バルザークと配信演技
「我が民草どもよ――今宵も我のもとに、よくぞ集まった!」
部屋の中に、バルザークの高らかな声が響く。
「――改めて名乗ろう。我こそは、魔王軍第四実行部隊総帥。そして魔王様の忠義の剣、バルザーク・ヴァルト=ヘルフェンである!」
《バル様きたーー!》《待ってたぞ!》《民草って単語ここで覚えたわ》
バルザークは、ソファに座して脚を組んだままカメラを見つめていた。その隣には、少し緊張した面持ちのマナカがいる。
《……あれ、いつもと違う娘がいるぞ?》 《かわいい!誰この子?》 《スタッフかな?》
「さて、本日は――民草らにも馴染みがあるだろう “声優”という道を志す者の第一歩! 演技という修羅の道に挑む少女の物語である」
バルザークがゆっくりと立ち上がり、マナカを前に手を差し出す。
「緊張するかもしれぬが……大丈夫だ。我を信じろ、そなたの輝きを見せてやれ」
「は、はいっ!」
マナカはお辞儀し、一歩前へ出ると配信画面に向かって頭を下げた。
「はじめまして、高校2年のマナカといいます! 将来、声優になりたいと思っていて……バルザーク様に、演技の特訓をしていただいてます!」
《声優になりたいの!? がんばれ!》 《応援するよマナカちゃん!》《バルザークに指導受けてるってどういうことだ?》《声優かあ。厳しい世界だよな》
様々な意見が飛び交う中、バルザークが指を鳴らした。
「だが今回は、【アフレコ】ではない。声だけではなく――“演技”そのものに挑戦してもらう!」
《えっ、声優なのにアフレコじゃないの?》 《実写ってこと? 舞台みたいな?》 《バル様のやることは一味違うな……》
「ふむ、我も知ったばかりであるが近年、声優という職はただ“声を当てる”だけでなく、映像作品や舞台でも“演じる力”を求められるというではないか」
《確かにそういうの最近多いかも》 《生配信とか実写も多いしなー》 《本気の演技見れるの楽しみ!》
「――民草ども、場所を変えるぞ」
バルザークが右手を掲げると、視界がふっと歪んだ。次の瞬間、画面の中の背景がぱっと変わる。
マナカたちは、重厚な装飾の施された“玉座の間”に立っていた。足元には魔法陣、壁には荘厳な紋章が浮かび上がる。
《えっ!? 背景変わった!?》 《ファンタジーのお城の中じゃん……どういう仕組み!?》 《うおお、異空間転移!?!? バルザーク様の魔法か!?》
「ここは我が創りし《演技訓練特区》の一角――今宵はここにて、少女の魂の演技を目に焼き付けるがよい!」
バルザークの声が高らかに響くと同時に、魔光灯がふわっとマナカを照らし演技が始まった。
◇◇◇
「マナカよ……本当に人間界へ行くつもりなのか? 父は心配であるぞ」
マナカは、きゅっと口を結び――玉座に座る、父親役のバルザークに視線を向けた。
「……はい。私は人間界から、いろんなことを学びたいのです」
「そうか……魔界の姫として育てられたお前にとって――人間界は新たな知識や経験に満ちた世界である。きっと今後の糧となろう。ただし期間は三ヶ月とする。精一杯学んでくるといい」
「……はい、お父様。ありがとうございます」
《まさかのバル様も演技うまっ!?》《マナカちゃんってお姫様感あるな》《両方とも役にハマってるわ》《バル様がお父様は草》
ぺこりと頭を下げたその瞬間、バルザークにバレないようにマナカの表情がふいにイタズラっぽく変わる。
口元に手を当て、ひそっと、誰にも聞こえないような声でつぶやいた。
「(……パンケーキとか、モンブランとか、あと“いちごパフェ”ってやつも食べたいんだよね……ふふっ♡)」
顔を下に向けたまま、小さく悪い笑みを浮かべるマナカ。
《腹黒姫きたw》《そこは学びじゃねーのかw》《スイーツ目的w》《このギャップいいな》
「……うん? マナカ、何か言ったか?」
「いえっ、何も言っておりません!!」
「ただし、父との約束だ。人間界では魔法を使っているのを決して人々にばれてはならないぞ。もしバレたときにはすぐに魔界に連れて帰るからな」
「はい、わかっております。お父様」
《バル様ノリノリで草》《でもちょっと寂しそうなの好き》《お城のセットもあいまってめっちゃいい!》《マナカちゃん、めっちゃ演技うまいわ》
◇◇◇
――舞台が切り替わる。
光の粒子が舞う中、背景が一気に“現代の日本風の街並み”へと様変わりする。アパートの外観、商店街、信号、そして制服姿の学生たちがバルザークの魔法によって作られていった。
その中に、セーラー服に身を包んだマナカの姿もあった。
「……ふふっ。ついに来たわね、人間界。この制服ってやつも着てみたかったんだよね!」
《うわ、めっちゃ可愛い!》《これ他の人達はCGなのか?》《魔界の姫がJK!?》《マナカちゃんオモロイわw》
朝の通学路。マナカは、カバンを持って歩きながら、空を見上げてつぶやく。
「うわぁ空が青い……そして、いろんな食べ物の匂いがするなぁ……ふへへ」
あれ?
