第9話 最悪な日 昼2 

「ええ。紅茶一杯に、こんなに、お金、取るの」

「ぼったくりじゃん」


 注文票を見ていたお客様が、大声で言った。

 どうしよう。こわいよ。


「もう、じゃあ。これでいいや。アイスカフェモカ・オルヅォ、ってやつ」


 注文を受け、私はるえる手で、カチャカチャと、お茶を作る。


 ずっと、そのお客様は、大きな声で話していて、そのうえ、おやの水を、こぼしても、そのままで、椿君が無言むごんで、テーブルをいていた。


 なに、この客。いくらなんでも、ありないんだけど。 

 小学生の私だって、これはいけないことだって、わかるのに。


 嫌だ。嫌だ。帰りたい。なんでこんな大人おとながいるんだろう。

 お茶が、できあがったのに、私はかたまって、グラスをながめていた。


檸檬れもん君」


 はっとして、私は、あわてて、お茶を椿君に手渡した。

 椿君はじっと私の顔を見つめていたあと、そっと、私のかたに手を置いて、ポンポンとした。


 それに、私は少し冷静れいせいさを取り戻す。

 やっぱり椿君は、すごいな。優しいし、あんなお客さんにも、ちゃんとけ答えてる。


「お待たせしました」


 そう言ってオーダーされた、お茶をだすと、お客様は無言むごんで受け取り、お茶を一口飲んだ。

 すると


「なにこれ。カフェモカじゃないじゃん」


 なにやら、お客様が、勘違かんちがいして、言いがかりをしてきたようだ。


 うわぁ。椿君、大丈夫かな。お茶を作ったの私なんだけど、こわくて声がだせないよ。


「こちらカフェモカではなく、オルヅォです」

「オルヅォ? なにそれ」


 今、あなたたちが注文したもんじゃん。


「オルヅォは、イタリアのノンカフェインの麦茶むぎちゃです」

「はぁ? 麦茶。ええ、麦茶一杯に六百七十円も取るの? マジで」

「ってかさ、麦茶ならたのまなかったのに」

「すみません。こちらに麦茶と、書いてありますが」


 椿君は注文票を広げて、見せた。


「こんな、小さな字なんて、読めないよ。せっかくバイクツーリングで、こんな山奥まで来たのに、気分最悪きぶんさいあく

「暑さに負けて、こんな店に入らなければよかったね」


 こっちがねがいさげだよ。

 勝手かってすぎる。

 私は口を、モゴモゴとさせた。


 そして、場の悪さに、お客様がつぎつぎと、席を立たれ、全員ぜんいん帰ってしまった。


 もう、本当に最悪さいあくなんだけど。


「でしたら、他の紅茶こうちゃを、おだしします」

「ええ! だって、さらにお金を取るんでしょう。いらないよ。それにさ、小学生が作る紅茶なんて、いらないかなって感じ」


 ガーン。


 そんなぁ。うぅぅぅ。美味おいしい紅茶を作るのってむずかしいんだよ。

 温度調節おんどちょうせつしだいで、味が変わるんだから。


 なんだろう、ものすごく、けなされた気がした。

 まるで、お母さんまで悪く言われたみたいで、私は顔を床に向ける。


「お金は結構けっこうです。それに小学生が作るからって、紅茶のしつが、さがることはありません」


 ちょっと、おこ気味ぎみに、椿君は言いり、私はおどろいて顔をあげた。


「なに、その態度たいど


 急に、お客がまゆを、つり上げた。

 ああ、どうしよう。

 このままだと、さらに椿君にひどいこと言いそう。


 私は、ぎゅっと手をにぎって、るえる足を、ぺしぺしとたたいた。


 よし。

 顔を、引きしめて、お客様に向う。


「あの、カフェモカじゃなくて、ごめんなさい。でも、この、オルヅォにミルクとガムシロップを入れると、美味しくなりますよ。やってみませんか?」


 と、私はおびえながらも、必死ひっしに言った。


