第2話 橋の向こう

「こんなところまで来たの、初めて」


 私は赤い橋の前で立ち止まった。

 橋は思っていたよりも長く、その先は、わさわさの生いしげった森だった。


 緑色の葉が入道雲にゅうどうぐもみたいに、もこもこして、日向ひなたを隠して薄暗くなっていた。


 ちょっと怖いかも……。

 私は一歩、下がる。お化けがでそう。でも、こんな真っ昼間からでるわけないよね。


「こ、怖くないもん」


 私は言い聞かせて、ドキドキしながらも、赤い橋を、ゆっくりと渡った。下をのぞくと、地上から橋まで、けっこう高さがあった。

 おっと。あまり下を見ると、クラクラしちゃうぞ。


 お父さんが言っていた通り、川が、ざーざーとして、流れが速い。

 プールで泳ぎたいけど、ここではおことわりかな。弱気になりそうになり、私は左腕をつねった。


檸檬れもんは強い子。元気な子」


 小さなころ、お化け屋敷に入ったときに、お母さんが、魔法の言葉をとなえてくれた。これを言うと、すっと、怖くなくなるんだ。

 私はビクビクしながらも、橋を渡りきる。


(なんだ。楽勝らくしょうじゃん)


 へっちゃら。へっちゃら。へっへっへっ。

 怖いことを、ひとつ乗り越えたら、レベルアップした気分。

 私は軽い足取りでスキップすると、一本の道を登って行った。


「アゲハチョウだ」


 見るものすべてが、キラキラしているみたい。

 一匹の綺麗きれいちょうが、ひらひらと目の前を通り過ぎた。

 私はつかまえようと、追いかける。どんどんと登って行く。


 すると、どこからか息苦しくなるほどの、バラの匂いがしてきた。


「あれ、いい匂いがする」


 香りの出どころを探して歩いていると、ひとつの、山荘があらわれた。


「うわぁ。可愛かわいい家」


 洋館ようかんって言うんだっけ、アンティークっぽい家が、どーんっと建っていた。


 壁が茶色のレンガと白のお家。窓ガラスは丸い。玄関の横には、モミの木が生えてて、ドールハウス巨大版みたい。


 いいなぁ。こんな家に住んでみたいな。

 でも、花の香りがするのは、こっちじゃないみたい。


 あっちからする。

 どうやらバラは裏手にあるみたい。私は裏へと回った。


「あっ」


 ひらりと花びらが綺麗きれいっていた。赤にピンク。青に紫。黄色にオレンジの花びらが、私の目の前を流れていって、まるで花吹雪はなふぶきみたいだった。


「きれい」


 ほうっと見とれていると、太い鉛筆えんぴつみたいなカフェが、あることに気がついた。

 えんとつ、があってこいのぼりのうろこみたいな、青い屋根があるんだ。


 うわぁ。バラに、かこまれた妖精の家のカフェみたい。

 カフェの入り口で私は口をあけて、ぽかんっとして見上げた。


 看板かんばんには『紅茶専門店こうちゃせんもんてん。ガーデン・ローズ』

 と書かれていた。


 紅茶専門店だって。ステキ。

 なにを隠そう、私は飲み物のなかで紅茶が、一番大好きなんだ。


 とくにミルクティー。紅茶の香りとミルクの甘みがざって美味しいんだ。砂糖多めが私のオススメ。


 ウズウズが私の体の中を動きまわった。

 ちょっと、のぞくぐらい、いいよね。


 私は、そっと中に入る。色鮮いろあざやかなタイルをみしめて庭に入ると、ポロロン、と、オルゴールの音が流れてきた。『大きな古時計』の曲だ。


 うわ、どこから曲が流れてくるんだろう。

 庭には1本の桜の木があって、そのみきに光センサーがあるのを発見する。


 これか。いろいろ、仕掛けがあって、面白いカフェだなぁ。

 遊園地に来たみたいに、私は落ち着きがなく、きょろきょろとした。


 このまま真っ直ぐ進めばカフェの入り口なんだけど、私は左側に目をうばわれた。


 だって、大きな花壇かだんがあるんだもん。黄色のバラのアーチのガーデンゲードが、トンネルみたいに奥につながっている。

 これは、どうしてもバラのなかを、くぐりたい!


