寝癖

学生作家志望

面倒だもん。

髪は濡れたままで放置していた。


ドライヤーをかけるのがめんどうくさかった。


でもそのせいで、起きた朝は寝癖が爆発してた。髪が拡散されて、あちこちに伸びては縮んでいた。



「可愛いね。」



でも、寝癖は褒められた。


私の寝癖は可愛いらしい。爆発してるのが可愛いらしい。ただのめんどくさがりが、可愛いらしい。


私は何度も寝癖を使った。


変にぺったんこになった髪の朝。


少し控えめに爆発した髪の朝。


どんな寝癖も褒めてくれた。


寝癖を使ってたくさん褒められた。褒められたくて私はとにかく寝癖を作った。



女のくせに、髪を濡らしただけで済ませるなんてあっちは不快に思っていないのかな。とりとめもなく、私はそんな不安を溜め込んでいた。


だけど実際、化粧をした日は対して褒めてくれなかった。なのに、ドライヤーすらしない日に限って、たくさん褒めてくれた。



「今日は後ろだけはねてて可愛い。」



また褒められた。口紅変えたのは気付かないくせに。


いつまで経っても君の気持ちは分からない。分からない気持ちの数だけ、私の気持ちもギクシャクと曲がって分からなくなっていく。


後ろだけはねてて可愛いとか、前髪が無くなってて可愛いとか、もしかしてこの人は、私とは意識の差が違うのかもしれない。


私は身だしなみに割りかし気をつける方だし、当然寝癖なんて許せない。それなのにどうして君は、私のありのままがそんなに大好きなんだろう。


付き合ってて不満なところは大して無かった。だけどどうしても、そこだけが疑問点として心の中で処理できなかった。



それから数ヶ月後、私たちは思ったよりも早く喧嘩してしまって別れた。これで4度目の別れ。私は恋愛が下手というより、長続きするのが下手なとんだ不器用だ。


自分が嫌になって、自分の体を傷つけたり、暴飲暴食をしたり、一応毎回毎回、別れたことの後処理は自分1人で行ってる。適切な処理をしている。


皮膚が破れたり、空のペットボトルばかりが転げる部屋になったとしても、これが正しい後処理だ。私にとっては、これが別れ。



でも、ちょっとだけ考えてみたりした。ちょっとだけ?いやそんなんじゃない。いろんなことを考えこんだ。



化粧をしない、ずぶ濡れの髪が好きだった君の声と顔と頭とつむじを思い浮かべた。


そうしたら、心がふわっと軽くなったり、重くなったりを繰り返すようになった。つまり、幾分かマシになった。


落ち込んでばかりの一定リズムよりも、上がり下がりのジェットコースター方式のメンタルの方が、もしかしたら後処理が楽になるのではないか。私はそう思った。


だから、やっぱり寝癖は直さなかった。ドライヤーは売ったし、香水は水道から捨てた。


鏡の前の化粧もしない。口紅もしない。新しい口紅は部屋の隅っこに追いやって、後にカップラーメンの山の下敷きになっていた。



私は、自分のままでいい。ありのままがいい。今までもそうだった。


喧嘩はしたけど、大嫌いになった君を思い出せば、自然と胸が締め付けられて、それとともに解放感を得られた。



どうして、なんで。



こんな疑問ばっかりの日々なのに、私は本気で君について行ってた。ずっとこれからも、隣にいようと思っていた。


疑問ばっかりにさせたくせに、それ以上に大好きを増幅させてくれたから、そのままでいられた。私のまんまで、いいと言ってくれたから。



ある程度喧嘩のネタが底を尽きた時、冷めた目をした君から言われたのは案の定、「別れよう」だった。



あの時少しでも可愛く化粧でもすれば、気が変わってくれたんじゃないかなんて考えていたけど、今ではそれがバカバカしい。



私は私の寝癖がわざと作っちゃうくらい大好きで、君は私の創作した寝癖が大好きだった。たったそれだけだったのに、私はどうしてありのままを貫けなかったんだろう。


君だってありのままを見せてくれたのに、私ばっかりわがまま言っちゃった。




色々ごめんね。



君に、


寝癖だらけのだらしない彼女ができた。と、知人から聞いたのは、その次の日だった。

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