第13話 もうひとつのお店 1 

 三時。

 私は仕事を終えて、ほっと息を吐いた。

 まったく、椿君が朝に変なことを言うから、仕事に集中しゅうちゅうできなかったじゃんか。


 私は、お店の外の看板かんばんをクローズにした。

 すると庭の外からバラの香りがしてきた。


「いい匂い」


 顔をあげると、アゲハちょうが、ふわふわと空に向かって飛んでいた。

 私は、なんとなくちょうを見つめた。


(人が、死んだらか)


 私は椿君に言われたことを思い出していた。

 そんなこと、普段ふだん、考えないよ。


 お父さんとお母さんと会えなくなるとか。

 後悔こうかいなんて、わかんないし。


 私は、ちりんっと音を立てて、ガーデンローズに入る。


 さてと、あとはゆかを、ほうきでくだけ、私は道具箱どうぐばこから、ほうきを持とうとした。

 そこで椿君が、うしろから声をかけた。


檸檬れもん君。もう後片あとかたづけはいい。ご両親が心配しんぱいしてるから、はやく帰りなさい」


 私はムッとした。

 両親が心配? 絶対にしてないよ。私はくちびるを、とがらせた。


「私、帰らない」

檸檬れもん君」


 椿君にちょっと、きつめに言われたけど、私は、ふーんだ。って顔をそむけた。

 椿君は、大きな、ためいきを吐く。


「いい加減かげんにしなさい」

「いやったら、いやなの」


 椿君の目が、すっと冷めたみたいに細められて、私は、ちょっとびびった。

 だって、そんな目で見られたことないもん。


「ここにいるなら、こわにあっても、文句もんくは言えないな。帰りなさい」


 おど、おどされたって、こわくないもん。


「い・や」


 私は椿君を、にらんだ。


「なら、このあとの仕事も、手伝ってもらおうか」

「へっ。もう閉店へいてんじゃないの?」

「まだ、終わっていない」

「やるやる。そしたら、ここにいてもいい?」


 椿君は、考える素振そぶりをした。


「いいだろう」


 なんだ。それだけでいいなら、早く言ってよ。

 私は少しご機嫌きげんになる。

 最近は、お客様に紅茶を入れるのが、楽しくなってきたんだ。


 みんなが美味おいしそうに、私が入れた紅茶を飲んで、おしゃべりしているのが、うれしい。

 だから、まだまだはたらける。私は、にこにことした。


 お店の外に行って、看板かんばんを、もう一度、オープンにしようと、足を向けた。


「さてと、じゃあ、行くか」


 ん? 行くって、どこに。

 椿君が、そんなことを言うもんだから、私は立ち止まって、目をパチパチとさせて、椿君を見つめた。


 椿君は行くと言ったはずなのに、なぜかかべに向かって行き、壁の前に立った。


 コンコン


 って壁を、急にたたきだした。

 ついに、完全に、頭がパーになったか。

 私は、たらたらと冷や汗をかいた。


 うひゃあ。これ、病院に連れていかなきゃかも。

 私が色々と考えていると

 

 ぱかり。


 と、椿君がたたいた場所のかくとびらひらいた。

 ここは、忍者屋敷にんじゃやしきだったのか。


 隠し扉の大きさは、漫画まんが単行本たんこうぼんぐらい。


 なに、このかくとびら? 

 まって、まって、コレとびらじゃなくて。かくだなってやつかな。


 とにかく、私はその様子をじっと見つめた。

 かくだなのなかには、赤、青、緑、黄色の4つのボタンがあって、椿君は青いボタンを、ぽちっと押した。


 爆発とかしないよね。

 私はなにが始まるのかと、ちょっとだけ、ドキドキした。


幽玄ゆうげん~。幽玄ゆうげん~」


 私はすっ転びそうなほど、おどろいた。

 ぼぼぼぼぼぼ、ボタンがしゃべった! 


 なんか口みたいな穴があって、そこから声が聞こえてきた。

 私は思わず、きょろきょろと部屋中を見回した。


 うん。これきっと、機械きかいなんだよ。ほら~、兄さんがいるんだから。

 だまされないぞ。と思っていると。


 ドン!


 とつぜん、足元あしもとき上げるように床ごとねた。


 その衝撃しょうげきで、私の体は一回、ポップコーンがぜるようにんで

「うぎゃ」と叫ぶと、がにまたになりながら着地ちゃくちした。


 なに!

 と、動転どうてんしていると、ガタガタと部屋がれ出した。


(ぎゃああああ)


 地震じしんだ。

 机がガタガタとして、天井に、ぶら下がるランタンがグラグラする。なんとか食器類は無事だけど、怖いんですけど!


 と、信じられないことに、家が、ありえない方向にまわり出した。

 はいいいいいいいいいい?


「待って、回ってる。回ってる。家が、回転かいてんしてるんだけど、って、家って、まわる物なのぉぉぉ」


 まるで遊園地の、コーヒーカップのように家が左回転しだし、私の目玉がグルグルと回わった。

 うっぷ。気持ちが悪い。


「ふふ。あんまり見ていると、よっちゃうよ」


 にゃあああ。なんで椿君は余裕よゆうなの?

 ここって、遊園地だったっけ?


 ちがう、ちがう、カフェだよ。

 今日も元気に接客せっきゃくを、頑張がんばりました。

 あまりのことに気が動転してしまった。


 って、呑気のんきにそんなこと考えている場合じゃない。


 それなのに、私の頭は真っ白になってしまった。

 なんか口から、なにかが飛び出したみたいな。


 これが、おどろき過ぎて、たましいけるってやつかなあ。


 と、ガックン。と、とうとつに回転が止まり、私の体は、とんんだ。

 ずべーっと、床にはなからむ。


「うぎゃあ。あいたたたたた(痛い)」


 私ははなの頭を押さえて起き上がる。

 つぶれてないよね、私のはな

 一体なんなんだと、私は顔をあげた。そして、あんぐりと口をひらいた。


 窓を見ると外の風景が変わっていた。

 私は目を両手で、こすった。


 ついさっきまで、バラの庭があったはず。

 それなのに、あるのは薄気味悪うすきみわるい森になっていた。


 森には一本の道があって、細い道が山へと向かっていた。


(なにこれ。ここどこ)


 と、チリンと来客らいきゃくの鈴の音がひびいて、扉がガチャリと開いた。


檸檬れもん君。しゃんとしなさい。お客様だ」


 すずしい顔で、椿君は立っていた。私はあわててしゃんとした。

 そして、お客の顔を見ると、目玉が、ぎょっと飛び出しそうになった。

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