この風景にさようなら(2)終

博士とは、結婚を誓い合った仲だった。

だが、式をあげることはできなかった。

病でわたしが亡くなったからだ。



そして彼は、婚約者そっくりのアンドロイドを作った。

喜怒哀楽も備えつけてくれた。


だけど、名前で呼ぶことも呼ばれることもタブーとした。

〝わたし〟は、それが悲しかった。


 

それでも、幸せな生活を送っていた。

博士は相変わらず仏頂面だったけれど、彼もまた幸せだったのだと思う。



わたしが笑うと、少しだけだけど表情が柔らかくなったから。

年を重ねる彼に対して、わたしはずっとかわらないままだった。



アンドロイドなのだから仕方ない。


博士がいくつぐらいになったときだろうか。

白髪が増え始めたあたりかな。


彼は、自分のアンドロイド製作にも、取りかかるようになっていった。

性格だけじゃなく、思考や記憶も引き継ぎできるように模索していた。



彼は、真剣だった。

いつも、側にいたから知っている。

でも、何故そこまで熱をいれるのかがわからなかった。


一度、聞いたことがある。


何故、ご自分のアンドロイドまで作られているのですか?と。


暫く黙ったあとに教えてくれた。


おまえが寂しくないようにだよ、と。



顔を背けながら言葉を続けた。


おれがいなくなったら、おまえは一人になってしまう。

それは悲しいことだろう、と。



喜怒哀楽を知らなければ、そうはならなかったかもしれない。

でも、博士のいる幸せを知ってしまっている。


わたしは、それだけでひどく悲しい気持ちになったのを記憶している。



その後、オリジナルの博士の記憶と性格を引き継いだアンドロイドが完成した。

その博士との生活も、かわらず幸せだった。


しかし、今度はわたしの方がガタがくるようになってしまった。

途中で動かなくなることが増えたのだ。


博士は、またわたしを作ることにした。

わたしもまた、手伝った。



だって、一人は寂しいもの。



作り、作られて、また作り。

わたしたちは、交互に引き継がれていく。



オリジナルが生きていた頃から、もうどのぐらいが過ぎているのだろう。

退廃した地球から逃れるように、地中へと移り住んでからも、やり取りはかわらない。



空を恋しく思う気持ちも、引き継がれているのだろうか。

博士は、液晶モニターという形で景色を作り上げた。




「博士。メンテナンスが終わりました」



返事はない。

そっと近づき、頬に触れてみるも反応もなかった。

……役目を終えたのだろう。



ふと、雲を見たくなってリモコンを押す。

また、空のある景色が窓の外に広がる。



動かない雲。


寂しさを紛らわすためだけに、繰り返し存在し続けるわたしたちのよう。

わたしたちもまた、その先へと動けずにいるだけなのではないか。



わたしは、動く雲を見てみたくなった。

終わるわたしたちを、受け入れてみたくなった。



「寂しくても我慢をしてみようと思います。どうやらわたしは疲れてしまったようなので」


博士も先ほど、それを言いかけたのではないか。

アンドロイドなのに、おかしな話だ。



そのためにはーー…。



今度は液晶モニターを直そう。

そして一人、雲に隠されているものをまた想像するのだ。



【fin】


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つらつら短編集【SF】 ゆめの @bill0701

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