第17話 椿君の正体 

 私は、もう遠くに登ってしまった、幽霊ゆうれいさんの、うしろ姿を見た。

 でも、なんで椿君は、こんなことが、できるんだろう。


「ねぇ。椿君は、本当に小学生?」

「……小学生だよ」

「ずっと、気になってたんだけど。ご両親は?」


 椿君はかなしそうな顔をする。

 聞いちゃまずかったかな、っと私は後悔こうかいする。


「俺は、人間じゃない……って、言ったら信じる?」

「信じるよ」


 これだけのことがあったんだもん。信じるよ。

 私は真っ直ぐに椿君を見つめた。


 椿君も私をじっと見た。

 しばらく待ってから、椿君はぽつり、ぽつりと語った。


「俺はね。ここじゃない妖道界ようどうかいってゆう、異世界いせかいから来たんだ」

妖道界ようどうかい?」


妖怪ようかい奇怪きかいが、世界せかいだよ」

妖怪ようかい! どうして、ここに」


「俺は、じり者のおになんだ」

おにだったの」

「父親がね。まぁ、いろいろと複雑ふくざつで」


 えええ。

 おにってあれだよね。赤鬼あかおにとか青鬼あおおにとか。


 椿君の顔色は、普通の人と変わらないし、つのもないよ。

 私は椿君の頭を思わず見た。


「母が、こちらでんでたんだ」


 それって、お母さんは人間なのかな。じり者って。半分鬼はんぶんおにで、半分人間はんぶんにんげんってことかな。


「母は俺をんだときに、んじゃったけど」

「……そうなんだ」


 どうしよう。なんて言っていいか、わからない。


「でも、椿君は、なんで小学生なのに、こんなところで、カフェをやってるの」

ばつだよ」

ばつ?」


鬼道きどう小学校で……俺の通ってる、学校の名な。そこで、生徒せいと喧嘩けんかしちゃって」

「ケンカ!」


 椿君が、そんなことするなんておどろきだ。ふだん、クールなのに。


「ああ。まぁ、母親が人間なのを、バカにされて、それで、グーでね」


 パンチしたんだ。この椿君が。


日頃ひごろから、半妖はんようだって、いじめられていたんだよ。まぁ、それなりに、報復ほうふくは、してるけど」


 報復ほうふくって、復讐ふくしゅうってこと。バラが似合にあいそうな、椿君が。


 どうも妖道界ようどうかいにいる椿君と、目の前にいる椿君が、ちが人物じんぶつのように、思えてしかたなかった。

 

 うーん。

 でも、こっちの椿君が、本当の椿君だよね。


「父親にばつとして、ここで休みの間、過ごせって言われた」

「ええええ。でも、子供ひとりでなんて、変だよ」


 そりゃあ。AI兄さんもいるだろうけど、子供ひとりで、洋館ようかんで、ひと夏過なつすごせなんて……。


 それとも人間の私とは感覚が違うのかな。と思っていると、椿君は、痛そうな顔をする。

 とっさに、私は椿君の頭をなでた。


「なにしてるの」

「なんとなく」

「ふふ。君は。ああ、落ちつくな」

「なななな。なにそれ」


 そんな、お綺麗きれいな顔で、にこって笑わないでほしい。光りかがやいて見えてしまう。

 それに、ドキドキしちゃう。


「俺はね。親に、どうでもいいと思われているんだ」

「そんなこと」


「あるよ。俺の母は後妻ごさいだったんだ。妖道界ようどうかいにいる、前妻ぜんさいのお母さんと、俺とでは血がつながってないし、お兄さんたちもいて、異母兄弟いぼきょうだいってやつな。あまり、俺のこと良く思ってないんだ」


