蛇道恋路
七等星けな(しちとせけな)
蛇道恋路(じゃどうこいじ)
地を這う私はいつも空ばかりを見上げていた。私よりも高い所にあるものは何もかも美しいものばかりであった。小鳥。雲。星。私はそれらが欲しかった。届きたいと思った。その願いは全く届きもしなかった。私は何も得ることのできない命をただただ持て余すだけであった。苦しかった。
ある日、私は街から逃げ出した。街の喧騒が嫌だった。街は私の存在を拒んでいた。不満や苛立ち、怒りが私を襲った。街の音はそういうものばかりであった。私も街の営みに理解をすることはできなかった。コンクリートの中で目に見えないものを扱い、価値のない紙や金属片にこだわる生活。誰もかも何かつまらないもの縛られ、窒息しながら生きていた。そのような街であった。街を向け出した私は緑のある方角へ向かった。自然という家に帰ってみたかった。森を見つけた。木々が私を歓迎してくれた。森の中はとても快適な空間であった。心地良い風が鱗を包み、木漏れ日が私の冷えきった心を温めてくれた。私は道なき道を無心で進んだ。整然と並ぶ木たちは、私を止めることなく、奥へ奥へと招待してくれる。森の奥へ行くと私はある一つの木の実に恋をした。
紅蓮の果実。それは林檎であった。他にも林檎は実っていた。しかし、私は目の前のその林檎、その娘に心を奪われた。私の歩んできた道にも実っていたのかもしれないが私はその娘に会ってやっとここが林檎畑である気づいた。その娘の赤は他のどの林檎よりも濃く、艶も格別であった。表面は美しい弧を描き、おしりも左右対称で窪みも深い。これほどまでに完璧な林檎は見たことがない。その娘を天として、私は地でただ蠢いていた。欲しい。欲しい。欲しい。また、そのような邪心に取り憑かれている。青混じりの緑の空に一つ浮かび輝く赤の果実。私はまた、手に入らぬもの欲してしまったのかと落胆した。しかし、私はその天へ向かう唯一の塔を見つけた。私は喜びに胸を踊らせた。その幹にしがみつき、私は昇る。昇る。昇る。枝にその身をゆだね、あの娘へ近づく。彼女を目前として私の中で歓喜がこみ上げる。やっと手に入れられる。私の想いを私自身で消す必要がない。初めて何かを得られるのだ。そう思った。すると、何やら足音がする。どんどん速くなる。速くなる。速くなる。その足音はこちらへ向かってくる。人だ。おそらくここの畑の主であろう。絶対にこの娘を渡さないという強い意志を私の中でも感じる。畑の主は棒で抵抗する私を慣れた手つきで絡めとった。牙を見せ、精一杯の怒りを込めて声を荒げるが、相手は仏頂面を変えることはない。これは俺のものであると頑固な顔面は物語っていた。私は再び地面に叩きつけられた。私は何もできず、しぶしぶ退散した。離れたくなかった。だが、ここで争っていたら彼女に傷が付くかもしれないと思った。私は心に今までで一番深い傷を付けられた。しかし、私は完璧な彼女さえ手に入ればそれで良いのだ。後で向かえに行こうと決め、その場は敗走した。
数時間後、私は初恋の場所へ戻った。そこに彼女の姿はなかった。私の傷は埋まることなく、いつまでも刻まれることになった。天の太陽はすでに沈んでいた。
蛇道恋路 七等星けな(しちとせけな) @31Sichi-tose7
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