第4話 味のない紅茶 

「ふぅう〜」


 ざばっとお風呂に入ると、お湯が、勢いよくあふれて流れていく。私は息を吐いてタオルを頭に乗せた。


「今日は、いろいろあったなぁ」


 まさか、自分がカフェで働くことになるなんて。

 古くさい、お風呂の小窓を見上げると、開かれた窓のすき間から見える星がまたたいていた。


 それを、ぼんやりながめて、今日の出来ごとを思い出していた。


「──こっちへ」


 男の子が裏口からカフェへと通してくれた。


「えっと。入っていいの」

「かまわない。もう営業は終わった」

「えっ。まだ三時が過ぎたばかりだよ」

「このカフェは一時間しか営業をしてないんだ」

「たったの一時間! ええ。ビックリ」


 たった一時間しか営業しないカフェなんて聞いたことない。

 そんなのでよくやっていけるな。と思いながら、お客のいない、静まり返ったカフェに通された。


 床板はレンガで、異国の絨毯じゅうたんかれていた。窓ガラスは大きくて、さんさんと光が通している。


 窓の奥にはバラが見えるから、さっきまでいたバラの花園とつながっているのかもしれない。


 私は立ち止まって、店のなかを左から右へと見渡した。

 よくわからない、アンティーク家具がいっぱいたなにある。冬になったら火を灯すのか、小さな薪ストーブなんかもあった。


 カチコチ、カチコチ。

 首を振りたくなるような、柱時計はしらどけいが、時をきざんでいる。

 上をみれば、柔らかな光をはなつ、照明とランタンが、ぶらさがっていた。


 シャンデリアだっけ、透明なガラスがぶらぶらしてるやつ、あれが店の真ん中に目立って、るされていた。


 ふむ、テーブル席は5席。

 花柄はながら椅子いすと、真っ青なレースのテーブルクロス。


 机の真ん中には、庭の花をんできたのか、ガラスの花瓶かびんに、色鮮いろあざやかな、バラがかざられていた。


 それで、カウンター席は3席。

 椅子いすに、大きなくまの、ぬいぐるみが置いてある。

 いいなぁ。大きいテディベア、私も欲しいなぁ。抱きまくらにして、たいな。


 カフェの扉はステンドガラスが取りつけられていて、青いバラの絵柄えがら

 なんだか宝石が、はめ込まれているみたいに、キラキラしていた。


 かわいい! 

 思ってた以上にステキなカフェだ。

 私は、おもちゃ屋にいるときみたいに、目をかがやかした。


「こっちに、すわって」


 男の子に言われ、私はカウンター席に着席ちゃくせきする。

 男の子はそのまま、優雅ゆうが姿勢しせいのまま、厨房ちゅうぼうに行くと、カチャカチャと音をたてて、一杯の紅茶を私に作ってくれた。


「この紅茶を、飲んでみてくれないか」


 そう言われ、ほかほかの湯気がたつ、カップを持って、ふーふーと冷ましながら、私は、ずずっと飲んだ。


「どうだ?」

「………」

美味おいしいか?」

「……」


 なにこれ。

 私は表情を、お面のように無にした。


「味がない」

「だよな」


 ん?

 その反応は可笑おかしいんじゃない。

 まるで、知ってたみたいな男の子の言葉に、私は首をかしげた。


「これ、白湯さゆ? じゃないよね。色はげ茶色だし。これ、なんの紅茶」

「ダージリン」

「はぁ? ダージリン?」


 そんなはずないよ。だってダージリンって匂いが、けっこうきつめなんだよ。香りが立つから苦手な人もいるのに、なんで匂いも味もしないの?

 ますます、わからない。


うすめすぎとか」

「してない……」


 男の子は落ち込んでいるのか、両手でカウンターテーブルをつかんで、頭を下げた。つむじが見える。押してやろうかと思ったが、やめた。


「なんでだ。俺が聞きたい……紅茶を入れると、こうなるんだ。他の人が入れた紅茶は、美味おいしく飲めるのに、俺が入れると味がなくなる」


 そんなこと、聞いたこともないよ。


「えっと、病気かなにか……なわけないか」

のろいだ」

「……」

(やっぱり、帰ろう)


 本日、なん度目かの男の子の不思議ふしぎな言葉に、私の心は決まった。


 絶対、ヤバイ子だ。だってのろいなんて、あるわけないじゃん。いくら私が小学生でも、それぐらいはわかる。


 私はだまって、椅子いすから降りると、すたこらさっさっとドアに向かった。


「二十万」


 ビク。


「親に言うぞ」

「……わかったわよ。帰らない」


 おどされて、私は、しぶしぶとカウンター席にもどった。


「こんな紅茶を、お店に出すわけにいかないもんね。でもさ、あなたが紅茶を入れているわけじゃないでしょう。別に私を、ここで働かせなくても、ここの店長さんとか──」

「俺」


 ん?