(あっ。立ち入り禁止きんしって、書いてある)

「……」


 いけないと思いつつも、すこしだけ。と、私は言い聞かせて、こっそりと中へと入った。


 黄色のバラのトンネルを、くぐっていると、なんだか、不思議の国に来たみたいだった。毛虫と目が合い、頭をさげて、こんにちわ。


 バラのトンネルを、どんどん、進むとまぶしい光が見えて、私はトンネルを出た。

 そこは、バラ、バラ、バラの花!

 見わたすかぎりのバラの花園はなぞのが広がっていた。


 うひゃあ。きれい。

 お花のテーマパークみたい。小さいけど白色の噴水ふんすいなんかもある。


「あれ。この花、青いや」


 私は花園のなかで目立っていた、青いバラが目にとまった。花びらが何枚にも折りかさなって、フリルのドレスみたいに開いている。


 なんか”私ってきれいでしょう”って、どや顔しているみたい。

 思わず、私は手を伸ばした。


(たしか、バラを青色にすることは、できないんじゃなかったっけ? できても、花瓶かびんのなかの水を、着色だっけ、色つけて青色にすると、花が水を吸って、バラが青になるって、お母さんが、言ってた気がするけど。コレって、土から生えてるよね。土から青い色のバラを咲かせることは、できないって、言ってたような)


 なんで咲いているんだろう?

 私は青く咲きほこるバラを、じっと見つめた。

 これ、お母さんに見せたら、ビックリするかな?


 私は、そっと花に触れて、つかんだ。ためらってから、ぐっと手に力をこめる。


「……。一本くらい、いいよね」


 引き抜こうとしてたんだけど、私はそっと手を離した。


「やめよう」


 人の家のものを、勝手かってぬすむのはダメだ。

 きっと、お母さんも喜ばない。


 それに、こんなところまで入ってきちゃった。

 これはいけないことだよね。

(帰ろう)


 私は来た道を戻ろうと、り返った。ところが。

 あれ、なんだろう?

 私は、目ざとく腰ぐらいの高さの、ポールみたいな、石のはしらと目が合ってしまった。


 なんで、こんなところに、あるんだろう。

 それも石には”守る”って漢字が書いてある。

 えっと。なにを守ってるんだろう?

 私は首を、かしげる。


 すごく心惹こころひかれて、気が付いたら、足が勝手に向かっていた。


 石のはしらのうえには、ドッチボールほどの大きさの、桃の形をした水晶すいしょうが、のっていて、その透明な中に、五色のバラの花が一輪いちりんあった。


 どうやって水晶のなかに、バラの花を入れたんだろう。私は顔を近づけた。


「不思議な色。見たことないや」


 青でしょ。赤でしょう。黄色に、白に、黒色。

 花びら1枚、1枚に色が違ってて、不思議。

 

 うーん。でき心だったんだよ。ちょんっと指で触ちゃって、そうしたら……ピシリと水晶にヒビが入っちゃった。その瞬間しゅんかん


 パン。


 って、水晶が割れた。それもなかに入っていた、五色のバラまでもが、粉々こなごなになっちゃった。

 私はショックで言葉を失った。


「なっ……」


 口をあんぐりして、立ちくす。

 ひゅんっと風が不気味ぶきみに吹いて。なにかシャボン玉のようなまくが割れたような感覚がすると、体がぞっとする。


「なんて日だ!」


 私は頭を、かかえる。


(どどどどどどどどどどど、どうしよう。割っちゃった)


「君」

「ぎゃあああ」


 私の肩がビクってなって、とっさに、亀のように、背を丸めて地面にせた。


(きっと、ここの店の人だ。怒られる)


 私は必死になって体を、なべネコみたいに、まん丸くなってみた。


 ヤバイ。大ピーーンチ!


 勝手に入ったこと。

 青いバラを取ろうとしたこと。

 水晶を割っちゃったこと。


 悪いことを、いっぱいしちゃった。

 過去かこに、もどれるなら、この店に入る前に戻りたい。ほら、タイムリープってやつ。私に、その力があれば。


 それか、今すぐ、透明人間にして。

 私は頭のなかが、大パニックになってしまった。


 お願い、私が見えませんように。

 つい、必死にそんなことを思ったけれど、こんな大きな物体ぶったいが、見えないはずがない。

 それでも、頭をあげられない。

 すると。

 

「ぷっ。頭隠あたまかくして、尻隠しりかくさずだね」


 優しそうな声が、うえから聞こえて、私は涙目になりながら、そろそろと顔をあげた。

 男の子だった。

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