第18話 家族

 私はガーデンローズを出て、てくてくと坂道を下っていた。

 山道には誰もいなくて、ときどき、カラスがいていたけど、もうれっこ。


「カラスがくから、帰ろう」

 

 私は、ご機嫌きげんに歌を口ずさんだ。

 空はもう真っ黄色で、日が、しずむのも近いみたい。


 今日も、よくはたらいた。

 はたらいたのに、坂道を下って行くにつれて、どんどん、足どりがかるくなった。


不思議ふしぎな、ことばかりだったな」


 初めて赤いはしを渡ってから、私のまわりには、不思議ふしぎなことばかりが起きた。

 椿君や兄さん、お客様に幽霊ゆうれいさん。


「ふふ」


 万華鏡まんげきょうのように、木洩こもが、地面をらして、きらめいた。

 カサカサと葉がれると、気持ちがいい風が、体をなでていく。


 この赤い橋を渡りきれば、お祖母ばあちゃんの家だ。

 私は真っ黄色の太陽がしこむ川の橋を渡って、青い屋根やねの家へと向かった。


「ただいま」


 ガラリと玄関を開けるなり、ドタバタとあわただしく、お母さんに、お父さんに、大樹たいきだっっこしている、お祖母ばあちゃんが、転びそうないきおいで、お出迎でむかえをした。


 すっごい、まじめな顔をしてるから、なんだか可笑おかしくなっちゃう。

 でも笑わない。


 私は玄関で立ち止まった。家族も玄関で、ならんで、立ち止まった。


「お帰り、檸檬れもん


 お母さんが言うと、きゅうにはなおくが、ツーンとして、なみだが出そうになった。


「あのね。大嫌いって言って、ごめんね」

「父さんと、母さんも、檸檬れもんの気持ちを考えずに、いろいろと悪かった」


 お父さんは、頭をカシカシときながら、小さく頭を下げてきて、色んなことが吹っ飛んだ。


「今度、川でキャンプをしよう。母さんと、お祖母ばあちゃんと、大樹と、檸檬れもんで」

「お父さんも」

「おお。父さんもだ」


 心がふわふわする。


「さぁ、こんなところで話してないで、家に入りなさい」


 お母さんに言われ、私はくついで、ぽいっとげた。はやく、お家に入りたい。

 お母さんが、くつを、そろえてくれた。


「明日は、檸檬れもんの好きな、オムライスを作ってあげる」

「やったぁ」


 大樹たいきが産まれてから、一度も食べてなかったオムライスに、ジャンプしたい気持ちになった。


 お祖母ばあちゃんの家に来るまで、手作りがなくて、ほとんどインスタントや、買ってきたお惣菜そうざいばかりだったんだ。


 お母さんの手料理、ひさしぶり。ちょっと卵がかためなオムライスが好きなんだ。はやく明日にならないかな。


檸檬れもんや。さみしくなかったかえ」


 リビングへと行く途中で、お祖母ばあちゃんが、私のかたに、やさしくれてきた。


「大丈夫だよ」

「お祖母ばあちゃんが、お父さんと、お母さんを、しかっておいたからね。まったく、子供を、よそ様の家に置いて、帰って来るなんて、いくらはしの向こうの子と、仲良なかよくくなったからって、あんな状態じょうたい檸檬れもんを、れて帰らないなん、ありえないわ」


 ぶちぶちと文句もんくを言うお祖母ばあちゃんに、私は、うっ、となった。


 あれは、椿君の、不思議ふしぎな、おこうがせたから、お父さんも、お母さんも帰ったんだよ。

 なんて、言えないけど。


 私はちょっと、とおい目をした。

 檸檬れもん知らないもん。悪いことしてないもん。


 ふと、目をとすと、お祖母ばあちゃんのうでのなかには、きゃっきゃっと何も知らずに、大樹たいきが笑っていた。


 私が手をしだすと、ぎゅっと、にぎってくる。

 ごめん。本当は、大樹たいきが、嫌いなんてうそだよ。


 大樹たいきの指が、必死ひっしに私の指を、つかんでくる。

 あたたかいな。


 あの、幽霊ゆうれいさんの、冷たいかたとは、ぜんぜんちがう。

 こおりの様に冷たい体。んだ人のぬくもり。


 私、知ったの。この当たり前の家族が、いきなり、会えなくなることだって、あるんだって。


「さて、夕飯は何にしようか」


 お母さんはニコリと笑う。


「せっかくだ。ビールをだそう」


 お父さんは、ひゅっと口笛くちぶえく。


「なら、焼き肉でもするかえ」


 お祖母ばあちゃんは、陽気ようきに笑う。


「あ、待って」


 私は足を止めた。

 そして仏壇ぶつだんに向かった。

 ありがとうって、感謝かんしゃしなきゃ。


 だって、ご先祖様せんぞさまがいて、お祖母ばあちゃんがいて、お祖父じいちゃんがいて、お母さん、お父さんがいるんでしょう。


 私や大樹たいきだって、ご先祖様せんぞさまがいなかったら、まれてこなかったんだもん。


 私はむらさきの、ぺったんこの座布団ざぶとんに、正座せいざをすると、お父さんが、お仏壇ぶつだん線香せんこうけた。


 お母さんがチーンと、おりんのかねらす。みんなで手を合わせる。


 嫌いだった、お線香せんこうにおい。

 でも、もう知ってるんだ。


 お線香せんこうは、くなった人にとどく、みちしるべ。

 ちゃんと、おまいりするって、意味いみがあるってことを。


「さあ、焼き肉にしましょうか」

「ふふ。お祖父じいちゃんの、好物こうぶつだったから、きっと、うらやましがっちょるよ」


「よし、父さんが、肉を焼こう」

がさないでね」


 私はせきを立つ。


「話はまとまった」

「焼肉にするって、言いだすと思って用意してたのよ」


 イトコのおばちゃんたちが、台所から顔を出した。そういえば、イトコたちもお泊りに来てたんだった。


檸檬れもん、花火やろうぜ」

「誰か、バケツ持ってこい、水をいれろよ」


 イトコの竜也たつや裕貴ゆうきが言った。


檸檬れもん姉ちゃん、行こう」


 2歳年下の雅紀まさきが、私の手を握った。

 イトコたちと騒ぎながら庭で花火をする。大人たちは、バーベキューの用意をした。


 ふと、気がつけば、ひぐらしがいている。

 もうすぐ、夏休みがわる。

 

 でも、もうしばらくは、小学生カフェ、ガーデンローズで、私ははたらくんだ。


 だって、まだ、まだ、借金しゃっきんを、かえしてないから。

 ふふ。それは、両親に内緒ないしょだけどね。


檸檬れもん、お肉が焼けたよ」

「はーい」


 家族に呼ばれて、私は笑顔えがおで、けた。


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ここは小学生カフェ・ガーデンローズ 甘月鈴音 @suzu96

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