第5話 お仕事のはじまり 

 次の日、私はスキップをしながらカフェに、おとずれた。


 今日から私は、大人の仲間入り。働くことは、大人だ。と思っていた私は、初めてのお仕事に浮かれていた。


 楽しいことが始まる。そう思っていたけど、考えが甘かったみたい。

 だって


「まずは、庭と玄関げんかん掃除そうじ

「はーい」

「窓とテーブルをいて」

「はぁーい」

「庭にあるバラを、10本ほど切ってきて、テーブルの花瓶かびんけて、怪我けがしないようにな」

「はぁい」

「終わったら、トイレ掃除」


 ぶちり。いい加減かげん、私の頭の血管が切れた。

 聞いてないよ。こんなに体を使うなんて。

 たしか、紅茶を入れるのが仕事じゃなかったっけ。


 私は怒りながらも便器べんきを、じゃぶじゃぶとブラシで、こすった。


適当てきとうにやらない」

「うううううう」


 黒ぶち眼鏡めがねを、キラリと光らせて、椿つばき君は鬼のように、背後から声をかける。


 そんなに見張みはってるひまがあるなら、手伝えばいいと思う。

 私は、まゆをキリリと、つりあげた。


「それから、君の制服だ」

「へっ?」


 私は、きょとんとした。


「今、着ているTシャツに半ズボンでは、この店に合わない」

「たしかに……。だったら来たときに、渡してくれば、いいのに」

掃除そうじして、制服をよごされたくない」


 このやろう。

 今の言葉は、聞きてならない。それは、私の服なら掃除そうじして汚れてもいいってこと。


 私の眉間みけんが、ぴき、ぴき、と青筋あおすじかばせた。


 言っておくけど、このTシャツの”ミニかわ”は人気キャラクターで、私のお気にいりなんだから。


 私の心は真っ黒になり、ほほを、つり上げて、わるい顔になる。


 ふふふ、その、お綺麗きれい椿つばき君の顔に、便器べんきに使った、ブラシを投げつけてやろうか。

 

 不吉ふきつなことを思う、が、支給しきゅうされた制服を広げると、私は、ぱあっと明るい笑顔になった。


「かわいい。これメイド服だよね。着ていいの?」

「ああ。ちょっと、待って」


 クスリと笑いながら椿君は、なぜか壁に向かい、ぼそぼそと話している様子だった。

 えっと。壁と話してる。どうしよう。あたま可笑おかしくなっちゃった。


 ときどき、わけのわからないことは言ってたけど、わけのわからない行動は初めてかも。なんて思っていると


 がたがたがた。

 となりの部屋らしきところから、ものすごい、荒らされている音がした。


「えっ。なに。だれかいるの?」

だれもいない」

だれもいないって、すごい音なんですけど」


 どすん。ばったん。ずず。ずず。

 本当にだれもいないの、だって、これ引きずってる音じゃないの。それとも私の耳が可笑おかしくなったのかな。


 少ししてから、しーんと部屋の中は静まり返った。椿君は眼鏡めがねのふちをあげながら、笑った。


「さぁ、となりに、ロッカールームがある。着替きがえるといい」


 いや、いや、いや。可笑おかしいでしょう。あきらかに言動と行動が、可笑おかし過ぎる。


 今しがたロッカールームができました。みたいな言い方されてもさ、魔法じゃないんだから、ぱぱっと部屋が大改造だいかいぞうなんて、ありえないよ。


 そう思いつつも、私はビクビクとしながら隣の部屋のノブを回して、ガチャリと開けた。

 なんだ、普通じゃん。


 そこには黄色の檸檬模様れもんもようの壁紙に、小さな子供用のソファーと、ひとつのピンクの木のロッカーがあった。


 ロッカーは私の背丈せたけにぴったり。気持ちが悪いほど都合つごうのいい部屋だった。

 私は、おデコに手をあてて、考えた。


 ここ……絶対に普通じゃないよ。実は椿君は妖怪ようかいだったりするのかな。

 でも、どう見てもイケメン小学生にしか見えないんだけど。


 まぁ、小学生にしては言葉が大人びている気もするけど。

 私はぶつぶつとつぶやきながら、椿君に渡された制服に着替えた。


「いいじゃないか。似合にあっている」


 ロッカールームから出ると、椿君は、まじまじと私を見て、納得なっとくしたのか、うなずいていた。


 つやつやの革靴かわぐつに、真っ白の長い靴下、ピンクのフリフリのミニスカート、真っ白なエプロン、首にはバラの形のネックレス、両耳のうえはツインテール。髪には大きな真っ赤なリボンをしている。


