第4話 迅速と試練と協力

 試練の朝は、思ったよりも早くやってきた。


「お前たちに課す試練は一つ。北の森に棲みついた《影爪獣(シャドウクロウ)》を討伐してこい」


 ゼムはいつものぶっきらぼうな口調でそう言った。


「影爪獣……?」


 リリィが不安げな声を漏らす。


「うむ。Cランクの魔物だ。黒い毛並みを持ち、影に潜むことを得意とする獣だ。素早く、爪の一撃は並の大人でも致命傷になる。だが、お前たちなら……やれない試練ではない」


 前に襲われた魔物がEランクだったから、この魔物は二つも上のランクということになる。

 

 ゼムの目は、真剣そのものだった。


「条件はただ一つ。二人で協力して、必ず生きて帰ってこい」


 そうして俺とリリィは、試練の森へと向かった。


          *


「……怖くないの、ライガ?」


「怖くないと言えば嘘になるさ。けど、リリィがいるならきっと大丈夫だろ?」


 そう言って笑うと、リリィは少しだけ顔を赤くして「もう……」と小さく呟いた。


 影爪獣は昼でも暗い木々の影に紛れて潜み、獲物を襲う獣だ。力ではなく、連携と観察眼が求められる相手——まさにゼムらしい試練だった。


 「……あれ、足跡だ」


 俺たちは落ち葉に残された足跡を頼りに、森の奥へと進んでいった。


 そして——それは突然現れた。


 黒い影が木々の間から飛び出し、俺たちに襲いかかる。


「来たっ! リリィ、下がれ!」


 俺は咄嗟に前に出て、剣を構える。しかし、奴の動きは予想以上に速かった。


「うっ……!」


 一閃。かすめただけなのに、腕に鋭い痛みが走る。


(……くそっ、早すぎる!)


 奴は森の影に潜み、角度を変えながら何度も襲いかかってくる。真正面からの斬撃は避けられる——だから俺は、賭けに出た。


「《迅速(しんそく)》……!」


 瞬間、視界が加速する。筋肉に強制的に魔力を流し、瞬間的に身体能力を爆発的に引き上げる技。


 だが、この魔法は体への負荷が大きく、長くは使えない。


(今だっ……!)


 影の中から飛び出す影爪獣の動きを捉え、剣を振り抜く。


「はああああっ!!」


 ズバッ!


 斬撃は確かに奴の肩を裂いた。しかし——


「がっ……!」


 全身に激痛が走る。限界を超えた筋肉が悲鳴を上げ、膝をついてしまう。


 奴はまだ生きていた。怒りに満ちた目で、俺に襲いかかろうと——


「ライガを傷つけないで!!」


 リリィが叫び、両手を前に突き出した。


「《フレイムネット》!」


 紅い炎の網が張られ、奴の動きを封じる。少しの間だが、時間は稼げる!


「今しかない……!」


 俺は立ち上がり、最後の力を振り絞って跳びかかる。


 「壱ノ型、<斬風>!」


 影爪獣は、崩れ落ちた。


「……倒した、の?」


「ああ、やったな……リリィ」


 ふたりで倒れ込んで、しばらく動けなかった。


 だが、その疲労の中には、不思議と心地よい達成感があった。


「君とだから、乗り越えられたんだと思うよ」


 そう呟くと、リリィは照れながら「わたしも……同じ気持ち」と笑った。


 これが、俺たちの初めての“勝利”だった。


          *


 森から戻った俺たちを、ゼムは村の外れの丘で待っていた。


 ライガの傷跡や、リリィのすすけたローブを見るなり、彼は一瞬だけ表情をゆるめた。


「……帰ってきたか。で、どうだった?」


「倒しました。影爪獣を」


 俺が答えると、ゼムは「ほう」と短く頷いた。そして、じっと俺の目を見た。


「……身体に無理が出てるな。さっきの動き、魔力を流して無理に加速しただろ」


「……はい。《迅速》という名で、自分なりに試した魔法です。身体強化の延長みたいなものですが……長くは使えません」


 少し驚いたように、ゼムの目が細められる。


「独学か?」


「リリィに教えてもらいながら。なんとなく、やれそうな気がしてやってみたら……できたんです。でも、終わった後は全身が痛くて動けなくなりました」


「無茶をしたな。だが……悪くない。むしろ、その直感と勇気は見どころがある」


 その言葉に、少し胸が熱くなった。


「それにしても……ほんとすごいね。私じゃ炎で足止めするのが精一杯だったのに」


 リリィが笑いながらそう言った。


「リリィの魔法がなかったら、あの時で終わってたさ。助かった」


「えへへ、役に立てたなら嬉しい」


 なんだか自然と、3人の間に温かい空気が流れ始めていた。


「師匠……この“迅速”という力、鍛えればもっと強くなれますか?」


「“力”というのは、どこまでも研ぎ澄ませられる。ただし……研ぎ方を間違えると、刃は自分を傷つけるぞ」


 ゼムの視線が真剣になる。


「お前がこの力をどう使い、何を守り、どこを目指すか——それ次第だ」


「……はい」


 俺は真っ直ぐに師匠の目を見返し、強く頷いた。


「よし。今日はゆっくり休め。体を酷使した後に無理をしてもいい結果は出ん」


「ありがとうございます、師匠」


 その言葉が自然と口から出た時、ゼムはちょっとだけ照れたように鼻を鳴らした。


 リリィがくすくすと笑う。


「ふふっ、じゃあ私も“師匠さん”って呼ぼうかな?」


「やめろ、二人に言われるとくすぐったい」


 そんな風に、夜の風が冷たくなっても、俺たちの会話はいつまでも温かかった。


 この日を境に、俺たちは確かに一歩前へ進んだ。


 “無能”と呼ばれた少年にも、仲間と、信じるべき道が、少しずつできてきたのだ——

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無能と呼ばれた少年は、剣で世界を断つ〜傲慢なる元社長は魔力が平民の10分の1でも異世界で全てを手に入れる〜 はとさん。 @81a

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