「でも。麦茶じゃん」

「た、ためすだけでも、不味まずかったら、私……阿波踊あわおどりします」

「「「「はっ?」」」


 お客様と椿君までもが、すっ頓狂とんきょうな声をあげた。


 おどったこと無いけど、見よう見真似みまねでやってやるんだから。


 どきどき。

 心臓しんぞうが、うるさいほどさわいでいたけど、私は、お客の顔から目を、そらさなかった。


「ぶははははは。いいね。じゃあ、ためしてみるよ。不味まずかったら、おどってよ」

「わかりました。檸檬れもん、庭でおどります」


 そこまでは、誰も言っていない。

 つい、いきおいで、言葉が出てしまった。


 椿君は、なにか言いたそうに、視線しせんを向けているけど、どんっと私は、まかせてって、むねたたいた。


 お客様は、いっそう大笑いをしてたけど、私は急いで、ミルクとガムシロップを多めに用意して、オルヅォに入れた。

 お客様は、おそおそるグラスを持つと、お茶を飲む。


「んー。困らせようかと思ったけど、メチャ美味おいしいわ」

「本当だ。しょうがないな、おどりはあきらめてあげるよ、檸檬れもんちゃんだっけ、この麦茶さ、お土産みやげに買いたいんだけど、もらえる」


「はい。もちろん。あ、もし面倒なら、ティーパックタイプのが、ありますよ。こちらだと、簡単かんたんに、美味おいしく作る方法で、五百ミリリットルの牛乳のなかに、ティーパックを二時間ほど入れれば、ガムシロップを入れて、そのまま飲めますよ」


「へぇ。物知ものしりだね」

「さすが、お店を手伝てつだってるだけあるね」


 お客様は、にこりと笑って、のこりの時間を、ゆったりとすると、満足まんぞくそうに、私に手をって、店をでて行かれた。


 良かった。何とかなった。

 頑張がんばって、大人おとなぶった態度たいどを取っていたけど、本当はしんどかったんだ。

 私は、へなへなとゆかに、しゃがみんだ。


 ぐすん。こわかった。


「ありがとう」


 座り込んでいる私のとなりに、ちょこんと椿くんもひざかかえて、すわり、頭を下げてきた。


 眼鏡めがねの奥にある、真っ黒なひとみが、とても優しい三日月をして、微笑ほほえんで、私はポロリとなみだを流した。


「ふえぇぇん。椿君。こわかったよ」


 私は、ひしっと椿君にきついた。

 そのいきおいで、椿君をたおしてしまい、ゴンと椿君が、椅子いすで、頭を打ったようだった。


「っ……」


 椿君のくぐもった声が聞こえたけど、かまうもんか。

 私はしかられないことをいいことに、椿君の胸のなかで、ぐずぐず泣いた。


「ほら、もう泣き止んで、もう店じまいだ。それに、このままだと、檸檬れもん君に餌付えづけもできない」

づけ?」

「ふふ。いらない? 甘いお菓子かし


 はっとする。


「もしかして。ぶるーがる。ってお菓子」

「なに? そのけったいな洋菓子ようがしは。ブールドネージュだよ」


「ぶるーどねじゅ」

「なんか、ちょっとちがうけど、紅茶以外はダメダメだな。さぁ、俺からおりて」

「むうぅ」


 言い返せない。

 私は椿君からはなれる。


「ほら」


 椿君は、厨房ちゅうぼうから、ひとつの真っ白い雪玉のような、ブールドネージュをだすと、私の口のなかに、ポンと入れた。


「んん。ホロッとして、甘くて美味おいしい」


 今日は朝も昼も最悪さいあくだったけど。

 この、お菓子かしだけは、最高さいこうだった。


 ふう。

 もう、これ以上の最悪さいあくなことは起こらないよね。

 私は、そう思って、今日の仕事を終えて、お祖母ばあちゃん家へと帰って行った。

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