後妻ごさい?」

「あとから来た、つまだよ。まあ。めかけってところ。鬼の世界では、妻を何人かめとるのが普通なんだ」


 うーん。椿君は本当に、むずかしい言葉を知っているなぁ。

 たぶん、二番目の奥さんってことだよね。


「えっと。異母兄弟いぼきょうだいって?」

「俺の場合、父親が同じで、母親が違う、半分だけ血が繋がってる兄弟だよ。俺には、兄と弟がいるんだ」


「お父さんは、椿君のこと心配しないの」

「なにも。ただ、ここをあたえて、一度も様子を見に来ない。だから、檸檬れもん君のご両親が、心配してむかえに来てたのが、ちょっと、うらやましかったんだ」


 あ、だから、あのとき、ちょっとおこってたんだ。

 私の両親は来たのに、椿君の家族は来てくれなかったから。


 私はしゅんっとした。

 それに気づいてか、椿君は頭をさげた。


態度たいどわるくて、ごめんな」


 私は、ふるふると首をった。

 私も、椿君の気持ちを考えずに、家族の悪口わるぐちを言ったもん。


「はぁ、なんだか、のどかわいちゃった」

「そうだな。いろいろと、おだろかせてしまったからね」

「本当だよ。このお店が、幽霊ゆうれいが来るなんて、思いもしなかった」

「なにか紅茶でも……と、俺の紅茶は不味まずいんだった」


 そうだった。なんで椿君が入れる紅茶は、味がないんだろう。

 私が、じっと見つめて、不思議ふしぎそうにしていたのが、わかったのか、椿君は少しさみしそうに、ふっと笑った。


「俺が、おにの子だって言っただろう」

「う、うん」


 それと紅茶の味がなくなるのって、関係あるのかな。


「俺の父親は名門めいもん髑髏家どくろけ当主とうしゅでね。おにのなかのおにっと、言ったらいいかな」

最強さいきょう、お父さん」


 私が言うと、椿君はきょとんっとしたあと、目もとをほそめた。


「はは。君にかかると、なんでも、おわらいになるな」

「なんでよ。それより、最強さいきょう、お父さんが、なに」


「父は、妖怪ようかい奇怪きかい妖力ようりょくを、手のひらから、うばうう力があるんだ」


「えっと。電気機械でんききかいみたいに、電流でんりゅうながむみたいな? ってこと。なんだか充電器じゅうでんきみたいな力だね」


「ぶは。充電器じゅうでんきって。はは。でもそうだね。他人から、力をうばってたくわえるんだから」


 めずらしく椿君が、ちょっと下品げひんに笑った。


 思うんだけど、椿君はこんな風に笑ったことはあまりないんじゃないかな。

 うごきも綺麗きれいだし、しゃべり方だって、私とはちがう。

 きっと、きびしくそだてられたのかも。


「父はうばうことのできるおに。だからね、俺もうばう力が、多少たしょうあるみたい。なんて、中途半端ちゅうとはんぱな、未熟みじゅくな力なんだろうな」


「えっと。味を、うばうこと?」

「そう。のろいだよ」

「え。ああ。最初に会ったとき、そんなこと言ってたね。でものろいじゃなくて、私がお母さんのかみの毛が、ちょっと、くるくるしているのが、てるのと同じで、椿君も、お父さんに、ただけじゃないの」

「いや、のろいだよ」


 うーん。この様子。なんか、お父さんのこと、あまりよく思ってないみたい。

 それに、これ以上、ちがうよって言っても、椿君は頑固がんこに、のろいだって言うだけな気がする。


「でも、なんで紅茶だけの味が、なくなるの」


 椿君は、少しこまった顔をした。

 これも聞いちゃいけなかったかな。


「紅茶は、俺にとって、特別とくべつなんだ」

「とくべつ?」

くなった母が、なによりも好きだった物らしくてね」

「そうなんだ」


「母を知らない俺が、唯一ゆいいつ、母と共通きょうつうできる、飲み物だから。自然と紅茶を特別とくべつに思うようになった。そしたら紅茶の味を、うばうようになってしまったんだ」


「なに、その、いじわるな力」

「ふふ。確かに。大切な、特別な物の力をうばうんだ俺は……。こわいだろう。ものの子だから」


 私は、まゆをキリリとさせた。

 だって、こわくないもん。


 私は、そのまま、椿君の両手をにぎって、ぎゅっとつつみこんだ。


「椿君は椿君だよ。ぜんんんぜん。怖くないもん」

「君は」


 椿君は、なにか言いかけて、ふと、考える素振そぶりをした。

 そして、いたずらっぽく笑った。


「ふふ。そういえば、今日は、ご褒美ほうびを、あげてなかったね」


 ん? ごほうび。

 私の耳がピクリと反応はんのうした。

 そう言えば、仕事が終わったあとは、甘くて美味おいしい、お菓子かしをくれた。


 私は目をキラキラさせて、椿君を見つめた。

 くれるの、美味おいしい、お菓子かし

 ほっぺたが、ちそうな、あまいお菓子かし


 椿君は、クスクスと笑って、私の手から、手をいた。

 そして、その手は、なぜか私のほほに手をあてて。

 あれ、椿君の顔が、近づいてきてる?


 むにゅ。

 とほほやわらかな、感触かんしょくがして、私は呆気あっけに、口を開いた。

 なに。今、なにしたの。


「ご褒美ほうび。ふふ。もう一回する」


 なにを!

 私は、ピーッと、顔が一気に熱くなるのを、感じた。


「ななな。何したの、いま」

「ほっぺに、ちゅう」


「おきれいな顔で、そんな言葉つかわないでって、ええええ」

「ふふ。あはははは」


 大笑いする椿君。


 顔が熱いよ。

 生まれて初めて、家族以外の人に、ちゅうされた。ほっぺだけど。

 私は、ぽかぽかと椿君のむねたたいた。


「ははははは。痛いよ」


 うそだ。絶対に痛くない。


「ただの挨拶あいさつだろう」

「そんな、挨拶あいさつは、日本ではしないもん」

「ごめんって、で、もう一回する」

「しない」


 私は頭にきた。絶対に私であそんんでるんだ。からかわれたんだ。くやしい。


「私、帰る」


 椿君は、くっくっと笑いながら、私の頭をぐりぐりと、なでた。


 このやろう。また子供扱こどもあつかいして。

 なんだか、どっと、つかれがせてきたのだった。


「さぁ、ご両親のもとに、帰りなさい」


 椿君は、優しく私のした。

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