「紅茶を、いれているのが?」

「うん」

「あれ、大人は?」

「この店は、俺しかいない」

(はい?)

「……」

「俺が店長」

(やっぱり、帰ろう)


 無い。絶対ありえない。うそをつくにしても、子供店長なんて言うか、普通。

 大人がいない。じゃあ、小学生のカフェだって言うの。


 ない、ない、ない、ない。

 私は椅子いすから、するりと降りる。


「二十万」


 男の子は、すかさずに言う。

 くっそう。私は無言で椅子いす着席ちゃくせきするしかなかった。


「っで、私の仕事は、紅茶を入れればいいの?」

「ああ。まず、紅茶の味を確かめたい。入れてくれるか」


 私は厨房ちゅうぼうりると、てきぱきと紅茶を作った。茶葉ちゃばをだして、ポットに入れる。時間を置いてから、紅茶をカップにそそぐ。


 紅茶を入れながら私は考えていた。

 ここって、紅茶専門店じゃなかったっけ。


 子供が店長で、紅茶に味がなくて、どうやって客を呼んでたんだろう。

 私がお客なら、こんな不味まずい紅茶のために、お金なんて払いたくないし、飲みたくもないんだけど。


 そこまで思って「はい」と、出来上できあがった紅茶をだした。

 男の子は受けとると、紅茶を鼻先はなさきまでカップをあげて、紅茶の香りを楽しむ。


「いい匂いだ。この紅茶は、ダージリンだな。それに母親が、紅茶の販売店だって言ってたのは、嘘では、ないようだな。手際てぎわもいい」

「えっへん」


 これだけは自慢じまんできる。私は得意とくいげにむねを、どんとたたいた。

 これが、本物のダージリンだと見せつけてやるんだ。


 男の子は、紅茶をゴクンと飲む。キリリとしていた、眉尻まゆじりが、ゆるくなる。


非常ひじょう美味おいしい」

「へへ」

「合格だ。明日から一時半に来てくれるか」

「そんな中途半端ちゅうとはんぱな時間から、営業なの」

「営業時間は二時から三時だ。準備があるからな、早めに来てほしい」

「そっか。わかった」


 私は紅茶をめられ、うれしくなってしまい、機嫌きげんよく、うなずいた。

 明日から、お仕事か。

 ふふ、なんだろう。お父さんたちみたいに、大人になった気分。


──そこまで思い出すと「あぁ~ん」と、大きな大樹の泣き声が聞こえてきて、私の心が、ずん、と重くなる。


「また、大樹かぁ」


 お風呂に入って、いい気分になって、今日のことを思いだしていたのに、弟の声で気分が冷めちゃった。


『よーし。よし、よし。大樹。いい子。いい子』

『おしめをえようか。お父さん、おむつ取って』

『お父さんがやるよ。お母さんはミルクを用意して』


 そんな声が遠くで聞こえる。

 世話せわのかかる弟。私とは大違おおちがい。


「ふんだ」


 私は湯船ゆぶねに顔を突っ込んで、ぶくぶくと、あわを吹かせた。


檸檬れもん。そろそろ、お風呂から出ておいで、お祖母ばあちゃんが、スイカを切ったよ」


 また、スイカかと思いつつ。きゅうりが出てくるよりはいいかと「はーい」と返事して、ざばりと、お風呂からあがった。


 そう言えば。帰りぎわに、あの男の子が名前を言っていたな。


「──君の名は?」


 男の子に問われて、私はとびらに手をかけて、振り返った。


立花檸檬たちばなれもん檸檬れもんって呼んで。あなたは?」


 男の子は、ふっと笑うと


髑髏椿どくろつばき椿つばきと呼んでくれ」


 そんなやり取りを思い出す。


「ふふ。椿つばき君かぁ。それにしても、すごい名字。髑髏どくろだって」


 でも、ちょっと風変わりで、変なことばかり言う子だったけど。すっごい、かっこよかったな。


「ふふ」


 思いだし笑いをしていると「檸檬れもん」と、お祖母ばあちゃんが、さらに声を荒げた。


「はーい。すぐでるよ」


 そう言って、私はお風呂を出たのだった。

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