 私は調子に乗って、クルリと回って見せた。


「よし。思った通りだ」

「なんかずかしい」

「ふふ。れるさ。それより、これを紹介しょうかいしよう」


 これっと言って椿君は厨房ちゅうぼうを指した。

 そこには目がしぱしぱするほどの、美青年が立っていた。二十歳くらいだろうか。なんて言うか……こう椿君を大人にしたら、こうなりますっとゆう容貌ようぼうだった。


「大人いるじゃん」

「あれは、AIだ」

「えーあい!」

「そう。人型ロボットだ」

「ロボット!」


 そんなの置いてあるの。最先端さいせんたん。と私がおどろいていると、椿君はそのAIに向かって話しかけていた。


「兄さん」

「にいさん!」


 待って、AIじゃないの。兄弟なの。


「これは、兄さん一号いちごうだ」

「なにそれ、二号がいるの」

「いや、いない」


 まぎらわしい名前をつけないで欲しい。何だか知らないけど、兄さんと呼ばれたAIは、まぶしいほどの笑顔を向けて「なんだい」と椿君に答えた。


 やば。声まで美声。これ本当にAIなの。私をだましてる。私はあやしそうに目を細めて見つめた。


 どっからどう見ても椿君と、年の離れた美形兄弟にしか見えない。


「兄さん、ティーカップを持って来て」

「わかったよ」

(うわ。眩しい。眩しすぎるぜよ。兄さんの笑顔)


 神がかった、その笑顔に、私は思わず、ひるんでしまった。兄さんは花柄はながらのカップを椿君に渡した。


「ね。AIだろう」


 ねって。どこがAIなのかわからないんですけど。遊ばれてるの。絶対に信じられないんだけど。

 私は不信な顔を向けた。


「えっ。見えない。それなら」


 私がジト目を送ると、椿君は考える素振りをしてから


「兄さん。両手をあげて」

 

と言った。兄さん一号は両手をばんざいさせる。


「で、おしりを、つきだして」


 ん。

 言うことを聞く兄さんに椿君は、にやりと、いたずらな笑みをした。


「はい。おしり、ふりふり」


 ふりふりふり。


「ぎゃぁぁぁ。やめい!」


 そんな、お綺麗きれいな顔で、下品げひんしりられたら、イメージがくずれる。それなのに私の反応を見て、椿君は肩をるわせて静かに笑っていた。


「くっくっく」

「笑ってないでよ。本当に絶対にダメ。あの顔で変なおどりをさせないで、兄さんも、いつまでも、おしりふりふりしないで」


 こっちを見ながら、兄さんは、まだ、こしをふりふりして、私はついしかってしまった。それなのに兄さんってば、止めてくれないの。いつまでも、それ、それ、それ。ふりふりふり。


 やーめーてー。

 どうやら椿君の命令めいれい最優先さいゆうせんらしい。


「ははは。兄さん、もうやめていいよ」


 兄さんは両手をあげて、おしりを突き出した体勢たいせいのまま停止ていしすると椿君を見た。


 いや、本当に、イメージが……。イケメン台無だいなしだから。

 たのむで、そのポーズのまま止まらないでよ。


「くっくっくっ。兄さん、普通にしていいよ」


 椿君が言うと、なにごとも、なかったように兄さんは動いた。


「ねっ。あれはAIだよ。まだ信じられない、なら、他にも……」

「わかった。わかったから、なにもさせないで、そんな面白おもしろそうに笑ってないでよ、椿君」

「ふふふ。檸檬れもん君の反応が、面白おもしろくて」


 やっぱり。私であそんでるんだ。椿君ってば、性格悪せいかくわるい。

 私はほほをぷうっとふくらませた。


「ふふふ。はははは」


 椿君が大笑いすると、そこでどうしてか兄さんも真似まねして笑う。私は頭痛ずつうがして、おでこを押さえた。


「なんで、わざわざAIを使うの?」

「決まっているだろう。小学生が経営けいえいするカフェなど、通報つうほうされるだろうが」

「…………」


 ねー。聞いてもいいだろうか。やっぱり絶対、このカフェ変だよ。


「さて、時間だ」


 なにはともあれ、ガーデンローズ開店かいてんです。

 私は椿君の指示しじで、店の外にある札をオープンにした。


 そのとき、柱時計はしらどけいり子が、カチコチときざむむ音がして、秒針びょうしんが、ちょうど二時をすと、ボーンと音がひびき渡った。


 さあ、どうなることやら。

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