マナカの目の前に、傷ついた小鳥が地面にうずくまっていた。
「どうしたの……誰かに襲われたの?」
そっと手のひらに小鳥を乗せると、マナカは誰にも聞こえないように小さく魔法の詠唱を始めた。
「《風の癒し(ヴェールキュア)》」
手の上の小鳥が光りに包まれ、みるみる傷が癒えていく。
「……ふぅ、セーフ」
《おお!今のは魔法!?》《えらい、助けた!》《この魔法いいな》《マナカちゃんかわええ》
小鳥はマナカの手のひらの上から青空へ飛び立っていった。
ふと前を向くと5歳くらいの女の子がじっとマナカのほうを見ていた。
マナカはあわてて踵を返し、来た道を走って逃げた。
「や、やばい……っ。魔法使ったのバレたら、お父様に魔界に戻されちゃう……!」
マナカの額にうっすら汗がみえる。だがその顔は、どこか楽しそうだ。
「……ふふ、人間界、ちょっとスリルあるかも」
《演技自然すぎ》《可愛いし、ファンになります!》《マナカちゃんJK役ハマってる。あ、現役だっけ?》《先が気になるわ》
その後もマナカは、必死に演技を続けた。
人間界の学校に転校生という形で入り、はじめての友達もできた。
だが、彼女はいじめを受けていた友人を助けるため父から禁止されていた魔法を使ってしまったのだった。
♢♢♢
「……マナカ」
見慣れた黒の軍服。銀の肩章が光に反射し、厳然とした姿が現れる。
――バルザークだ。
「我との約定を、破ったな」
その言葉に、マナカの喉がぎゅっと縮まる。
だが、逃げるつもりはなかった。
「……はい、破りました」
彼女は、目をそらさずに言い切った。
《うわ、バル様マジギレ!?》《緊張感やば》《マナカちゃんの覚悟……》《どうなるのこれ》
少し震える手をぎゅっと握って、マナカは言葉を継いだ。
「最初、人間界に来た理由……正直、邪な理由でした。魔界の外の世界に興味があって、美味しいスイーツとか、可愛い服とか、そういうのに惹かれて――」
目の前に立つバルザークの影が長く伸びている。だけど、マナカは自分の後ろにいる友人をちらりと見て、にこっと笑った。そしてまたバルザークの方に視線を向ける。
「でも、今は違います! あの子は、私がこっちに来て、はじめてできた友達だった。困ってる姿を見て、本気で助けたいって思った。そのために魔法を使ったの。……後悔なんてしてない!」
《……これは》《まなかぁああああ》《ちょっと泣きそうなんだが》《いい子や……》《バルザークの反応が気になる……!》
バルザークは、しばし沈黙していた。
やがて、小さくため息を吐く。
「お前の邪な考えなど、とうに分かっておったわ。」
「そなたがこの人間界で得たもの。友の存在。それが、そなたを変えたのだな」
バルザークはゆっくりと近づき、そっとマナカの頭に手を乗せる。
「……しばらくみないうちに、ずいぶんと逞しくなったものだ」
「……お父様……」
マナカの目に、涙がにじむ。
《バル様……優しい……》《こっちまで泣きそう》《不器用な愛情にやられた》《ええ話や……》
バルザークは振り返り、空に視線を投げる。
「だが、我が娘よ。約定を破った責任は、然るべき形で果たす必要がある」
ビリ、と空気が震えた。魔力の余波だ。
だが次の瞬間――
「よって、本日より、追加課題を与える! 人間界での修業、三ヶ月延長とする!」
「……へっ!?」
マナカは口をぱくぱくさせる。
《よかった!マナカちゃん》《優しいなバル様》《追加でいれるの!?》《最高かよ》《バル様、大好き》
「そ、それって……罰……なんですよね?」
「当然であろう! この罰を乗り越え、より深く“人間”を学び、より優れた魔人となるがよい!」
そう言って、バルザークは背中を向けた。
「我は魔界へ戻る。次に会うときまでに、おまえの“覚悟”が真の力へと昇華しておることを、願っておるぞ」
その背は、どこか誇らしげだった。
夕焼けの中で、彼女は笑った。
「……はい! マナカ、精進します!」
《バル様最高!》《これが親子愛……》《めっちゃよかった……》《続き早く!!》《演技配信で泣くとは……》
――こうして、マナカの人間界での物語は、続いていくのだった。
魔王軍最強の貴族様、現代で女子高生の家に居候して配信者になります。 橘七音 @ttt-n0t0
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