第7話 最悪な日 朝 

 あれから三日がった。最初こそ、ぎこちなかったけど、だいぶガーデンローズでの、お仕事にれたと思う。


 私の勇姿ゆうし自慢じまんしたくなる。でも、このことは、お母さんたちには内緒ないしょ


 というか借金しゃっきんしてます。二十万も、なんて言ったら倒れられちゃう。


 私は、お祖母ばあちゃんの家の居間いまたたみのうえで、手持ち扇風機せんぷうき(ハンディファン)を回しながら、寝っ転がっていた。


 仕事に行くギリギリまで、だらだらしたいじゃん。

 お父さんが朝に起きるときに、あと五分だけって言うのがわかる。


檸檬れもん、ご先祖せんぞ様に、お花を、おそなえして」

「はーい」


 もうちょっと、だらけようと思っていたけど、弟を抱いた母に言われて、よっこいしょっと、立ち上がった。


 ぞうりをいて、玄関を出ると、まぶしい朝の光が、ギラギラとってくる。


 花壇かだんに咲いている、白いきくの花を、切りバサミで、よっと、ちょん切る。


 たったこれだけでも汗がでてくる。

 きっと今日も暑くなる。


 私は、お仏壇ぶつだんに、お花をけた。

 仕事が始まる前に、もうひと眠りしよっと。

 お仏壇ぶつだんから離れたとたんに


「おまいりもしなさい」


 と母に言われ、面倒臭めんどくさがりながらも、はなをひんげ、線香せんこうをあげて、座布団ざぶとんに座わり、手を合わせた。


 この、おまいりをする必要性ひつようせいが、わからないんだけど。

 こんなことして、だれが喜ぶんだろう?

 シビアに私は考える。

 

 私の最近さいきんの朝の日課は、いつもこんな感じ。マンションの家にいるときは、お仏壇ぶつだんなんてなかったから、おそなえするのがよくわからない。


「今日は、イトコたちも来るんだから、ふらふらしてないで、勉強しなさいよ。あんた宿題やってるの?」


 うるさいな。普段は大樹たいき大樹たいきって、うるさいのに、こんなときだけ小言こごとしないでほしい。

 私、もう働いてるんだから。

 イライラしながらも、私は答えなかった。


「ところで、お昼ご飯を食べると、どこに行ってるの」


 私はギクリとした。

 ガーデンローズだよ。とは言えず


「みっちゃん、ところ」


 ご近所の同じ年の美智子みちこちゃんのところだと、うそをついた。


「毎日、お邪魔じゃましては、ご迷惑めいわくでしょう」


 ヤバイ。これ以上、聞かれたらバレちゃうよ。

 私は目を泳がせた。

 どうやって誤魔化ごまかそう。と思っていると母にかれていた大樹が、また、泣き出した。


「ふえええええ」


 おお、えらいぞ。初めてあんたのき声に感謝かんしゃする。

 顔を真っ赤にして大樹たいきは、をそむける。その姿を見て感謝したのは一瞬いっしゅんで……。


大樹たいき、泣かないで。ああ、おしめね。今、かえるから」


 さっきまで私のことをしかっていたくせに、お母さんはもう、大樹にしか目もくれなくなった。


 お母さんは大きなトートバックから、おしめをだすと、たたみのうえに大樹を寝転ねころがらせて、おしめをかえだした。私はお母さんの背中せなかを、じっと見つめた。

 

 やっぱり、可愛くない。

 弟って、もっと可愛いと思ってた。

 私は、フンっと鼻息はないきあらげると、廊下ろうかを通って、奥の部屋へと、こもった。


 しばらくすると、ガヤガヤと玄関がさわがしくなってきて、イトコたちが来たようだった。


「おばちゃん。赤ちゃん見せて」

「おお。ちっさ」

「すっげー。こっち見てくる」

「名前、なんて言うの」


 どうやらみんなで、大樹たいき観察かんさつしているようだ。


「かわいいよな。俺の弟と大違おおちがい。こいつもさ、昔は、こんなふうでさ、かわいかったんだけどなぁ」

「なんだよ、兄ちゃん」


 あはははっと笑い合う声に、私のムカムカが、おさえられず、近くにあったペンギンのクッションをり上げた。


 ペンギンのクッションは可哀想かわいそうなほど、てんてんと、飛んでいった。


「ゲームしようぜ」


 イトコの誰かが、そう言ったのが私の耳に入る。すぐに、おお。とか、これな。とかゲームの話題にりあがりだした。


 ウソでしょう。このゲームの内容って、今、話題わだいのゲーム『集合しゅうごう・みんなの山』じゃない。

(私も、やりたい……)


「そう言えば、檸檬れもんは」


 イトコのひとりが、私の名前を呼んだ。ちょっと嬉しくなる。それなのに


「やめろよ。女は禁止きんし。これは男のロマンなんだから」


 その言葉に頭にきた。

 バッカじゃないの。私はハムスターの頬袋ほおぶくろのように、ほほふくらませた。


 たかが、ゲームで男のロマンも、ないじゃんか。

 もっと小さい頃は、一緒いっしょに遊んでたのに、最近やたらと私を女だからって、のけ者にするんだよね。


(だから男の子ってきらい。おさないんだから)


「ははは、必殺技ひっさつわざ早連打はやれんだ

「ぶはははは。なんの意味もねぇ」


 バッカじゃないの。

 私は、もう一度、近くにあったペンギンのいぐるみを、ばした。

 はぁはぁっといきを吐いて、少し気がすんだ。


 でも、同じ男の子でも、椿君とイトコは、なにか違う気がする。たぶん同じ年頃ぐらいだよね。

 なのにどうして、椿君はあんなに落ち着いてるんだろう。


 と、そこにまたしても、大樹たいきの泣き声が、大きくひびわたり、私は我慢がまんできず


「うるさい」


 と言って、手で両耳をふさいだ。朝から最悪だった。

 イトコや大樹たいきと違って、これから私は、働きに行くのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る