弱者のいないやさしい世界(旧題:遺伝的な強者と弱者について)

@namakesaru

遺伝的弱者

「先生、最近突然変異が多いと思いませんか?」

 5つ下の山田医師が声をかけてきた。


「あ、やっぱりそう思う? うん、ここ3、4年かな?急に増えたように感じるよね」


 2100年を超えた現在、遺伝的弱者を産み出さないための法律が整えられて久しい。

 羊水検査は義務化され、遺伝的な瑕疵がある場合は遺伝子治療を行うか、そうでなければ出産を禁じられた。経済的に困窮している人々や若年者ではその義務が果たされないことがあるが、明らかな遺伝子疾患がある場合は医療機関での出生以外で生存することは難しい。

 それでも特例や見逃しなどで生存が許される場合もあるが、一般的には10歳になる年に行われる遺伝子検査で生殖の是非を決定され、必要と判断された場合には外科的な処置が行われる。


 一昔前までは人権が尊重されていないとして、法律だけでなく行為者である医師もさんざんやり玉に挙げられたと聞く。逆恨みで殺されてしまった者も複数いたらしい。


 けれど現在では広く受け入れられている。


 理由は大きく3つ。


 1つめの理由は、社会的にも家庭的にも医療費が大きく削減されたこと。以前は高額だった遺伝子治療も今では一般的な価格であるし、旧態依然とした治療や療養の方がよっぽど高くつく。

 それだけではない。

 遺伝的弱者は早世する場合が多く、家庭的に経済的な負担を乗り越えても喪失感という精神的なダメージが付きまとうのが常であった。それを経験せずに済む。

 それも自分たちが判断するのではなく、法律だから仕方がない、と考えることで罪悪感は限りなく薄められる。


 2つめの理由は、疾患を持つ子を産んだ両親とその血縁者が、周囲からの差別的な視線を浴びてしまうこと。これは従来よりあったことではあるが、疾患の減少と反比例してひどくなっていった。

 そして、肉眼的な遺伝子疾患を有する当事者たちも、去勢と引き換えに約束される肉眼的に表出されている部分への外科的手術と定期的な性ホルモンの補充に満足していた。

 去勢という行為が本当に意味するところを知る以前の、自身の美醜の方が重要な年齢でそれは行われるからだ。


 3つめの理由は、犯罪と自殺がこれも大きく減ったこと。知的な障害や精神的な障害の遺伝子を絶つことで、生きづらさを抱える人が減った。

 後天的な影響で遺伝と似たような行動をとる者がいなくなったわけではないが、より均一な価値観を共有する社会の実現で、それに該当するような個人の発生頻度は著しく低下していた。


 この社会は、2000年ごろに比べたらずっと健康的で安定した社会になっている。


「そうですよね! 僕だけじゃなかった。突発的な変異は必ず生じるものだとは思うのですが、基本的には正常な遺伝子を持つ者同士での交配なのに不思議ですよね」


「過去に遺伝的に撲滅されたはずの疾患も増えているんだよね・・・。

 実はさ、遺伝情報の伝達の仕組みそのものが変化しているんじゃないかと考えているんだ。同じように考えている医師や研究者は複数いて、個人的に連絡させていただいたりしてるところでね」


「凄い・・・! 鈴木先生、凄いですね。

 通常業務と専門分野の勉強をこなしながらそんな研究も!」


「いや、山田先生だって違和感を持たれたからこの会話になったわけで、そんなに特別なことじゃないよ。

 論文があればお勧めするところだけど、まだカタチになっていないから・・・。もしよかったら、このことで懇意にしている先生方のリスト、共有する?」


「鈴木先生、よろしいんですか?」


「うん。もし症例を集めるとなると、山田先生にも協力してもらうことになると思うし。

 ・・・よし、メールしといたから」


「本当に、ありがとうございます。感謝します」


 差し出された右手を握った時、鈴木は小さな痛みを感じた。と思うと同時に、身体から力が抜けていった。




「鈴木先生、本当にありがとうございます。僕たちの存在に気が付かれた、という点で本当に尊敬します。

 先生のおっしゃる通り、既知のシステムとは違う方法で遺伝子を伝達する、それが僕たちです。

 どのような動物にも本来不必要な遺伝子なんて発現しないんですよ。一個体の一部分だけを見れば失敗作のように見えるかもしれないけれど、そうではない部分があることは昔から知られていますよね? むしろ優れた能力を発揮する場合が多々ある。 種としていろいろと試している過程なんですよ。


 なのに、は、どうしても目先のことに捕らわれてしまう。


 僕たちはです。


 僕たちは、なぜか遺伝子の意味を知った状態で生まれてきます。いわゆる突然変異ですね。この能力をつかさどる遺伝子は、従来の遺伝子と異なりその陰に隠れて遺伝する。  

 そして生殖能力を得るタイミングで発現するんです。

 僕たちの間ではシャドー遺伝子と呼んでいます。このシャドー遺伝子を持つ者同士は、においでわかるんです。凄い能力でしょ?


 大雑把にいうとフェロモンの一種ですよね。


 その僕たちから見ると、この均一すぎる社会は異常なんですよ。このままだと、危険な水域まで多様性が阻害される。

 危険な水域って、説明が必要ですか? 血縁関係にない者同士の交配のはずなのに、近親相関と同様の意味合いを為すようになるんですよ。


 先生がお気づきになった、遺伝的に撲滅されたはずの疾患の増加はその影響です。彼らは生まれる前に、あなたたち人間に消されていく。

 けれど、僕たちシャドー遺伝子を持つ者たちからすると、あなたたちの方がに逆行しているんです。


 おわかりですか?


 あなたたちの方が、多様性を認められない遺伝的弱者だということに気が付いていただけたでしょうか?


 ということでですね、僕たちの存在にまだ気が付いてもらっては困るんですよ。

 僕たちが圧倒的少数の間に気が付かれたら、あなたたちの実験動物ですからね。


 助かりましたよ、リスト。

 まずは、このリストに載っている方々からにしてきたことと同じ運命を辿っていただくことになりますね。

 優秀な方々だけに、大変残念ではありますが・・・。


 先生は、人類にとってのヒーローだと言っても過言ではないですよ。本当に感謝します」


 山田はそういうと個人名が黒で表記されているリストのトップに、赤い文字で鈴木の名前を加えた。


 それを見ながら、遠のく意識の中鈴木は抗っていた。


 ちがう―

  そんなことわかっている

   わたしがゆめみたのは

    いでんてきじゃくしゃを

     じゃくしゃとしないしゃかい―

 

 



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