第8話 最悪な日 昼1 

 今日の昼ご飯は、お祖母ばあちゃんが作った、ナスの素焼すやきと、トウモロコシごはんと、豆腐とうふ味噌汁みそしるだった。


 たくさん食べなよ、と笑うお祖母ばあちゃんには悪いけど、ハンバーガーが食べたかった。


 ご飯を食べ終え、そろそろ仕事に行かないといけないんだけど、お母さんに、今日はどこにも、でかけずに、宿題しゅくだいをしなさいっと言われていた。


 そういうわけには、いかないもんね。

 椿つばき君との約束なんだから。


 そっと私はお母さんを見る。お母さんは、大樹たいきにミルクをあげるところで、台所だいどころへと席を、立った。


 今だ。

 私はそのすきに家を出て、ガーデンローズへと、向かった。


「よし、いやなことを忘れて、気合いを入れて、お仕事するぞ。へへへ」


 この前は、お客様に”お手伝いしてえらいね”ってめられた。


 私は思い出しながらメイド服に着替きがえると、いつも通りお店の掃除そうじをする。

 オープンになると、さっそく、常連じょうれんの、お姉さんがたが、やって来た。


「こんにちは、檸檬れもんちゃん。今日はあついね」

「お姉さん。こんにちは、お席は……カウンターで」

「まぁ。気がくように、なっちゃったわね」


 だって、お姉さんたち、AI兄さん目当めあてなんでしょう。

 あっ。でも、ちゃんと私の入れた紅茶も、美味おいしそうに飲んでくれるけど。


 私は兄さんが、よく見える席へと、案内する。


檸檬れもんちゃん。これあげる」

「お手伝い、頑張がんばってね」


 実は私のことは、椿つばき君とイトコってことに、なっているんだ。

 それで夏休み限定で、お店を手伝っている。そう、椿君はうそをついている。


 うそは、いけないことだけど、お客さんに聞かれたら、こう答えるしかないよね。


 常連じょうれんのお姉さんは、こっそりと私に苺の飴玉あめだまをくれた。

 私はあとで食べようと思って、スカートのポケットにしまった。


 へへへ。もらっちゃった。あ。やば、椿君と目が合った。


 私にしか気づかないほど、眼鏡めがねを光らせて、ギロリとにらまれ、私はかめさんの首根くびねっこのように、ちぢこまらせた。


 別にいいじゃん。あめくらい。


 私は、お客様を席に案内すると、厨房ちゅうぼうで待った。

 入れかわりで椿君が、お冷やと、おしぼりを用意よういして、お客様のオーダーを聞きにいく。


 その間に、私はお湯を沸かす。


 これぞ、連携れんけいプレイ。

 なかなか、いきが、あってると思わない。


「今日はサクランボの紅茶を2つ。アイスで」

「スパークリングにも、出来ますよ」


 お姉さんたちが注文すると、椿君が、今日は暑いからか、スパークリングをすすめた。


「わぁ。美味おいしそう。じゃあ、スパークリングのサクランボの紅茶で」


 私はさっそく紅茶を作る。

 スパークリングは紅茶を割るので、ポットのなかの茶葉は、いめに作る。


 しっかり蒸らした、耐熱たいねつのグラスに、熱い紅茶をそそぎ、適量てきりょうこおり炭酸水たんさんすいを入れる。


 グラスのなかは、しゅわしゅわと炭酸たんさんはじけて、けたこおりが、カランっと、涼しげな音をたてた。


 私はおぼんにのせて、それを椿君に手渡すと、お客様の席に置く。


「今日の日替ひがわり菓子かしは、ブールドネージュになります」


 なにそれ!

 また、聞いたこともない、お菓子の名前に、私の興味きょうみは、ぐんぐんえた。


 お客様を、じっと見てるのは良くないけど、気になって、キラキラした目で、物珍ものめずらしい、お菓子かしを見つめた。


 なんだろう、白くて飴玉のような、お菓子かしだ。なんて言ったっけ。


 ぶ、ぶ、ぶ。ぶるーが寝る。(ブールドネージュ)だったっけ。


 変な名前。ブルーって入ってるのに、青くない。なんでだろう。

 でも、風呂、ランタン(フロランタン)が美味おいしかったから、あれも、美味おいしいのかな。

 

 お客様は、白くて、まん丸い洋菓子ようがしを食べながら、紅茶を飲んでいた。


 どっちも美味おいしそうにしている。

 ふふ。なんだか嬉しくなっちゃう。


 私が喜んでいると、カランととびらかねがなった。他のお客様が入ってきたのだ。

 うわぁ。これは忙しくなりそう。


 お客は、次から次へと入ってきて、今日は、いつもより、暑いせいか人が多かった。

 私は、走り回りながら、れた手つきで、仕事をこなした。


 そんなときに、新しいお客様が来店らいてんされた。


「ぎゃははは。そいつバカじゃん」

「でしょう。だからさ、その女に言ってやったの、自分が可愛かわいいとでも、思ってるのかって」


 うわ。とても強烈きょうれつな、お客様が来ちゃった。


 お店でくつろいでいる、お客様も眉毛まゆげをぴくりとねあげて、いやそうに、来店らいてんしたばかりの、お客様を、ちらちら見ていた。


 かみが、ミルクティー色の人と、真っ青なかみの人の、二人連ふたりづれの女のお客様で、化粧けしょうくて、刺激臭しげきしゅうのする香水こうすいで、私の気分が悪くなりそうだった。


 高校生かな。原付バイクにって、ツーリングに来た様子だけど。ちょっと怖いな。


「やば、外マジであつい。ちょっと、ここの冷房れいぼう、けちりすぎじゃない。わぉ。小学生じゃん」


 私と椿君を見るなり、お客様はゆびを、さして笑った。


「え、本当だ。うわ、子供なのにはたらいてんの? えらいねってか、はたらかせてんの、あれじゃん、労働基準法ろうどうきじゅんほうに、はんしてんじゃない」

「あんた、労働基準法ろうどうきじゅんほうって、ちゃんと知ってんの」


「知るわけないじゃん。それよりあついからさ、ねーねー。私たちいつまで立ってればいいの」


 私は、あまりにも、すごいお客様に固まってしまった。


「ごめんなさい、えっとこちらに」


 いかん。営業えいぎょうスマイル。

 気持ちを入れかえて、私が案内あんないしようとすると、椿君が、すっ、と私の前に立ち、案内あんないわってくれた。


 私は、ほっとする。だってこわくて、相手あいてしたくないよ。


「あれ、さっきの子は?」

「他に仕事がありますので、私が案内します」

「へぇ。君も小学生だよね。かっわいい」


 けらけらと、下品げひんに笑う姿に、つぎつぎと、他のお客が立ち上がり、店を出て行った。


 嫌だな。このお客さんも、早く帰ってくれないかな。私は口を閉ざして、その姿を見つめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る