり、家を空ける人が増えたりしているという。行き場の無い人達は王都を目指し、保護して貰おうと考える者も多いようだ。


ヴェインは渋い顔をしながら、エルバートを連れて冒険者ギルドに入って行くと、カウンターの受付嬢に何かを書き留めて直ぐに渡していた。

「洞窟の野党の引き取りを頼んでおいた。手配人だった場合、積みを償う必要があるからな」



彼は約束を守る男のようだ。


「おい見ろよ、鬼道衆がまた子どもを連れて歩いているぞ…」

「助けてあげたいけど…」


相変わらず世間受けは良く無いようだ。

そんなことは気にも留めず、ヴェインはギルドと併設している酒場のテーブルに腰掛けると、隣の椅子も引いて

エルバートに座るよう促した。


「きちんとした食事を提供出来なくて済まなかった。ここで好きな物を食べると良い」

渡されたメニューを見ながら、あまり聞き馴染みの無い食材よりも、聞いたことのある物だけを給仕に頼む。

ヴェインはギシッとテーブルに体重をかけ、エルバートにしか聞こえない程度の声で話す。

「ここから支部までは1時間くらいで着く場所にある。鍛錬とは言っても、基本的な武具の扱い方や、魔物、魔法、薬学についての座学。森で、社会で生き抜く術を教え込んでやる」

鬼道衆と言えば、死者が出るほど厳しい鍛錬をすると聞いたことがあったため、馬での移動中少し話題に上がったが、詳しく聞くのはこれが初めてだった。


「因みに、俺も人体改造をするのか?」恐る恐る尋ねると

「やりたいのか?」ヴェインは意地悪に聞き返す

「今すぐに考えられない。どんな副作用があるのか、何をするのか分からないことが多すぎる」

エルバートが悩んでいると、ヴェインは気さくにエルバートの肩を叩く。

「お前に受けさせる必要は無いと思っている。あれは病気や、衰弱した子どもが、治療法として選択した矢先、突然変異で人間から進化するためのものだ。お前は特段悪い所も無いし、十分素質もあるように感じる。そうだ、人間が作る酒や毒が全く効かなくなるぞ」


どこまでが本当なのか、ヴェインはふざけた笑みを浮かべつつ、給仕が持ってきた水や料理に有り付いていた。

彼は子羊のローストを注文していた。脂が乗って非常に美味しいのだという。

エルバートは麦パンとベーコン、目玉焼きのセットを注文。あの襲撃以来、空腹は感じない。

黙々と二人で久し振りにまともな食事に有り付いていると、冒険者ギルドで見るには少し浮いた連中が近付いてきた。

金色の縁取りが目に付く赤い外套を身につけた金髪の男と、その連れが2名。

どうやら幅を利かせている高貴な身分の者だろう。


「おい、そこの鬼人!俺達の席で何をしている!」

周囲の冒険者達は静まりかえり、視線を釘付けにする。

「おぉ!これはこれはロブレスト領主のご子息、ケインツ様ではありませんか!そうとは知らず座ってしまって申し訳無い」

ヴェインは席から立つと一礼する。

「謝辞は要らぬ。早く退け、汚らわしい」

ヴェインが退いた椅子に座ろうと、彼は横を通り抜けようとするが、ヴェインに足を掛けられて、転倒する。


彼は憤慨し、腰の剣を抜剣すると、ヴェインに差し向けた。

「ええい!俺の顔に泥を塗るか!」周囲の冒険者達がざわめく。

「申し訳ありませんが、この掃き溜めはあなたの様な高貴な方がいらっしゃる場所ではございません」

取り巻きの二人に起こされながら、何を言うか!と激昂している。

「ここは毎日生き死にをかけて、生活や夢のために戦う戦士達が休む場所だ。冒険に出たことが無ければ、訓練以外で剣を振ったことが無いあなたの様な方が幅を利かせる場所じゃ無い。出て行け」

