第12話 夢 

 その日の夜。私は夢を見た。

 お母さんがソファーに座って、お父さんが絨毯じゅうたんゆかに、座っていた。

 よく、見慣みなれた部屋は、私のお家。


 あ、これ大樹たいきが、産まれる前の夢だ。

 だってお母さんの、お腹がスイカみたいにパンパンだもん。


『あら、動いたわ』

『本当、私も触りたい』


 夢のなかの私は、ソファーのうえで両手両足を、はうように、四つんばいにして、お母さんのお腹をさわった。


 けそうな、大きなお腹のなかに、弟がいるのかと思うと、すごくうれしかった。


『あのね。私、弟が産まれたら、いっぱい遊んであげるんだ』

 

 絵本を読んであげたり、ハーモニカを吹いてあげたり、ちょっと大きくなったら、三輪車さんりんしゃに、のせてあげるんだ。


 お母さんは、ふふっと笑って、えらいねって、私の頭をなでてくれたんだ。


 お父さんは、私を引きよせて、あぐらをいた、おひざにのせた。

 そして、ぎゅってしてきて、くすぐったかった。


『こうしていると、檸檬れもんが、産まれて来た時のことを思い出すな。檸檬れもんはな、逆子さかごでなぁ』

逆子さかごって』


 私はお父さんの背中に、ずっしり、もたれて聞いた。

 お母さんが、大きなお腹を、さすりながら私を見る。


『赤ちゃんはね、普通ふつうは、頭から出てくるの。でも、檸檬れもんは、お母さんのお腹のなかで、グルグル動き回って、足から出てこようとしてたのよ』


 お母さんは思い出したかのように、三日月の目で、言った。


『お母さんは大変たいへんだったんだぞ。逆子体操さかごたいそう、なんてのもやってみたけど、檸檬れもんは、お腹のなかにいるときから、頑固がんこでな、まったく頭をもどしてくれなかったんだぞ』

『むむ。檸檬れもん、知らないもん』


『ははは。だからな、お母さんは、帝王切開ていおうせっかいしてな』

『ていおうせっかいって』

『お腹を、ひらくことだよ』


 私はぎょっとして、顔を真っ青にした。


『お腹を切ったの? お母さん痛い』


 想像そうぞうしただけで、お腹が痛くなってきちゃう。


 だって、下痢げりをして、トイレでうなるのだって、すっごくつらいのに、お腹を切っちゃうんだよ。


 私は、自分のお腹を、おもわず、かかえた。お母さんは、くすりと笑った。


『そうねぇ。切ったあとは、大変だったかも。でも、檸檬れもんの顔を見てたら、うれしくて、いたみなんて、平気になっちゃった』

『ふうーん。じゃぁ、弟がまれたら、私、いっぱい、お母さんのお手伝いするね』


『ふふ。お願いね。お姉ちゃん』

『へへへ。はやく、まれてこないかな』


 私はわくわくして、うれしくて、毎日、お母さんのお腹に話しかけた。


──なんで、こんなゆめを見てるんだろう。

心が、ぎゅうっと檸檬汁れもんじるを、しぼったみたいに、めつけられた。

 そこで、はっと目を覚ました。


 汗をびっしょりかいてて、手で、ぬぐう。天井てんじょうが、ちがうことに気がついた。

 

 そっか、私、昨日は椿君の家に、おまりしたんだっだ。


 お布団ふとんを、よっこらせ、っとどかして起きあがると、私は椿君にりたTシャツと半ズボンにがえた。


「んんんん」


 と両手をあげてびをして、リビングに向かった。忍者にんじゃのように音を立てないように。


 だって、昨日の椿君の、あの姿が頭から、離れないんだもん。


 まだ、怒ってたらどうしよう。

 私はリビングの入り口で、壁から、ひょっこりと顔を出した。


 そこには、すでに椿君がいて、美味おいしそうに、ミックスジュースを飲んでいた。


 私は思わず、ゴックン、とのどをならした。喉渇のどかわいたな。お腹空いたな。


 兄さんが台所で、卵をカンカンとっていた。

 私のお腹が、ぐるるとって、我慢がまんできずにリビングに入った。


「おはよう」


 さりげなく、挨拶あいさつをすると、なく、椿君が「おはよう」と言う。


 き、気まずい。

 椿君はリモコンを手に持ってける。私はテーブルに着席ちゃくせきした。

兄さんが、にこりと笑って食器を持って来た。


「食べて」


 きたてのごはんと、ジャガイモの味噌汁みそしる、ハムエッグとミックスジュースを、おぼんにのせて、テーブルに置いた。


 美味おいしそう。

 ヨダレがでそうになってしまう。


「いただきます」


 私は子犬こいぬに、えさあたえたときのように、夢中むちゅうになって、ごはんを食べた。


 もくもくと食べていると、テレビのニュースが聞こえてくる。


『今日の朝方、車の中で男性の遺体いたいが川から発見はっけんされました。男の持ち物から、○○会社の社員だと判明はんめい崖下がけしたに面した場所で、発見はっけんされたため、ガードレールをまわそこねて、転落てんらくしたと思われる』


 うあ、朝からこんなニュースを、見せないでほしい。ごはん不味まずくなっちゃうよ。


 私は顔を、ひんげた。

 向かいがわに座る椿君は、眉間みけんにシワをせて、むずかしそうな顔をしていた。


可哀想かわいそうに、この男、事故じこじゃない。れて、行かれたんだ」

「はっ?」


 椿君はハムエッグの黄身きみりながら言い。

 私は頓狂とんきょうな声を、ポロッとだした。


 うーむ。

 また変なこと言いだした。

 これは聞くべきか、無視むしするべきか。


 味噌汁みそしるのジャガイモを口のなかに入れて、モグモグとしていると、椿君は、私の存在そんざいなんか、わすれているんじゃないかと、ぶつぶつと、つぶやきだした。


供養くようされなかった、怨霊おんりょうわるさして、川に引きずりんだんだろうな。あのあたりは、夏になると良くない物がまる。昔はちゃんと、供養くようされていたが、すたれて、やらなくなったからな」

「はぁ……」


 私は遠い目をした。

 思うんだけど、椿君ってやっぱり絶対ぜったい、なんかヤバイ宗教しゅうきょうとか入ってるよね。かっこいいけど。


 これって、勧誘かんゆうさそうために言いだしたのかな。


 うーん。とりあえず、今はごはん

 私はハムエッグをほおばった。


 ああ、黄身きみ半熟はんじゅくで、美味おいしい。

 椿君ははしを机に置いた。


檸檬れもん君。おぼえておくといい。人間は、いつ不幸ふこうおとずれるかわからない。気づいたときには、二度と会えないってこともあるんだ」


 ニュースの話がいきなり、説教せっきょうに変わり、なんだか胸に、ずしりと石をつめられたみたい。

 

 そんなこと……わかってるよ。

 宗教しゅうきょう勧誘かんゆうとかじゃなくて、けっきょく、椿君も、私に文句もんくが言いたいだけなんだ。


 私の気分は、どんよりだった。

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