第15話 もうひとつのお店 3 

 気がついたときには、幽霊ゆうれいさんの肩を触ったまま、私は硬直こうちょくして立っていた。


 どええええ。なんじゃあ、こりゃあ。

 カフェのテーブルで泣く幽霊ゆうれいさんのうしろで、私は固まっていた。首を動かすこともできない。


 これってに言う、金縛かなしばりってやつ! 初めてなったんですけど。

 えい。おりゃ。とりゃあああああ。


 私は必死ひっしに、うごこうとしたけど、どうしてもできなかった。

 すると、頭のなかに、ビリビリとなにか電気が走った。


ーーなぜ、こんなことになったんだろーー


 とつぜん、頭のなかに男の人の声がひびいて、私はおどろいた。


ーー取引先とりひきさき商談しょうだんけて、帰るところだったのにーー


 この声って、まさか。

 私は目の前の幽霊ゆうれいさんを見つめた。っと言っても、動けないから、見ることしかできないのだけど。


 でも、間違まちがいない。これ、幽霊ゆうれいさんの声だぁ。

 ええええ。テレパシー。


 私って魔法少女まほうしょうじょだったの。

 声が聞こえるのって、きっと、このれてる手のせいだよね。


 私は接着剤せっちゃくざいのように離れない、幽霊ゆうれいさんのかたに置いた手を、離そうとする。


 んんん。どんだけ引っぱっても手が離れない。椿君が、れちゃ、だめって言ってたのに。


ーー明日はむすめ誕生日たんじょうびだったのに、人形が欲しいって言うからプレゼントを選びに行く約束やくそくをしていたのに。妻がケーキを特大とくだいにしたと言っていた。早く帰らないといけないんだーー


 この人、誰かのお父さんなんだ。

 ケーキにお人形。きっと楽しい誕生日会たんじょうびかいになったんだろうな。

 


ーー明日のために、急いで帰ろうとした。車を走らせて、山道を登って下る。がりかどで、とつぜん、フロントガラスに、白いかたまりが、びっしりとおおって……そう、気がついたらガードレールをえて、落ちていたーー


 白いかたまりって?


ーー冷たい水のなかで、白いかたまりは、俺の体にへばりついて、離れようとしなかった。どれだけそうしていたのか、視界しかいが真っ暗になって、暗闇くらやみから、線香の匂いがしたら……気がついたらここにいたーーー


 どうゆうこと。線香の匂いって。

 私は、ふと、今朝のニュースのことが頭を過ぎった。


『今日の朝方、車の中で男性の遺体いたいが川から発見はっけんされました。男の持ち物から、○○会社の社員だと判明はんめい崖下がけしたに面した場所で発見はっけんされたため、ガードレールを回りそこねて転落てんらくしたと思われる』


 アナウンサーが、そんなことを言っていた気がする。

 あれ、この話って、朝のニュースの報道ほうどうてない。

 あのとき、椿君はなんて言ったっけ?


可哀想かわいそうに、この男、事故じこじゃない。れて行かれたんだ』


 そんなこと言ってたよね。それも 、供養くようされなかった怨霊おんりょうが、悪さして、川に引きずりんだんだ、みたいなことも言っていたような……もしかして、この幽霊ゆうれいが言う白いかたまりって。


 私の背筋せすじに、悪寒おかんが走り、ぶるるとえた。


 怨霊おんりょうってこと!

 なに、この人、可哀想かわいそうじゃない。


「だめだ。檸檬れもん君。お客様に同情どうじょうしては」


 椿君のあせったような声が聞こえた。

 そのとき、私の耳はキーンと耳鳴みみなりにおそわれる。

 目の前が、ぐにゃりとゆがみ、ズキズキと頭が痛くなる。


「なに、いたたたた」


 気がつけば、私は知らないリビングに立っていた。


 パラパラと回っているのは、天井の扇風機せんぷうき(シーリングファン)。黄色い優しい照明が、ぴかぴかの茶色の床を光らせていた。


 キジトラのねこが、りぐるみを、けしけしと、足でって、可愛かわいらしく床で遊んでいた。


 その近くには、観葉植物かんようしょくぶつが、青々あおあおとしていて、白い壁にぴったり。


 ここどこだろう。

 近くに窓があり、外を見てみると、建物が下にあって、びびった。


  げっ。高い。

 どうやら、どこかの高層こうそうマンションにいるみたい。

 ええっと。瞬間移動しゅんかんいどう? じゃないよね。


 リビングには、四角いテーブルがあって、その席には、顔色のいい幽霊ゆうれいさんが、座って新聞しんぶんを読んでいた。


 私は目の前に立っていた。

 それなのに幽霊ゆうれいさんは、私の存在そんざいに気づいてないみたい。


 思わず、幽霊ゆうれいさんの前で、手をってみた。動画どうがサイトで覚えた、ダンスをしてみた。


 気づいてくれない。

 ってことは、私のこと見えてない?