ヴェインの迫力に気圧され、ケインツはびくびくしていた。

「もしもこれ以上余計な真似をするなら、俺が直々にロブレスト家を歴史から消してやるから覚悟しろ。そして、領民を魔人から護れ」

ケインツはぐうの音も出ない様子で、付き添いを従えて出て行った。


傍で見ていた冒険者の1人が「ありがとう」と声をかける。

「すっきりしたぜ!いつも偉そうにしてよ!」

「今回の魔人襲撃だって、領民の保護について全く動いていなかったらしいし」


普段から思うところはあったのか、皆思い思いに愚痴をこぼしだした。


ヴェインは席に戻ると、改めて食事を再開する。

「良かったのか?領主って偉いんだろう?」

ヴェインは鼻で笑う。

「良いかエルバート、偉いヤツってのは、従うヤツが居て初めて偉くなれるんだ。慕うヤツが居ないのに、偉そうにしたって、誰も動きはしない」

「あんた脅したろう?歴史から消すって」

「昔本当に鬼道衆が動いて消された貴族が居たんだ。それから奴らは困った時には最大限俺達を贔屓ひいきする様になったが、困って居なければ邪魔者扱いだ」


どうやら色々あったようだが、全てを知るにはタイミングではないと思い、それ以上詮索しなかった。


昼食を終えた2人は、馬をもう1匹借り、鬼道衆の拠点へと向かった。

予定よりも早く到着したそこは、古城であった。

かつて栄華を輝かせた歴史ある建物も、今は名も無き古城となっている。

「ここは昔、名のある貴族が暮らしていた。しかし、当時流行っていた病に城中が陥落。残ったのは骨と家財だけだった」


城門に近付くと、大きな丸太で組まれていた扉が外側に開いていく。開門するのを待っていると、扉を手元の歯車で開けてくれたのはヴェインと似た格好の、ツンツンした赤髪で眼帯をした男だった。


「出迎え感謝するテッサ」

「良いってことよ、ここをいつも使わせて貰っているしな」


テッサと呼ばれた赤髪の男は、3mはある櫓から慣れたように飛び降りると、音もせず着地してみせた。

「俺は鬼人のテッサ!よろしくな」

「俺はエルバートです」

エルバートとテッサは握手を交わす。


「んで、ヴェイン。こいつをどうするつもりだ?鬼道衆の修練所にまで連れてきて」

「修練所…」エルバートは城の中庭を見渡す。修練するような道具などは特に見当たらない、最低限手入れのされた庭があるだけだ。

「こいつには魔人と戦う素質と理由がある」

「…なあエルバート、いきなり聞くのはどうかと思うが、鬼人になる覚悟はあるのか?」

鬼人……つまり鬼道衆と同じ突然変異の能力を獲得するかどうかである。

社会的に居場所を失うし、様々な所で弊害が生じるかもしれない。


「テッサ、こいつに変異はやらない」

「ヴェイン…本気か?並の人間に俺達の修練は着いて来られないぞ?」

「というよりも恐らく無理だ。こいつに霊薬は効かなかった」



テッサは目を丸くしているが、それ以上は踏み込む様子無かった。



「それに、鍛錬をするとは言ったが、ウチに入れるとは言ってない」

「おいおい!俺達の鍛錬は部外者に受けさせるなんて、阿修羅が黙ってないぞ!」

「あいつも武を弁えたヤツだ。求道者の邪魔はしないだろう」


テッサは、俺は何も知らないからなと突き放す様に言いつつも、協力は惜しまないと話し、

2人が鍛錬に協力してくれることになった。



初日は病み上がりということもあり、城の内部にある鍛錬施設や、資料館などの紹介をされ、宛がわれた寝台付きで、窓からの月光と眺めが綺麗な部屋に通された。

疲れていたこともあり、水浴びと食事を済ませると、すぐに布団に潜り込んだ。


~客間 暖炉前~

テッサとヴェインは小さな瓶を酌み交わしながら、過ごしていた。

2人が持っている小瓶は、大陸の南にある砂漠に生息する小さなサソリの毒を抽出した魔法薬である。

通常の酒であれば、鬼人の体質である高代謝機能がすぐに分解してしまうため、酔うことができないが、サソリの毒は強い麻痺が出るため、人間で言うところの酔いに近い感覚になる。


「またとんでもないものを拾ってきたな」テッサが露骨に嫌そうな顔をする

「老いぼれの趣味だと思って流してくれ」ヴェインは小瓶を飲み干す。

「確か最後に持ち込んできたのは…5年前だったか?ドラゴンの卵」

「あれだって、誰にも迷惑を掛けずに野生に帰しただろう?」

テッサは苦笑いをする。

「厄介事を持ち込むのは良いが、いつか大変なことにならないと良いな」


ヴェインはそうだなと簡単な返事をして暖炉の火を見つめる。

「俺はエルバートが魔人サネムラと一騎打ちしているところを見ていたんだよ」


テッサの表情が一変する。

「サネムラってあの辻斬りか!?どうして生きてやがる?」

「どうやら奴の気まぐれで、一緒にいた兄弟分に止めを刺させたらしい」

「なんとむごい…だが、アイツの性格なら自分で止めを刺すはずだろう?」


「エルバートはサネムラの首に刃が届いたのさ…恐らくサネムラは、もし生き残れたなら、強くなって俺に挑みに来いって生かしたんだろうな…。アイツ、森に隠れた俺に気づいていながら、眼中になかった」

「それであの傷…サネムラを本気にさせる程、強かったのか…」

「戦いの中で、サネムラの動きを見切り、反撃までした…」

「それで…何故霊薬が効かない?」

―霊薬…魔法薬の上位に位置する鬼道衆が専門分野とする薬。魔法薬は身体、精神に作用するが、霊薬は魂に作用するため、効果は絶大だが副作用も大きい。代謝が良い鬼人であれば、副作用を相殺し、効果だけを得られるが、人間に与えれば、劇薬と化し、嘔吐したり数日間動けない程麻痺したりする。その代わり治癒力は向上し、致命傷でも回復することができる。

「さあな。かしらからでも、そんな話は聞いたことがない。」



テッサは立ち上がると、傍に置いていた自身の双剣の内一つを手に取る。

短い方の剣を撫でながら呟く。

「こいつのためになるなら、改めて協力する…」


テッサは可愛がっていた弟子がサネムラに斬り殺された過去があり、形見として弟子が使っていた剣と自身の剣で双剣使いとなっていた。


「さて、明日から本格的に始めるか」2人は遅くならない内に、床についた。



―翌朝

エルバートは香ばしい小麦の臭いで目を覚ます。

身支度を整え、剣を掴み上げると部屋から出て、臭いの元へ向かう。

「起きたかエルバート」

振り返ると、テッサがエルバートに手を挙げ、軽い挨拶をする。

「俺も本格的にお前の鍛錬に協力することになったから、よろしくな」

そう言うと、テッサは食堂に入っていき、適当に席に着く。

ヴェインが大きなかご一杯にパンを入れ、食卓に運び込む。


「さあたらふく食べろ。傷の具合はどうだ?」

エルバートはパンを一つかじり、自分の傷を検める。

傷口は完全に塞がっていたため、問題無いことを伝える。

「なら今日は剣術だ。お前の実力を見せて貰う」

「それなら最初は俺が相手になるぜ」

凄まじいスピードでパンを食べるテッサが、名乗り出る。



テッサは普段双剣を使うと話したが、握った木剣は一本だった。

「俺も元々は1本しか使ってなかったからな」

しかし、持っているのは利き手と反対の左手だ。かなり手加減されていることが分かる。

エルバートも武器庫から1本木剣を取り出すと、テッサの前に立つ。

試合の直前に一礼するのは、この世界の決まりの一つ。


先に仕掛けたのはテッサだった。迷いの無い目への突き。

エルバートは少しだけ頭を傾け、掠りもせず避ける。

続いて反撃の切り払いに対し、テッサも続けて回避する。

「おいおい、瞬きもしなかったぞ」

テッサが続けて剣撃を幾つも叩き込むが、響くのは木同士がぶつかりあう甲高い音だけ。

確実に致命傷を狙うテッサの剣と、防ぎつつ隙を狙って反撃するエルバート。

一旦距離を取り、様子を見ていたテッサが、呼吸を整え、また距離を詰める。

次の打ち込みは先よりも早くなっており、エルバートの木剣だけでは防御が漏れる。

肩や腕に撃ち込まれた剣撃は内出血を起こす。


徐々に加速していく剣撃にエルバートは目を離さず、追っている。

少しずつ防げる剣撃が増えていき、テッサが自負する最高速度の剣速に至った頃には、全ての攻撃を防がれるようになっていった。

テッサが自分の攻撃が当たらないことに苛立ちを覚え、蹴りを繰り出すと、見事に吹き飛ばされてエルバートは地を這った。

「お前、動体視力と反射神経が凄いな…だが、まだまだ経験値も膂力りょりょく(剣を振るう力)も足りない」

息を切らしながらテッサがエルバートに手を伸ばし、起き上がらせる。

「少し休んだらもう一度お願いしたい」エルバートの意欲は折れていなかった。

「待て待て、お前の凄さは分かったが、急ぐんじゃ無い。確かに実践は大事だが、基礎が抜けている」

「今ので大まかに課題は分かった。しばらく剣術はやらず、組み手や基礎訓練を中心に行う」

傍で見守っていたヴェインが休憩しようと、2人に水を渡す。


ゴクリゴクリと水を飲み、乾いた喉を潤す。

しばらく鍛錬が続き、エルバートは経験を積み重ねた。

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