 あ、うごけた。金縛かなしばりが、けてたんだ。

 そこに


「お父さん」


 私と同じぐらいの年頃としごろの女の子が、キッチンから、ひょこりと顔を出して、幽霊ゆうれいさんに話しかけた。


美紀みき、どうしたんだ」

「へへへ。あのね、この前、お母さんと相談そうだんしたの」

「何をだ」


 くすくすと美紀みきと呼ばれた女の子は、キッチンから出てきて、床にいたキジトラのねこをなでた。


 そのままキッチンで洗い物をしている、ふくよかな母親らしき人の顔を見て、いたずらっぽく、笑顔を向けていた。


「お父さん、お仕事で疲れているでしょう」

「ああ」

「疲れたときはね。甘い物がいいんだって、そうでしょう、お母さん」

「そうよ」

「へへへ。でね。じゃじゃん。パンケーキを作ったの」


 美紀みきちゃんは、スリッパをぱたぱたと音を立てながら、キッチンに向かうと、白い皿にのった、パンケーキを幽霊ゆうれいさんに見せた。


「美紀が作ったのか」

「そうだよ」

「なるほど。げている」

「ああ、そんなこと言うなら、あげないもん」

「はは。どれ、いただこうか」


 そう言うと幽霊ゆうれいさんは、新聞しんぶんを、机のはしに置いた。

 美紀みきちゃんは、うれしそうにパンケーキの、のったお皿を幽霊ゆうれいさんの前に置く。


 幽霊ゆうれいさんは、にこにこと優しい顔でパンケーキを食べだした。


 なんだろう。なんか泣ける。

 私はホロリと涙を流した。

 だって、こんなに幸せそうな家族なのに、お父さんんじゃったんでしょう。


 美紀みきちゃん。きっとつらいよね。幽霊ゆうれいさんだって……。


「だめだ。檸檬れもん君」


 と、とつぜん、かたつかまれて引きせられた。

 り向くと、くるしそうにしている椿君がいた。


同調どうちょうしては」

「どうしたの椿君。なんだか、痛そうな顔しているよ。大丈夫」


 なんだか、ひどく風邪かぜでも引いたみたいに、いきを、ゼーゼーしている椿君がいた。


檸檬れもん君が、お客様に同調どうちょうするから、君のたましいが、引きまれたんだよ。だから、俺が無理矢理むりやり、入ったんだ」

「ん? 引きまれてって?」


「お客様の記憶きおくの一部に、君のたましいが、入り込んだんだよ」

「へぇ。でも引き込まれたら、だめなの」


融合ゆうごうして、一緒に幽霊ゆうれいになる」

「へぇ……ええええええ」


 融合ゆうごうって。なんだっけ。くっついちゃうってことだったかな。

 私のたましいが、幽霊ゆうれいさんに、くっつく……。


 え、え、私と幽霊ゆうれいさんが、ドッキング。

 ちょっと待って、くっつくってことは、なに、私、今、死にかけてるの。

 私は一瞬いっしゅんで、青ざめた。


 やだやだやだ。死にたくない。お父さんとお母さん、大樹にお祖母ばあちゃんに会えなくなっちゃうよ。

 私はあわあわとした。


「どうしよう椿君。私、ぬの」

なせないよ。まったく。檸檬れもん君は、目が離せないな」

「むむ。なにそれ、私のこと、小さな子供だとか思ってる?」

「その通り」


 私はほほを、ふくらませた。


「さあ、目をつぶって」


 椿君は私の目を、両手でおおった。


「1・2・3」


 10まで数えると、ゆっくりと手をはなす。私は目を開いた。するとそこは、よく知った、ガーデンローズのカフェだった。

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